UGUG・GGIのかしこばか日記 

びわ湖畔を彷徨する独居性誇大妄想性イチャモン性前期高齢者の独白

水仙物語(突然の終わり):水仙さんを救出するの記

2023-01-27 22:06:08 | 日記
今週の月曜日、1月23日にわがガーデンに降り積もった雪は「雪は降る、あなたは来ない・・・」といったノンキなものではありませんでした。わがガーデンに出現しかけていた「水仙の園」は一網打尽、雪の下に埋もれて姿を消してしまいました。


今日、金曜日になって、ようやくわがガーデンの雪、大半が溶け去り、水仙さんたちが再び姿を現しました。しかし、姿を現したものの地面に横たわったままです。このままでは水仙さんの原状復帰は期待できません。でも,倒れてはいるものの花は無事咲いたままです。雪の下でもけなげに咲き続けていたのです・・・

そこで水仙の花さんたちを救出することにしました。一本一本、「しっかりせよ」と抱き起して花を集めてまわり、わが庵の花瓶を動員して水仙さんを生けました。このほかに、一昨日にとりあえず最初に救出した水仙さんはすでに玄関の花瓶に生けてあります。

今日の写真は無事何とかほぼ全員集合した水仙さんの花を撮ったものです。よろしければクリックしてご覧くださいませ。花より団子などと申しますが、やはり花は花です。団子なんかではありませぬ。まことに自然の恵みに大感謝です。

この日記を書き終えて、カーテンの隙間から庭を覗いてみましたら、また雪が降り始めていました。明日も寒い一日になりそうです・・・

雪が降る、あなたは来ない、雪が降る、寒い夜更けに・・・

なもあみだぶ・なもあみだぶ・なもあみだぶ・・・
グッドナイト・グッドラック!
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雪が静かに降り積もりました・・・あるいはおフランスの雪・・・

2023-01-25 01:24:10 | 日記
昨日の午後から天気予報通り雪になりました。久しぶりの雪です。湖畔のわがガーデン、夕方、日が暮れるころには一面雪に覆われました。

今日の写真はわがガーデンに降り積もった雪を撮ったものです。よろしければクリックしてご覧くださいませ、白一色、汚れなきわがガーデンです

雪が降る地方では雪なんて珍しくもなんともありませぬ。私はアホな青春の一時期をアカシアの街、札幌で過ごしましたが、雪景色に見入るようなことはありませんでした。ところが雪があまり降らない地域で暮らしておりますと、たまに雪が降ったりしますと、雪についての想いはなんとなくロマンチックになってしまいます

たとえば、雪とあまり縁のない、琵琶湖の南端の街で暮らす私が雪を目にしてすぐに連想するのは「雪が降る」というシャンソンです。アダモが日本語でも歌っています

「雪は降る、あなたは来ない、雪が降る・・・・」
まことにおセンチな歌ですが雪が降るのを目にしますと、つい口ずさんでしまいます

雪が降るのを目にすると次に心に浮かぶのはミュージカル映画「シェルブールの雨傘」のラストシーンです。

雪の降り積もったガソリンスタンドで突然再開する二人、カトリーヌ・ドヌーヴが素敵でした。おセンチな映画でありました。しかし、この映画、アルジェリア戦争当時に製作されたものであり、そのため戦争の影がところどころに・・・この映画の監督はずいぶん後になって「当時、フランスではあの戦争に触れることはタブーに近かった。あれが精いっぱいだった」と語っています。ですから単なるおセンチだけの映画ではなかったのです・・・

雪が降るのを目にすると三番目に思い出すのが「ピア二ストを撃て」という映画のラストシーンです。シャンソン歌手シャルル・アズナブールが演じる主人公のピアニストがギャングの抗争に巻きこまれて、降り積もった大雪の中をのたうちながら逃げ回るというラストシーンです。これはおセンチな映画ではありませぬ・・・・

四番目に思い出すのはおフランス映画ではありません。イタリア映画「道」の一シーンです。

アンソニー・クインが演じる荒くれ男の大道芸人ザンバーノがイタリアを代表する女優ジュリエッタ・マシーナ演じる幸薄き女性ジェルソミーナを雪の峠で置き去りにしてこっそり逃げ去っていくシーンです。雪の峠、焚火のそばで毛布にくるまって眠っている、足手惑いになったジェルソミーナを捨て去るのです。大雪ではありませんでしたが、悲しい悲しい雪でありました、悲しい哀しい映画でした・・・「お~ジェルソミーナ、泣かないで・・・」悲しい主題歌をつい思い出してしまいます・・・

雪でお困りの方からすれば、何をどうでもいいノンキなことを書いているのだとお叱りを受けそうですので、今夜はこのへんで失礼いたします

まだ寒さが続くとのことです。どうかみなさ、足元にご用心を

なもあみだぶ・なもあみだぶ・なもあみだぶ・・・
グッドナイト・グッドラック!
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水仙物語(その二):一月の曇り空の下、年上のひとに水仙の花束を捧げるの記・・・

2023-01-21 00:53:16 | 日記
わがガーデンの水仙、例年より早く咲きだし、いまが花の盛り、あまりにも見事な咲きぶりですので自分ひとりで楽しむのはもったいないと、去る曇り空の某日、水仙の花束を年上のひとにプレゼントすることにいたしました。

私は男性でありますから花束をプレゼントするといえば、贈る相手は当然女性であります。すなわち年上の女性に花束を贈ることにしたのです。なかなかリッパな行いではないでせうか!

その女性からの年賀状に、コロナのせいでしばらくお会いしてないのですが、お話ししたいですと記されておりましたので、手ぶらではと思い、庭の水仙を花束にして、この女性に捧げることにしたのです。

今日の写真はこの水仙の花束を撮ったものです。よろしければクリックしてご覧くださいませ。いい匂が漂ってきますよ

花束を捧げました女性は御年、今年で米寿、八十八になるとのことでありました。私と同様、「足がすこし弱ってきた」とのこと。でも「世の中、あっちを向いても、こっちを向いてもワルイことだらけですね」などと嘆いておられたもののいたって元気、一安心いたしました

この女性、すこし以前までJRの湖都駅前で妹さんと二人で長年にわたり本屋さんを営んでいたのですが、駅前の再開発とやらで立ち退きを迫られ、お店の近くに市が用意した土地に家を建てなおしたものの、本屋さんを続けることはあえなく断念・・・

お店を閉じるときに、もったいないからと、私は残っている本の中から勝手に何冊も持ち出したのですが、代金は未だ払っておりませぬ。その外にも結果的に踏み倒してしまった本代がかなりあるはずなのですが、おうような本屋さんからの督促はなし、結局は無罪放免ということになっております。まことに感謝の極みなのであります

年上のひとよ、どうか元気でいてください!

なもあみだぶ・なもあみだぶ・なもあみだぶ・・・・
グッドナイト・グッドラック!
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阪神・淡路大震災から28年:さすらいの盲目ギャンブラー氏はいまいずこに・・・

2023-01-18 00:29:55 | 日記
昨日、1月17日、阪神大震災から28年、あの震災を振り返える記事が新聞に満載でした。28年前といえば私はまだ五十代はじめ、人並みに被災者を少しは助けようと何度も神戸近辺に足を運びましたが、ボランティアのふりをした野次馬というのが正直なところした。それでも予想もつかなかった意外な事態に次々に遭遇したりしました。今日はそんな体験と話と申しますか、忘れられない話の一つを紹介いたします

震災直後の救助活動が一段落しますと、被災者の生活を支援する様々なボランティア活動が市民の手で自発的に始まりました。このため1995年はボランティア元年などと言われることもあります。

その一つに、目の不自由なひとたち、すなわち視覚障害者の皆さんの外出支援という活動がありました。目の不自由なひとが地震ですっかり変わってしまった街並みを一人で歩くのは容易でないからです。私も野次馬ばっかりしていたのではと反省して震災後の数年間、ときおりこの活動のボランティアをしました。この種のボランティア、依頼者は様々であり、ボランティアを歓迎する方はもちろんたくさんおられるのですが、中にはなかなかの難物と申しますか曲者と申し松か、いろいろと豊かな個性を発揮して、変化球と申しますか、くせ球などを投げてきて、断るわけにもいかずボランティアのほうが困惑することもありました。

ボランティアの依頼を受け付ける役の方がこのような難物に遭遇しますと私のほうに電話がかかってきたりします。わたしのような真面目さに欠け、エエ加減な人間の方が難物に対応するのに適しているだろうというわけです。難物のひとり、それは「さすらいのギャンブラー」氏でした。

「またあの方から依頼ですが・・・あの方、口の利き方が乱暴だったりして、だれもボランティアに行きたがらないんです、女性なんかはこわがったりして・・・勝手ですけどお願いできませんか・・・」

私と同じ年ごろのこの人物て、仕事はプロのマッサージ師、小男ですが筋骨隆々、はじめは六甲アイランドに急遽建てられた狭苦しい仮設住宅にひとりで暮らしておりました。海岸沿いに建てられていましたので海からの寒風がもろに吹き付けるという厳しき環境です。この仮設住宅で初めて会ったとき、いきなり「ヨッサリアンさん(私の別名です)、聞いてくださいよ、けしからん話や。一週間に一度、ボランティアの人が見回りに来るのやけど、女性が来るときは必ず二人で来よる、ひとりでは絶対来ん、一人できたら俺に襲われるとでも思っているのや、ほんまに失礼な話や」「ハッハッハ、そうかあ、いや、そうじゃなくて、あんた男前すぎるからや、惚れてしまったらタイヘンと思っているのとちがうか!」

などとなだめてから部屋を見まわしましたら預金通帳が何冊も何冊も床に散乱しております。
「こんなたくさんの通帳、いったいどうしたの?」
「ああ、それか、それテレボート用の通帳や」
「テレボートって?」
「あれや、ボートレース、競艇用の通帳・・・電話で賭けることができるのや。競艇の場合、全国で7つの地区に分かれてレースが開催される。電話で賭ける場合、ひとつの地区で、賭け金払込用の通帳と勝った場合の賞金を振り込んでもらうための通帳、この二冊がいるんや。そやから7つの地区で合計14冊の預金通帳がいるというわけ」

まさにギャンブラーであります。でも通帳を勝手に見てみましたら、なんとどの通帳も残高がほとんどゼロ・・・あきれてしまいました
「あのなあ、ギャンブルオッサンよ、どの通帳も残高ゼロ同然やないか、こんな通帳、持っててもしょうがない。いっそ整理して捨てたらどうや、そうしたらこの部屋、もっとすっきりするぞ」」
「そんなこというけどなあ、ヨッサリアンさん、ある日、突然、ゼロがいくつも並んだ数字が表れるかもしれんやないか、1万円で賭け率が100倍であたったりしたら配当金は100万円也や!・・・そんなこと考えたら捨てるわけにはいかん」などと言いながら、白目をむいて、にっこりと預金通帳に頬ずりしております。もう手がつけらない重症ですね・・

この何冊もの通帳、どうやって見分けるのだと聞きましたら「ああ、それは、通帳の表紙の隅っこに点字で記してるからすぐわかる、そやけどなあ、オレは小さいころから点字に慣れているけど大人になってから失明したひとはタイヘンや・・・途中失明者で点字覚えることができなくて困っているひとはようけいるんですよ」

ああ、とにかく、この人物、、完全に重度の慢性ギャンブル中毒であります。競艇以外にも、競馬、競輪に小豆の先物取引などなど、いずれも携帯電話(阪神大震災のころは、今のようにスマホではなくもっぱらガラ携です)で簡単に賭けることができます。そのため二人であるいているときに突然とギャンブ氏立ち止まって「ちょっと待ってて」と言ってはどこかへ電話したりします。

「いまどこへ電話したの?」「小豆の相場を聞いたんや。ヨッサリアンさん、おまんじゅう、好きですか、あんこ、好きですか、どっさり食べてくださいね、そうすれば私が儲かりますから、小豆の市場は狭いから簡単に価格が乱高下する、これがミソなんや。上がっても下がっても儲かるんですよ、それに株よりも少ない金で取引できる、だからヨッサリアンさん、あんこ、ようけ食べてください!」

まあギャンブルは本人が治したがらない病気みたいなものでありますし、人生にはギャンブル的要素が満ち満ちていますので、ギャンブルなんかやめろなどと愚かなことは言わずに、見事なものだなあと、ただただあきれて笑っていたのでありました

ところで、目が見えないのにどうやって携帯をつかうのか聞いてみましたら
「あのなあ、ヨッサリアンさん、この携帯のキーの配列見てごらん、上の一列に1,2,3と並んでいて2列目が4,5,6で、3列目が7,8,9となっているやろ、そして5のキー、プチっと真ん中が突起みたいに盛り上がっているやろ、だから最初指で触って数字のキーの真ん中に位置しているこの5のキーを見つけるのや、そうしたら次からは簡単、5の右上のキーが3、真上のキーが2,真下のキーが8、斜め右下が9というわけ」
「なるほどなあ、よく考えてあるなあ・・・」
「あのなあ、5のキーに突起をつけたのはシャープの携帯が最初なのや。シャープの社長さん、お母さんが目が不自由やったので、このアイディア考えつかはったんや」

このギャンブラー氏、なかなかの運の持ち主でもありました。震災後復興住宅が次々に建設されてはいたものの、だれがどこにいつ入居できるかは抽選で決められるため、いつまでも待たされる被災者が少なくなかったのですが、ギャンブラー氏の場合は、西宮北口、阪急の駅に近い便利なところに建てられた高層の復興住宅にすぐに入居できるようになりました。しかも西宮市のお役所が親切、目が不自由だから出入りが楽なようにと1階の部屋を用意してくました。

某日、私はこの新居を尋ねました。記憶が定かでないですが、2LDKか3LDKに一人住まい、新居に足を踏み入れますとリビングにかなり大型のテレビ大きな顔をして鎮座しております。あの頃は、私はまだブラウン管式の14インチの小さなテレビを見ておりましたので雲泥の差、

おどろいて「おっきなテレビやなあ、これで何見るの?」「これ?、競馬専門のチャンネルがあるのです、そやけどなあ、もっと大きいのに買い替えようと思っているのや」
「えっ!これより大きいの?どういうつもりや、あんたなあ、言うて悪いけど、目が見えんのやから、ちょっと画面が大きくなったところで何も変わらんやろ!」
「ヨッサリアンさん、ところがそうやないんです、それは素人考え。あのねえテレビの左右にスピーカが付いているでしょう。テレビが大きければ大きいほど、この左右のスピーカーの距離が長くなって、その分だけステレオ放送の迫力、臨場感がすごいんや!、3コーナーあたりでざわめきの声、4コーナーを曲がるとゴールまで一直線、各馬、わきあがる大歓声の中をラストスパートや、ゴール寸前で歓声と悲鳴・・・競馬場で見てるのと変わりがない、そやかられテレビ、大きければ大きいほどええんや!」
「でも大きいテレビのほうが勝てるとは限らんやろ」「いや、勝てる確率は大きくなる」「ウソ言え!「・・・・」
ギャンブル狂はどこまで行ってもギャンブル狂なのです。かようなしだいで某日、より大きなテレビを買うためにギャンブル氏を日本橋の電気屋さん街に案内するはめになりました

でも、いいことばかり続くわけではありませんでした。
震災後、市内でのマッサージ師の仕事は激減、それに最近は健常者のマッサージ師も増えていて先の見通しは極めて不透明・・・そこでギャンブラー氏、意を決してしばらく出稼ぎに出る、つまり温泉地で仕事をすることにしました

「でもねえ、ヨッサリアンさん、温泉地での仕事なんて、ほんとの仕事と言えるようなものではないんですよ。ちゃんと全身をマッサージしようとすれば二時間はかかる。ところが温泉地では30分ほど、チョコチョコとマッサージするだけ。これでは効果なんか期待できませんよ。それにですね、もっと困るのは温泉客、あいつらは下品そのもの、柄がワルイ、酔っ払って布団にだらしなく寝っ転がって、エロビデオなんか見ながらマッサージさせるんですよ、暴力団なんかより怖いですよ・・・」

震災の翌翌年の11月末、ギャンブル氏は意を決して岐阜県の下呂温泉で働くことにしました。私は下呂温泉まで送っていきました。寒い日でした。まだ11月なのに雪がちらつき始めて・・・東海道線、岐阜でローカル線に乗り換えて下呂温泉へ。列車は徐々に灰色に沈む山間部に入っていきます。目の見えないギャンブル氏、外の景色の様子を尋ねますが、寒々した風景に、答えようがありません。口ごもっておりますと、ギャンブル氏「そうや、お世話になったから、一度、肩のあたりもんであげる」と言うやいなや、首筋から方のあたりを力いっぱいにつかみました、「アッ、痛い~」と思わず悲鳴

下呂温泉について、マッサージ師の雇い主にあい少しのあいだ話しました。カラオケの店もやっているという若干怪しい、えげつない感じの人物でした。このためギャンブル氏に別れ際に「ちょっとインチキ臭い感じがする経営者や、注意した方がええで・・・・元気でなあ、神戸に帰ってきたら必ず知らせてくれよ」
・・・・
それっきりでありました・・・以後、ギャンブル氏とは会っていません。会う機会はありなせんでした・・・下呂温泉に働きいってからしばらくたって、ギャンブル氏が下呂温泉から遁走したという風の便りを耳にしました・・・

温泉地で働くマッサージ師の立場はとても不安定です。非正規雇用よりももっと不安定です。芸者の置屋と似たシステムですが、雇う方は、仕事がなければただほっておけばいいのです。やとっておくことのリスクはゼロなのです。ですから、条件が悪かったり仕事がもらえなかったりするとマッサージはその温泉地から無断で遁走、別の温泉地を目指して、そしてまた・・・とさまようことになるというのが実態・・・

嗚呼、さすらいの盲目ギャンブラー氏よ、いまいずこに・・・・無事に出稼ぎを終えて神戸に戻ることができたのでせうか・・・それとも温泉地を次から次に遁走して・・・無事どこかで今も暮らしているのでせいか、それとも、流浪の果て、もうどこかですでに還らぬひととなっているのでせうか・・・

電車に乗ろうと慌てて小走りになったときにプラットホームの柱に激突させたりするという失敗などもあったのですが、さすらいの盲目ギャンブラー氏、なかなか魅力あふれる個性豊かな楽しい人物でした・・・

阪神大震災のいつまでも忘れられない貴重な思い出です。

今日の写真は昨日の新聞記事に掲載されていた写真を撮ったものです。「生」という字が人文字で描かれています。よろしければクリックしてご覧ください

なもあみだぶ・なもあみだぶ・なもあみだぶ・・・・
グッドナイト・グッドラック!

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水仙物語、その一:どうや水仙、きれいやろ・・・そやなあ、きれいになったなあ・・・

2023-01-14 22:19:47 | 日記
どういうわけか、この冬は水仙がいつもよりも早く咲きだしています。例年ですと、年が明けて一月になってから咲き始めるのですが、この冬は昨年末から咲き始めており、今や満開にちかい感じです。

あまりよく咲いていますので、私が「ブラブラおっさん」とひそかに呼んでいる近所でよく出会う某後期高齢者に昨日も遭遇しましたので「うちの庭の水仙、きれいに咲いてるから見に来たら」と声をかけました

このオッサン、少し以前に奥さんをなくしていまは一人暮らし、町内会での顔見知りなのですが、近所のスーパーやコンビニなど、付近でしょっちゅう出会います。足腰が弱らないように近所を歩き回っているとのこと、私と同じです。出会うと立ち止まって、しばらく世間話したり独居生活の心得や孤独死などについてジョーダンまじりにまじめに話しあいます

かようなしだいで「水仙を観に来たらどう」と誘ってみましたところ、このブラブラおっさん、私についてやってきました。わが庵の庭に足を踏み入れて

「どうや、水仙、きれいやろ」と自慢げに言いましたら、返ってきたこたえは
「わあ、きれいになったなあ!」
果物がなっているわけではありません、花が咲いているのです、だから、答えとしてはちょっとヘン・・・そこでもう一度言いました
「どうやきれいに咲いてるやろ、水仙!。
ところが返ってきた答えは同じ、「わあ、きれいになったなあ・・」
またしても少々ピンボケ気味の答、
そこでこのオッサン、認知症かなどと思いかけたら
「ほんまにきれいになったなあ、庭、いつもは草ぼうぼうやのに、どうしたんや今年は?」

これでこのオッサンが何を見ていたのかがわかりました。水仙の花なんか見ていなかったのです。冬になってもいつもなら雑草だらけなのに、今日は草々がほとんど目見入らず、庭がすっきりしていると感心していたのです。
いつもですと、庭から玄関にたどりつくまで一苦労、枯草をかき分け、枯草に足をとられて転びそうになったり・・・でも、この冬はそんな難行苦行の必要はなし

実は、この冬は庭木の剪定をしてもらう時期がいつもよりかなり早かったのです。冬の間に剪定してくれるように市のシルバー人材センターに依頼するのですが、この時期は剪定の依頼が殺到しますので、たいていはわが庭は後回しになって早くても年が明けて一月、もっと遅いときはもう春の足音が聞こえかけている二月になったりするのです。ところがこの冬は、どういう風の吹き回しか、年末十二月のはじめに剪定しに来てくれたのです。

おかげで庭はすっきり、かようなしだいで、ブラブラおっさんは「ほんまにきれいになったなあ」と水仙ではなく、雑草なき庭の様子に感心されてしまったのでありました・・・

それだけではありません。昨年末、正月休みに子供たちが遠くから大きな車で帰ってくるのだけれど、車を停めるところがないので、その間、庭に車を停めさせてくれという知人がいて、いいですよといったのですが、車を停めにきて「わあ、いつも草だらけなのに今年はすっきりやなあ、車、停めやすい」などと絶賛しておりました

お礼に缶ビールをどっさりいただいてしまいました。やっぱり庭はきれいにしておくものです!

今日の写真は水仙咲き草々なきわがガーデンを撮ったものです。よろしければクリックしてご覧くださいませ

なもあみだぶ・なもあみだぶ・なもあみだぶ・・・

グッドナイト・グッドラック!
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