みちしるべの伝説

音楽と希望は刑務所でも奪えない。

忘れ難いヒロイン

2009年07月18日 | 俳句・短歌
詩の紹介です。
北村薫氏が141回の直木賞受賞となったけど、少し前に読んだ氏の本で紹介されていた詩がとても印象深かったのでした。
ただし、暗い話なので、気落ち気味の方は読まれませんように。
集団
ホアンはテレサを愛していて テレサはライムンドを愛していて
ライムンドはマリアを愛していて マリアはホアキンを愛していて ホアキンはリリーを愛していて
リリーは誰も愛していなかった
ホアンはアメリカ合衆国へ行ってしまい テレサは修道院へ
ライムンドは思いがけない事故で死に マリアは独身でとおし
ホアキンは自殺し リリーは平凡な男 J・ピント・フェルナンデスと結婚した
カルロス・ドルモン・ジ・アンドラージ(田村さと子・訳)

この詩に対して、氏の寄せた感想は、
愛する者たちが、次々と挫折する姿はわたしたちを引き付けます。いってみれば、これは愛に収斂(しゅうれん)して見せた、理想と現実のドラマです。理想は人間にとって、手の届かぬ高みにあるものです。だからこそ、ここにある痛ましさに、胸を打たれるのではないでしょうか。そして<<自殺し>>の次にあるのは、誰も愛さぬリリーが、<<平凡な男>>と結婚したという、まるで田舎町の新聞にでも出てくるような事務的な言葉です。
 リリーは、きっと恐ろしく、ものの見えている女性なのでしょう。理想というもの、もろさ、あるいは極論するなら、うさん臭さを知っている。だから、孤独なのです。リリーは、その認識によって、すでに生きながら<<自殺し>>ているのでしょう。
 この詩の怖ろしさは、そういう独りぼっちの人間だけが、結婚し得るところにあります。
 (中略)
 愛の詩は、世の中に数多くあります。しかし、このように見事に、夢見ぬ心を、愛の荒涼を、歌いきってしまった例は少ないのではないでしょうか。
 ここには、紛れも無く、ある方向から見た人生の真実があり、哀しみがあります。リリーは泣かずに、死の時まで生きて行くことでしょう。しかし、それを見つめる読者の心は震えます。
 ここにも忘れ難いヒロインがいる、と、わたしは思いました。


氏の明晰な文筆、冴えている。
見えすぎるということは、怖いことであり、哀しいこと。
この文章に触れて、リリーの詩は、忘れ難いものになったのでした。
常々、人の営みも一種の芸術のように感じられるのだけど、リリーが”心の鎖”を断ち切る時の音は、どんなだっただろう?

10年ほど前のちょうど今の時期、自ら命を絶った友のことが思い出され、複雑な思いになるのでした・・・。
歳を重ねると、だんだんと生者と死者の境が薄らいでいく。

蝉時雨 音の向こうの黄泉の国

愛すべき妻なし子なし蝉時雨

暗い話で、申し訳ありません・・・。

詩歌の待ち伏せ〈1〉 (文春文庫)
北村 薫
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詩歌の待ち伏せ〈上〉
北村 薫
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受賞作は読んでいないのだけど、六の宮の姫君は、氏の文学の素養に圧倒されつつ、健やかで爽やかなミステリー。文学の香り高い傑作でした。

読みたい本、たくさんあるのだけど、時間がない・・・。とほほ・・・。
まあ、本は映画と違って、旬を逃してもいいから、安心だけど。



六の宮の姫君 (創元推理文庫)
北村 薫
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鷺と雪
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