UGUG・GGIのかしこばか日記 

びわ湖畔を彷徨する独居性誇大妄想性イチャモン性前期高齢者の独白

つつがなき晩春の一日・・・

2016-04-30 01:35:47 | 日記

昨日、朝食をお昼過ぎに完了して、なんとなく朝刊をパラパラ眺めておりましたら電話がなりました。先日の日記に書きました発明研究会「うちでのこづち」の会長からでありました

「会長さん、お元気ですか」

「元気かどうかはともかく、GGIが先日言っていた風力自動車のこと、ちょっとネットで調べてみたら、一件だけ特許みたいなものがあったぞ」

「えっ、ほんまか、やっぱり俺が思いつくぐらいやからなあ・・・」

「でも、中身はチャチ、自動車のような四輪車のようのものの後部に風車みたいなものをつけだだけや、GGIのアイディアのほうがグッドや、もうちょっと調べてみることにする」

「おおきに、風力発電、自動車というキーワードで、もっと本格的なものるがどうか、調べてみてくれ」

「わかった、ところでなあ、オレ、三日ほど前に歯抜いたんや、十二本ほど一気に、市民病院で。抜いた後一日だけ入院して帰ってきた」

「えっ、十二本も一気に?!大丈夫か?いったいどうしたんや」

「まえから歯のかみ合わせが悪くて、近頃は肉なんか細かくなっていないと食べられんようになっていた、それで思い切って入れ歯にすることにしたんや」

「麻酔して抜いたのか?」

「そうや、局所麻酔と違う、全身麻酔で一気に十二本や、そやけどなあ、オレ、もういつ死んでもええと思っているから平気、だからオレ、病院でアレコレいろんな検査してもらったり治療したりしてもらうの、大好きや、病院には興味津々、何にも怖いことなんかあらへん」

この知人、GGIと同じ年ですが、数年前に二階の物干し台から転落して背骨と足首あたりを大骨折、昨年は前立腺ガンで手術、まだオシッコがすこし漏れるんやなどと申しておりましたら、今度は一挙十二本という荒業、とご難続きでありますが、そのたびにたいして気にするようすもなく元気に生還、数日たったら抜糸して入れ歯をつくるのだそうであります

やれやれなんとも元気なオッサンやなあと思って電話を切ってから近くのスーパーに行きました。いつもながら意味があるのかないのか定かならぬものを店の隅っこにあるコピー機でたくさんコピーしてから、すこし買い物をしようと店内をブラブラしておりましたら、ここしばらく見かけなかったお菓子が駄菓子コーナーにおいてありました

ひと月ほど前にこの日記でご紹介いたしましたGGIの好物「ビッグサンダー」がおいてあったのです(http://blog.goo.ne.jp/ugugggi/d/20160319を参照)

実は先日、レジのオバちゃんにGGIは言っておいたのです。

「あのなあオバちゃん、駄菓子のコーナーに以前はビッグサンダーというお菓子、チョコレートに上に何か甘ったるいものをコーティングしたお菓が売っていたけど、このごろさっぱり見かけんなあ、あれオレ大好なんや。誰かが買い占めているのかなあ、あのお菓子、頼むから仕入れておいてなあ」

「いつもありがとうございます。わかりました、係の者に必ず伝えておきます」

このスーパー、最近GGIに電力を売ってくれることになった平和堂さんの対応はリッパでありました。「お客様のご要望」にシッカリ応えてくれたのです。昨日行きましたら駄菓子コーナーにちゃんと10個ほどビックサンダー君たちが鎮座しておりました。GGIは嬉しくなって3個まとめ買いをしてしまいました

今日の写真はこのビッグサンダー君たちを撮ったものです。どうかクリックしてご覧になりヨダレを垂らしてくださいませ。

ところが庵に帰ってきてサンダー君の包装をよく観察しましたら、以前のモノとは若干異なっていることに気づきました。以前のものは「ビッグサンダー」、さきほど買ってきたのは「ビッグサンダーⅡ」となっております。そして小さな字で「黒い巨雷神、エピソードⅡ」となかなかシャレたことが書いてあるのです。また「近未来的食感、圧倒的な食べごたえ」とも記されています。誇大妄想的なオーバーな表現がなかなかステキであります

GGI、これを見て謎が解けました、ビッグサンダーをしばらく売り場で見かけなかったことの理由が分りました。この間、製造元、有楽製菓さんの豊橋夢工場では、ビッグサンダーのニューバージョンを発売すべく努力が傾けられていたのであります!きっとそうであります、夢工場さん、ありがとう!

かようなしだいでさっそくビッグサンダーⅡ君を味わっておりましたら、また電話がなりました。湖北の町に住む知人からでした

GGI、元気か?あのなあ、例の市の廃棄物処理施設のダイオキシン基準値超過問題、あのことに関する情報公開請求の異議申立て、情報公開審査会が市民の言ってることは正しいと市長に答申したので、やっと今日、市長が降参、全面非公開としていた公文書を全面的に公開しよった。市民側の完全勝利や!ついては連休明けにでも記者会見するので、そのときは来てくれ」

この日はじめてのまともな用事の電話でありました。この異議申立てに際して、GGIがネチネチとヘリクツをこね回して申立書を書いたのでありました。まあ、この情報公開請求問題、市長が国家賠償法に基づき元職員に損害賠償請求を行うと息巻いているという厄介な問題が存在しているのでありますが、まずは一歩前進ではあります。

あの湖北の町のタワケ市長は難物だなあと思っておりますうちに春の日が暮れてきました。今日も雑駁な一日であることよなあ、春なのに何だかウツウツとするなあ、老人性うつ病のはじまりかなあ、夕食の準備もメンドウやなあなどとウジウジしておりましたら、またしても電話がなりました

「おいGGI、生きてるか、先日の○○新聞にお前の写真が載っていたぞ!知らんのか?」

この○○新聞は名古屋に本拠をおく地方紙であり、湖国では湖東のほうでは結構売れているのですが、湖都がある湖南や湖西ではさっぱり売れていない新聞でありますのでGGIが知っているはずはありませぬ。

「知らんけどなあ、でもなあ、オレ、男前やろ、シティボーイやろ、そやから時おり盗撮されてしまうんや、以前にも県庁内の食堂でタータンチャックの赤いマフラーをなびかせてぶらついているところ読売新聞に盗撮されてしまったことがある、オレはまったく知らんかったのやけど、首都圏で暮らしている我が賢い妹がネットで偶然読売の記事見つけて電話してきので初めて知ったのや、《おい愚兄のアニやんよ、用事もないのに昼の日中からみっともない格好してどこをぶらついているのや、うち恥ずかしわ、一家の恥さらしや、そのマフラー、何年も洗濯もせんと垢だらけやろ!》」

「まあ、そんなヨタ話はどうでもいいけど、あのなあ、GGIが例の虹の七色の旗、レインボー・ピースフラッグを持っている姿が写っているぞ、背景にびわ湖が写っている」

「ああそうか、わかった、それなら先日デモやったときの解散地点での写真や、そう言えば新聞記者が一人、うろついていたなあ、わが麗しの琵琶湖を背景に絵になる人物がいないかなあ、この旗持った人品卑しからぬ人物、結構知的でハンサムだから写真に撮っておこうというわけで盗撮したのやろう、まあ断らずに撮るとは失礼やけれど、苦しゅうない、許してつかわすということにしよう」

「何をGGIはとぼけたこと言ってるのや、この写真、見れば分ると思うけれど、湖を背景に春風にたなびくレインボーフラッグが大きく写っていて、GGIは付けたしみないなものや、フラッグと春の琵琶湖が主役、おまえはわき役、わかったか!」

「そうか、なかなかいいこと言ってくれてありがとう、でもそれは真実にあらずや、イラク戦争のときイタリアの反戦運動で使われて世界的に知られるようになった由緒あるこの七色のレインボーフラッグ、やはりそのイメージにぴったりの人間が持たないと意味がないのや」

(レインボーフラッグをご存じでない方は、以前の日記で紹介しておりますので、以下のサイトをご覧になってくださいませ http://blog.goo.ne.jp/ugugggi/d/20141005 )

「イメージにぴったりってどういう意味や」 

「春風のように爽やかで颯爽としていて男前で正義感に燃えていて清潔で・・・」

「おいGGI、何寝言をほざいているのや、だいたいなあ、オマエ、なんてダラシナイ服装してるのや、恥ずかしくないか!おまえのジャケット、まるで体に合っていないやないか、大きすぎてダブダブやないか」

「あのなあ、GGIさまはシティボーイなの、おまえと違ってセンスがええのや、ピッタリ体にあったジャケットなんか体にワルイ、そんなジャケットなんか着るより、大きめのジャケットをゆったりと着こなす、これがシティボーイのオシャレの極意なんや」

「そうかあ、まあ、GGIに恥を知れといってもカエルに面になんとかや、それならせいぜい、ゆったりダラダラ生きてくれ」

かくして、つつがなき春の一日が暮れていったのでありました。

グッドナイト・グッドラック!

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別々の記事をあわせ読んでみると・・・・

2016-04-29 01:59:40 | 日記

新聞の紙面にはいろいろなニュースが掲載されていますが、編集者は一つの紙面でどのニュースを紙面のどの位置にどのくらいの大きさで載せるのかについて、つまり紙面のレイアウトについては、いわゆる「ニュースバリュー」を考えながら日々いろいろな工夫をこらしているのだと思われます。

GGIは長年朝日新聞を惰性で購読しておりますが、朝日の夕刊は娯楽的な記事が大半でニュースの報道は貧弱です。そのためあまり読むところはないのですが、先日426日の夕刊、そのニュース面を眺めていて、どの記事を紙面のどの位置に乗せるか、工夫が凝らされていることに気づき、GGIは若干感心してしまいました。

今日の写真はこの夕刊の紙面を撮ったものです。よろしければクリックしてご覧くださいませ。

この紙面のトップニュースは「豪潜水艦 日本受注逃す:仏に決定 12隻分4.3兆円」と題された記事です。そしてこのニュースの左側には「特定秘密 指定413件、閣議決定:15年末時点の累計」と題された記事、またトップ記事の左下には「海自護衛艦《いせ》、フィリピンに寄港」と題された写真入りの記事が掲載されています。

潜水艦の受注云々に関する記事、その内容はオーストラリアの総額約43千億円にも達する次期潜水艦12隻の受注競争でフランスの政府系軍事企業が受注に成功、日本はドイツとともに受注を逃したというニュースです。

安倍政権以前であれば考えられなかったニュースです。というのはそれまでは「武器輸出三原則」なるものにより原則として武器および武器製造技術、武器への転用可能な物品の輸出が禁じられていたからです。しかし、アベ政権になってから、この原則を捨て去り、武器輸出を解禁する「防衛装備移転三原則」なるものが閣議決定されために、武器輸出が許されることになってしまいました。その結果日本は初の大規模な武器輸出を目指したが失敗に終わったと言うニュースです。

この記事の最後になかなか注目すべきことが書かれておりました。すなわち

《豪関係筋によると、独仏関係者は豪政府との交渉で、中国の軍事化で緊迫する南シナ海情勢から「アジア太平洋地域の安保問題とは地理的に無関係の欧州から選ぶべきだ」と言及。(豪)政府内には「日本を選べば中国との関係が悪化する」と、豪州に最大相手国である中国への配慮を求める声もあったという》。

この一文、受注を目指した独仏のが我田引水を思わせるともいえるのですが、GGIの考えでは、当たらすといえども遠からず、日本から潜水艦を買うことにしたならば南シナ海問題を中心とした日中関係に更なる緊張をもたらすことになってであろう、このため日本が自注できなかったことはまことに幸いであったというべきであるというふうにも解釈できるのではないかと思います。

この記事の左下にある写真入りの記事は、海上自衛隊の大型護衛艦「いせ」が4月26日にフィリピン北部のスーピック港に初めて寄港したというニュースです。記事には「この港は冷戦期に米海軍の基地があり、現在は対中国を念頭に、比軍が南シナ海の防衛拠点として再整備を進めている。海自は今月3日に潜水艦を同港に寄港させたばかり。一連の連携強化を印象付けた」とあります。この自衛艦、護衛艦と称されていますが、実態はヘリ空母です。

この一文、なかなか婉曲な表現をしていますが、「連携強化を印象付けた」ということが具体的に意味しているのでせうか。「連携強化」というのは、南シナ海での実効支配を目指している中国に対して、米軍の了解の下にフィリピンと連携、海上自衛隊が南シナ海における「日本軍」としての「プレゼンス」示した、印象づけたということでありませう。

「(軍の)プレゼンス」という言葉は「軍隊がある地域へ駐留・進出して軍事的に影響力をもつ存在であること」を意図的に示すことを意味していますから、このたびの自衛艦のフィリピンへの寄港は、まさに我が軍の南シナ海における「プレゼンス」を示す行為に他なりません。

これもアベ政権以前であったならば考えられなかったニュースです。以前であれば親善訪問というかたりで外国の港に寄港することはあったでしょうけれど、このような露骨な形で「プレゼンス」を示すことはありませんでした。いわゆる「専守防衛」という日本の防衛方針とは相いれないためです。

先にこの軍港に寄港した海自の潜水艦も装備しだいで専守防衛を逸脱する兵器となり得るものであり、このたびの寄港した自衛艦も、大型護衛艦とは称しているものの実際にはヘリ空母です。写真にも搭載されているヘリが何機も写っていますが、 攻撃型のヘリを搭載すれば即座に専守防衛どころが相手を攻撃することが可能な兵器に転じてしまいます。

アベ君は今や「専守防衛」なんか邪魔だとばかりにかなぐり捨て、念願の集団的自衛権を先取りして、米軍との連携の下に「わが軍」の東アジアにおける「プレセンス」を高めようとしているのだということが、このニュースからうかがわれます。

3番目の記事は特定秘密保護法に関するニュースです。特定秘密保護法は2013年12月に施行された法律ですから、当然のことながらアベ政権以前には考えられなかったニュースです。

内閣が4月26日に、この法律の運用状況について、年1回義務づけられている国会への報告内容を閣議決定したが、衆院の「情報監視審査会」が求めていた特定秘密のより具体的な件名さえ公表されなかったとされています。また同審査会が特定秘密の件名「周辺有事に関する外国政府との協議内容」の「外国政府」を明らかにするよう求めたが政府側は拒んだことが報告書に記されているとされています。

これらの3つの記事、それぞれ他の記事とは直接的な関係はない記事ではありますが、よく考えればいずれの記事もアベ政権発足以後の安全保障問題に関連した記事であり、その意味で互いに関連性を有している記事であるということができます。

これらの3つの記事がバラバラの位置に掲載されていましたら、GGIは互いの記事の関連性にすぐには気づかなかったかもしれません。この意味から、互いの記事に関連性があることを意識して紙面における各記事の位置について、紙面のレイアウトについて気を配った編集者の努力と配慮に感謝の意を表したいと思う次第であります。

このようにこれらの3つの記事を合わせ読みますと、政権の座について以来、りアベ君がいろいろ安全保障問題についてあれこれ手早くいじくりまわしたために、いまでは日本はすいぶんキナ臭い存在になってしまったなあと、GGIは考え込んでしまいました。考え込んで、そのあとどうするんだと問われても困りるのでありますが・・・まあ、認識を新たにしたというこであります・・・・

グッドナイト・グッドラック!

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無責任な批判ばかりしていないで対案を出せ!対案を!と言われたら・・・

2016-04-28 01:55:06 | 日記

例の「エンブレム」騒動、ようやく決着がついたようですね。マスコミが大騒ぎして、そのマスコミにつられて大騒ぎしたりした人もいたのでありますが、この日本の世の中、難題が山積しているのですから、「エンブレム問題」なんてほんらいどうでもいい問題、いいかげんにしたらとGGIは思っておりました。

と申しますのは、この類のものは決まるときにいろいろ批判や騒動などがあっても、いったん決まってしまって時を経れば、みんな慣れっこになって、どんなものであろうが、その良し悪しなんて気にしなくなるからです。

たとえば「元号」であります。あの昭和が終わって「平成」の世になると決まったとき、当時官房長官であり後に首相になった故小渕氏が記者会見でおごそか「平成」と書かれた色紙のようなものを披露したとき、GGIは「えっ!ヘイセイ?それ何?平安時代かなんかに逆戻りするの?」などとかなり違和感を抱いたことを記憶しております。程度の差はあれ、当時、日本人の多くは「平成」という言葉を初めて目にして、あるいは耳にして、何らかの違和感を抱いたのではないかと思います。でも、時を経ると、GGIを含めてみなさん「平成」の世にどっぶり浸かって、いまでは「平成」だなんて、なんだかヘンやなあというひとなどほとんどおりませぬ。

ただ一つこの新しき元号に関してGGIが気にかかることは、勝手にお上のみなさんが新元号を決めってしまったことは問題ではなかったかということです。元号の必要性の有無も含めて、新元号の案を公募して国民投票にしてほしかったのです。

そんなムチャなことと思われるかもしれませんが、そんなことはありませぬ、たとえば、ごく最近のことですが、ニュージーランドでは国旗の変更をめぐって国民投票が行われたのです。ニュージーランドの国旗、左上に英連邦の一員であることを意味するユニオンジャックが記されているのですが、いまさら英連邦でもあるまい、新しい国旗をつくるべきだという声が国民の間からわきおこり、それも一理あるよねということで政府が新国旗のアイディアを公募、一位に選ばれた新国旗の案と旧来の国旗のどちらを選ぶのか、国民投票が行われたのです。その結果、結局はこれまでの国旗に賛成する人の方が多く、国旗の変更にはいたらなかったのですが、ニュージーランドのやり方はなかなか民主的でありステキであるとGGIは思います。

ニュージーランドの国旗問題については、この日記で以前にも記しています。関心をお持ちの方はよろしければ以下のサイトをご覧くださいませ

http://blog.goo.ne.jp/ugugggi/d/20150916

などと話が脱線いたしましたが、このたびのエンブレム騒動でGGIはまたしても違和感を覚えましたのは、「エンブレム」などというあまり聞きなれない言葉が用いられていたことです。いつから「エンブレム」などという普通の日本人には聞きなれない意味不明のヘンに気取ったカタカナ言葉使われるようになったのでありませうか。このたびの騒動に際して、単なるンボルマークの問題であるにもかかわらず、マスコミさんなどが平気で何にも考えずに口をそろええ意味不明のこの言葉を大合唱、無神経かつ平気で流布させたことによるものではないかと、GGIは怒っております

単なるシンボルマークのことを「エンブレム」などと何か高級ぶって言うのは明らかに誤用であり詐欺まがいの行為であります。「エンブレム」のほうがシンボルマークというよりも高級感があるとでも思っているのでありますか、その気取り振りはいやらしい限りです。

「誤用である」とGGIが勝手に言っているのではありませぬ。ウィキペディアさんが次にように記しているからです

《日常会話においては、「エンブレム」という語はしばしば「シンボル」(象徴・シンボル)と同じ意味で使われるが、厳密には両者の間には区別がある。「エンブレム」は、観念または特定の人や物を表すのに使われる図案を指す。具体的にエンブレムは、神性・部族または国家・徳または悪徳といった抽象概念を視覚的な用語で具体化させたもので、対象または対象の対応物である。》

この説明に基づきますと、オリンピックなどという単なる大運動会は神性や部族、あるいは国家や得または悪徳とは本来何の関係もないのでありますから、オリンピックのエンブレムというのは明らかに誤用です

(しかしながら、オリンピックなるものは本来はこれらの事柄と無関係なはずであるものの、その実態においては国家の名誉などという厄介なものと大いに関係していると言うべきでありませう。ですからGGIはオリンピックを好きになれないであります。2020東京オリンピックの目的が日本の国威と景気の発揚にあることは、日本人のだれもが知っています)

かようなしだいで、正確にはこのたびのオリンピックのシンボルマークを巡る騒動ということになりますが、このたび晴れて最終的に決定されたシンボルマークを見まして、GGIは若干の感想をいだきました

市松模様を巧みに組み合わせてのシンボルマーク、工夫のあともうかがわれ、それなりにスマートでセンスも悪くはないですが、なんだかもうひとつだなあ、このマークを見て、すぐにオリンピックを連想するかなあなどと思ってしまいました。

と申しますのは、このマークを初めて目にしたとき、GGIはこのマーク、なんだかサッカーボールみたい、だからサッカーのワールドカップのシンボルマークであるならばグッドだけどなあなどと思ったりしたのです。このマークの下にTOKYO 2020と書かれていなかれば何のマークなのかサッパリ・・・

などと批判めいたことを言いますと、口先男、イチャモンつけることしか能のないGGIよ、そんなエラソーなこと言うなら、対案を出せ、対案を!という叱声や罵声が飛んでくることでありませう

そこでGGI、本日は口先男を脱すべく、対案を、誰が見ても、これは誇り高き伝統ある日本を、東京都をシンボリックに示したものだということがすぐに理解できるリッパンな対案を提示させていただきます。

今日の写真は2020年東京オリンピックのシンボルマークの対案を撮ったものです。どうかクリックしてGGIによる対案のすばらしさを堪能してくださしませ

日本の伝統的色彩である朱色の地に浮かぶ真っ白の桜の花びら、そのまんなかに「都」の一文字・・・・そのメッセージ性は抜群であることは明らかでありませう!

 実はこの対案は戦前から日本人に愛されてきた「都こんぶ」のシンボルマークでもございます。今日は「都こんぶ」の製造元、中野物産さんに無断で拝借したしました。中野物産の社長様、どうか日本のためと思って、GGIの無礼をお許し下さるよう平にお願い申し上げます。

グッドナイト・グッドラック

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フラクタルなナンキンハゼと言いたいのですがオツムが悪くて・・・

2016-04-27 01:07:04 | 日記

昨日の明け方、カーテンをひらけましたら、わがガーデンのナンキンハゼのシルエットが夜明けの空にくっきり浮かびあがっておりました

今日の写真はこのナンキンハゼを撮ったものです。クリックしてご覧くださいませ。

ナンキンハゼ君、まだ若葉が出るに至っておらず、そのため大小の枝が伸びやかに天に向かっている様子がよくわかります

木の枝の張りかた(枝の分岐のしかた)は複雑であり、一見したところ勝手に点々バラバラに枝を伸ばしているように見えますが、最近の科学的研究により、自然界に存在しているさまざまな携帯は一見複雑で不規則であるように思えても、実はこのような複雑さのなかにある一定の法則があることが解明されています。

科学的にどう解明されているのか、オツムがよくないGGIにはうまく説明できないのですが、いわゆる複雑系を、複雑な形態の性質を解析する手段として「フラクタル理論」なるフランスの数学者による幾何学的概念が考えだされているのです。

その理論によりますとき、フラクタルな図形というのはある図形の一部分における形と全体の形が相似形になっている図形を意味するとされています。このような性質を「自己相似」というのだそうです。言葉では少々わかりづらいため、フラクタルな図形とは具体的にどんな図形のことをいうのかは、以下のサイトをご覧になればお分かりになるのではないかと思います。

https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%AB&biw=1081&bih=489&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&sqi=2&ved=0ahUKEwjDq4zSzqzMAhWDJaYKHRC1DMQQsAQIOQ&dpr=1.25

全体の形状とその細部の形状が相似形をなしているという状態、すなわち「図形の部分を拡大すると、全体と相似する形を見つけられる」という構造をフラクタルな構造というのですが、フラクタルな構造は自然界にもよく存在しているとされています。たとえば一見不規則で複雑な形状をしているように思えるリアス式海岸の海岸線、樹木の枝のはり方、雲の形状にもフラクタルな構造が認められるとされています。

たとえばウィキペディアさんによりますと以下のように説明されています

「フラクタルの具体的な例としては、海岸線の形などが挙げられる。一般的な図形は複雑に入り組んだ形状をしていても、拡大するに従ってその細部は変化が少なくなり、滑らかな形状になっていく。これに対して海岸線は、どれだけ拡大しても同じように複雑に入り組んだ形状が現れる。」

樹木の場合、一本の樹木における主要な枝の分岐の仕方と各枝から生えている小さな枝の分岐の仕方は相似形を成しているとされています

このため、GGIは早朝から、わがナンキンハゼ君における枝のはり方はきっとフラクタル構造を備えているはずだと思って鋭意観察に努めたのでありますが、残念ながら判然とはしませんでした。つまりフラクタルでありそうでもあり、なさそうでもありました。ひとつあなたもこの写真をしかと観察して、フラクタル構造が存在しているかどうか、ご判断くださいませ。

このナンキンハゼの様子を眺めておりましたら、あのシュールリアリズム絵画の大家マグリットの絵には木の枝や葉っぱが細密に描かれた樹木がよく登場することを思いだしました。あきれるほど細密に描かれているのですが、彼はこの「フラクタル理論」という近代科学の成果を無意識のうちに体得していたのでありませうか・・・

今日の話題はGGIにはちょっと荷が重すぎる無理なテーマでありました。数学という学問はのは凡人には難しすぎて近寄りがたいのですが、ひとうフラクタル理論、フラクタルな構造について、面白いなあ、ちょっと勉強してみようかなどお考えのかたは以下のサイトなどをご覧くださいませ

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%AB

グッドナイト・グッドラック!

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「東洋のスイス」はどこへ行った・・・

2016-04-26 01:25:33 | 日記

昨日はよい天気でした

春の日 そよ風 花散る緑の丘・・・・
春の日差しを浴びながらGGIはショパンの「別れの曲」の歌詞(堀内敬三)を連想、そやなあ、春は花が散っていく季節なんや、わが庵の梅の花もアンズの花も、それに花にら君たちもこぶしの花も散って、タンポポ君たちもやがて散っていくなあ、それにそう言えば、「花はどこへ行った」と言うフォークソングが、がかつてあったなあ、あの歌、雪村いずみも歌っていてけれど、園まりのほうが歌のイメージにあっていたなあ、などととりとめないことを思い出しておりましたら、突然、そうや、花はどこへ行ったのかはともかく、「東洋のスイス」はどこへ行ったのだろう、これは問題やなあと思い至りました。

「東洋のスイス」というのは、GGIが御幼少のころ、アメリカに敗けてしまってからしばらくの間、よく耳にした言葉です。

アベ君、「大国」の集まり、G7のサミットのホスト国として大張り切りのようであります。彼が望んでいることは、要するに日本を大国(列強)にしたい、あるいはもっと大国にしたということのようです。一言でいえば「大国主義」であると思われるのですが、さきの大戦の敗戦後、つかの間ではありましたが、「小国主義」志向とでもいうべきこの「東洋のスイス」という言葉がよく聞かれたのでありました

この言葉、あのマッカーサー元帥が戦後の日本の行くべき道を指して、「日本は東洋のスイスたれ」と言ったことに由来しています。

この言葉の意味はGGIと同年配の方々にはいまさら説明するほどのことではありませぬが、日本の悪しき来し方を反省して、これからは、永世中立国として国際的に信頼されているスイスのような、戦争を行わず平和を愛する小さな国を目指して頑張れ、といったような意味であります。

 1950年に朝鮮戦争が勃発するまでは「東洋のスイス」という言葉は健在であったのです。しかし、朝鮮線戦争に引き続く冷戦の時代にしだいに死語と化してしまったようです。次いで日本が経済大国と称されるようになるにつれ、すっかり忘れられてしまいました。一方、今やアベ君たち、経済大国だけでは満足できないようであり、安全保障大国、つまり軍事大国の一員を目指しているのではないかと思われます。

 などと、とりとめなく我が幼少の頃を回顧しておりましたら、昨日425日の朝日新聞夕刊に、「小国主義」とでもいうべき思想を持っていた日本人のことが記されている記事を目にしました。

「中江兆民、明治政府への異議:人権守る《小国》掲げ」と題された記事です。

この記事は「反骨の記録」という連載記事の5回目にあたるものです。

以下に、いつもながら手抜きでありますが、この記事の内容の受け売りを記します。

中江兆民(1847~1901)はフランスの思想家ジャン・ジャック・ルソーを日本に紹介した明治の政治家であり思想家であることはよく知られていますが、彼は武士のなかでも最も身分が低い足軽出身でありました。しかしながら向学心に燃え、明治政府の中心人物であった大久保利通に直訴してフランスへの留学を実現、約二年半、労働者の町リヨンで「自由・平等・博愛」の空気に触れ、貴国の途中で立ち寄ったベトナムでは、西洋人がアジアの人々を虐げる様子を目にしました。こうした経験が後の「小国家論」につながりました。これは明治政府がいち早く推し進めようとしていた大国化の道に対する異議です。

GGIの勝手な解釈では、明治に入るや否や、いち早く抜け目なき明治の元老たちにより強力に推進された、「菊と刀」を手段とした日本の「大国化」に反対したということでありませう。

彼は外交政策を論じた「論外交」(自由新聞、1882年、明治4年)で、戦争は道義的に認められないと否定したうえで、小国が大国になっても国を保てないと富国強兵策を批判、「小国は信義に基づく外交に徹せよ」「隣国に兵力で干渉すべきではない」と主張しました。

高知市立自由民権記念館の前館長、松岡氏は「大国を目指せば、税負担など国民の犠牲は大きくなります。国が小さければ小さいほど民主化は進み、人権が守られるという考えだったんですね」と解説しています。

188712月に他の民権家600人ちかくとともに、皇居の約12キロ外への退去を命じられ、大阪に移った後も監視の目がつきまとい、死後も先の大戦で敗戦するに至るまでは、限られた著作しか出版されなかったとされています。

与えられた権利は、与えた者の都合でいつか返さなければいけなくなる、という考えから明治憲法改正を目指し、最初の帝国議会選挙で当選、民権派が過半数の議席を得たものの政府側に寝返る議員が出たため辞職しています。

末期がんで余命一年半と告げられた後、苦しい闘病生活のなかで「一年有半」「続一年有半」を出版し、伊藤博文や山県有朋を「死ぬのが一日早ければ、一日国家の益になる」と酷評、そして日本人について次のように評しています。

「利害に明るく理義(道理と正義)に暗い。事に従うことを好み、考えることを好まない」

みなさん、いかがでありませう、彼の日本人論は若干乱暴に過ぎるかもしれないものの、当たらすと言えども決して遠からずというところですが、明治以後のこれまでに日本の歴史を振り返りますと、彼の主張していたことは決して的外れではなかった、そのことは歴史が証明しており、彼の「小国家論」はいまなお説得力を有しているのではないかとGGIは愚考いたします。

昭和は遠くなりにけり、あの敗戦も遠くなりにけり、だからと言って「東洋のスイス」までをも遠くなりにけりにしてはいけないということを、この新聞記事を目にしてGGIは珍しくちょっぴり真面目に考えたのでありました。

今日の写真は上記の新聞記事を撮ったものです。

グッドナイト・グッドラック!

 

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