竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集巻三を鑑賞する  集歌410から集歌429まで

2012年02月27日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻三を鑑賞する


大伴坂上郎女橘謌一首
標訓 大伴坂上郎女の橘の歌一首
集歌410 橘乎 屋前尓殖生 立而居而 後雖悔 驗将有八方
訓読 橘を屋前(やど)に植ゑ生(お)ほし立ちて居(ゐ)て後(のち)に悔(く)ゆとも験(しるし)あらめやも
私訳 橘を家に植えて、それを育て上げた後にそれを悔いても形として表に現れることはありません

試訳 橘の公の私への愛を受け止めて、その愛情を私の心の中で育てた後になにがあっても、私の心に悔いがあったとしても貴方を責めたり表立って騒ぎ立てることはありません。


和謌一首
標読 和(こた)へたる歌一首
集歌411 吾妹兒之 屋前之橘 甚近 殖而師故二 不成者不止
訓読 吾妹子し屋前(やど)し橘いと近く植ゑてし故(ゆへ)に成らずは止まじ
私訳 私の愛しい貴女の家に橘をとてもすぐそばに植えたのですから、実を成らせずにはおきません。

試訳 私の愛しい貴女が私の貴女を愛する思いを深く受け止めてくれたのですから、その愛の実を成らせずにはおきません。


市原王謌一首
標訓 市原王の謌一首
集歌412 伊奈太吉尓 伎須賣流玉者 無二 此方彼方毛 君之随意
訓読 頂(いなだき)に蔵(きす)める玉は無み二つかにもかくにも君しまにまに

私訳 頭の上で結った髻(もとどり)に秘蔵する玉は二つとはありません。しかしながら、どうなりと貴方の御気のますままに。


大網公人主宴吟謌一首
標訓 大網公人主の宴(うたげ)に吟(うた)へる謌一首
集歌413 須麻乃海人之 塩焼衣乃 藤服 間遠之有者 未著穢
訓読 須磨(すま)の海人(あま)し塩焼き衣(ころも)の葛服(ふぢころも)間(ま)遠(とほ)にしあればいまだ着なれず

私訳 須磨の海で海人が塩を焼く時に着る衣は葛の繊維で作った粗末な服、その目が粗いように、貴女の仲が間遠いので、未だに貴女に慣れ親しんでいない。


大伴宿祢家持謌一首
標訓 大伴宿祢家持の謌一首
集歌414 足日木能 石根許其思美 菅根乎 引者難三等 標耳曽結焉
訓読 あしひきの石根(いはね)こごしみ菅し根を引かば難(かた)みと標(しめ)のみぞ結(ゆ)ふ

私訳 足を引くような険しい山の岩がごつごつしているので、その岩に生える菅の根(女性の愛)を引き抜こうとすると難しいと、標し(求愛)だけ結んだ。



挽謌

上宮聖徳皇子出遊竹原井之時、見龍田山死人悲傷御作謌一首
小墾田宮御宇天皇代 墾田宮御宇者、豊御食炊屋姫天皇也 諱額田謚推古
標訓 上宮聖徳皇子の竹原井に出遊(いでま)しし時に、龍田山に死(みまか)りし人を見て悲傷(かな)しみて御作(つくりま)しし謌一首
小墾田宮の御宇天皇の代(みよ) 墾田宮の御宇は、豊御食炊屋姫天皇なり 諱(いみな)は額田、謚(おくりな)は推古


集歌415 家有者 妹之手将纒 草枕 客尓臥有 此旅人可怜 (可は忄+可)
訓読 家(へ)にあらば妹し手(た)纏(ま)かむ草枕旅に臥(こ)やせるこの旅人(たびひと)あはれ

私訳 故郷の家に居たら愛しい妻の手を抱き巻くだろうに、草を枕にするような辛い旅で身を地に臥せている。この旅人は、かわいそうだ。


大津皇子被死之時、磐余池般流涕御作謌一首
標訓 大津皇子の被死(みまか)らしめらえし時に、磐余の池の般(いは)にして涕を流して御作りませる歌一首

注意 原文の「磐余池般」の「般」は大きな岩石を意味します。ただし、一般には「陂=つつみ」の誤字とします。


集歌416 百傳 磐余池尓 鳴鴨乎 今日耳見哉 雲隠去牟
訓読 百伝(ももつた)ふ磐余(いはれ)し池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲(くも)隠(かく)りなむ

私訳 多くを伝える磐余の池に鳴く鴨を今日だけ見て私は雲の彼方に隠れ去って逝こう

右藤原宮朱鳥元年冬十月
注訓 右は藤原宮の朱鳥元年の冬十月


河内王葬豊前國鏡山之時、手持女王作謌三首
標訓 河内王を豊前國の鏡山に葬(はふ)りし時に、手持女王の作れる歌三首
集歌417 王之 親魄相哉 豊國乃 鏡山乎 宮登定流
訓読 王(おほきみ)し親魄(にきたま)相(あ)ふや豊国(とよくに)の鏡山を宮とさだむる

私訳 王よ。貴方の御気に召されたのか。豊国の鏡山を王の常夜の宮と定め為された。


集歌418 豊國乃 鏡山之 石戸立 隠尓計良思 雖待不来座
訓読 豊国の鏡山し石戸(いはと)立て隠(こも)りにけらし待てど来(き)まさず

私訳 豊国の鏡山よ、その石戸を閉めてお籠りになってしまった。待っているけれどお出ましになられない。


集歌419 石戸破 手力毛欲得 手弱寸 女有者 為便乃不知苦
訓読 石戸(いはと)破(ふ)る手力(たぢから)もがも手(た)弱(よわ)きし女(をみな)しあれば術(すべ)の知らなく

私訳 お籠りになった石戸を引き破る手力が欲しい。手力の弱い女であるので石戸を引き破り再び王に逢う方法を知りません。


石田王卒之時、丹生王作謌一首并短謌
標訓 石田王の卒(みまか)りし時に、丹生(にふの)王(おほきみ)の作れる歌一首并せて短歌
集歌420 名湯竹乃 十縁皇子 狭丹頬相 吾大王者 隠久乃 始瀬乃山尓 神左備尓 伊都伎坐等 玉梓乃 人曽言鶴 於余頭礼可 吾聞都流 枉言加 我間都流母 天地尓 悔事乃 世開乃 悔言者 天雲乃 曽久敝能極 天地乃 至流左右二 杖策毛 不衝毛去而 夕衢占問 石卜以而 吾屋戸尓 御諸乎立而 枕邊尓 齊戸乎居 竹玉乎 無間貫垂 木綿手次 可比奈尓懸而 天有 左佐羅能小野之 七相菅 手取持而 久堅乃 天川原尓 出立而 潔身而麻之身 高山乃 石穂乃上尓 伊座都流香物

訓読 なゆ竹の とをよる皇子 さ似(に)つらふ 吾(わ)が大王(おほきみ)は 隠国(こもくり)の 泊瀬の山に 神さびに 斎(いつ)きいますと 玉梓の 人ぞ言ひつる 逆言(およづれ)か 吾が聞きつる 枉言(まがこと)か 吾が祀(ま)つるも 天地に 悔(くや)しきことの 世間(よのなか)の 悔しきことは 天雲の そくへの極(きは)み 天地の 至(いた)れるさへに 杖(つゑ)策(つ)きも 衝(つ)かずも行きて 夕衢(ゆうまち)占(うら)問ひ 石卜(いしうら)もちし 吾が屋戸(やと)に 御諸(みもろ)を立てて 枕辺(まくらへ)に 斎(いはひ)瓮(へ)を据ゑ 竹玉(たかたま)を 間(ま)なく貫(ぬ)き垂れ 木綿(ゆふ)襷(たすき) かひなに懸(か)けて 天にある 左佐羅(ささら)の小野し 七節菅(ななふすげ) 手に取り持ちて ひさかたの 天つ川原に 出で立ちて 潔身(みそぎ)しましみ 高山の 巌(いはほ)の上(うへ)に 坐(いま)せつるかも

私訳 なよ竹のとをよる采女の歌に詠われた皇子に似た我が大王は、人が隠れるという隠口の泊瀬の山に神のように祀られていますと、美しい梓の杖を持つ使いの人が言うのは逆言でしょうか、私が聞いたのはでたらめでしょうか。私が大王の末永い命をお祈りしても、天上と地上での悔しいことの、人の世の悔しいことは、天の雲が退いていく極み、天と地が接する所に至るまでに、杖をついても、また杖をつかなくても行って、夕方の辻占いで人の言葉を問い、石卜(いしうらな)いもしました。私の家に神祀りの御諸を立て、貴方の枕元には斎瓮を据えて、竹玉を沢山に紐に通して垂らしました。貴方は木綿の襷を腕に掛けて、天上にある左佐羅の小野の七節の菅を手に取って持って、そして、遥か彼方の天上の天の川原に出で立って神の禊をしまった。貴方は高山の巌の上にいらっしゃるのでしょうか。

注意 原文の「枉言加」の「枉」は「狂」の誤記とします。「枉」は「よこしま、ゆがめる」、「狂」は「くるう」の意味ですから、ここは原文の方が良いとします。また「潔身而麻之身」の「身」は「乎」、「伊座都流香物」の「流」は「類」の誤記としますが、これも原文のままとします。


反謌
集歌421 逆言之 狂言等可聞 高山之 石穂乃上尓 君之臥有
訓読 逆言(およづれ)し狂言(たはごと)とかも高山し巌(いはほ)の上に君し臥(こ)やせる

私訳 逆言です。それとも狂言でしょうか。高山の巌の上に貴方がいらっしゃる。


集歌422 石上 振乃山有 杉村乃 思過倍吉 君尓有名國
訓読 石上(いそのかみ)布留(ふる)の山なる杉群(すぎぬら)の思ひ過(す)ぐべき君にあらなくに

私訳 石上の魂を振るという布留山にある杉群の思いを過ぎてしまうような思い出の中の貴方ではないのに。


同石田王卒之時、山前王哀傷作謌一首
標訓 同じ石田王の卒(みまか)りし時に、山前王の哀傷(かなし)びて作れる歌一首
集歌423 角障經 石村之道乎 朝不離 將帰人乃 念乍 通計萬石波 霍公鳥 鳴五月者 菖蒲 花橘乎 玉尓貫(一云、貫交) 蘰尓將為登 九月能 四具礼能時者 黄葉乎 析挿頭跡 延葛乃 弥遠永(一云、田葛根乃 弥遠永尓) 萬世尓 不絶等念而(一云、大舟之 念馮而) 將通 君乎婆明日従(一云、君乎従明日香) 外尓可聞見牟

訓読 つのさはふ 磐余(いはれ)し道を 朝さらず 帰(き)けむ人の 思ひつつ 通ひけましは ほととぎす 鳴く五月(さつき)には 菖蒲(あやめ)草(ぐさ) 花橘を 玉に貫(ぬ)き(一(あるは)は云はく、貫(ぬ)き交(か)へ) かづらにせむと 九月(ながつき)の 時雨(しぐれ)の時は 黄葉(もみぢ)を 析みかざさむと 延ふ葛(ふぢ)の いや遠永(とほなが)く(一は云はく、田(た)葛(くず)し根の いや遠長(とほなが)に) 万世(よろづよ)に 絶えじと思ひて(一は云はく、大船し 思ひたのみて) 通ひけむ 君をば明日ゆ(一は云はく、君を明日香より) 外にかも見む

私訳 石のごつごつした磐余の道を朝に必ず帰って行った貴方が、想いながらあの人の許に通ったであろうことは、霍公鳥が鳴く五月には菖蒲の花や橘の花を美しく紐に貫きあの人の鬘にしようと、九月の時雨の時には黄葉を切り取ってあの人にさしかざそうと。野を延びる藤蔓のように、いっそう久方に長く万世に絶えることがないようにと想って通われた。そんな貴方を明日からは他の世の人として見る。


注意 原文の「通計萬石波」の「石」は「口」の誤記としますが、ここは原文のままとします。また「君乎従明日香」の「香」を「者」の誤記としますが、これも原文のままとします。


右一首、或云、柿本朝臣人麿作。
注訓 右の一首は、或は云はく、柿本朝臣人麿の作といへり。


或本反歌二首
標訓 或る本の反歌二首
集歌424 隠口乃 泊瀬越女我 手二纏在 玉者乱而 有不言八方
訓読 隠口(こもくり)の泊瀬(はつせ)娘子(をとめ)が手に纏(ま)ける玉は乱れてありと言はずやも

私訳 人の隠れると云う隠口の泊瀬の娘女の手に捲いている美しい玉が紐の緒が切れて散らばっていると言うのでしょうか。


集歌425 河風 寒長谷乎 歎乍 公之阿流久尓 似人母逢耶
訓読 河風し寒き長谷(はせ)を嘆きつつ君し歩(ある)くに似る人も逢へや

私訳 河風の寒い泊瀬で嘆げいていると、貴方の歩き方に似た人に逢へますか。

右二首者、或云紀皇女薨後、山前代石田王作之也。
注訓 右の二首は、或は云はく「紀皇女の薨(みまか)りましし後に、山前、石田王に代りて作れり」といへり。


柿本朝臣人麿見香具山、屍悲慟作謌一首
標訓 柿本朝臣人麿の香具山の屍(かばね)を見て、悲慟(かなし)びて作れる歌一首
集歌426 草枕 騎宿尓 誰嬬可 國忘有 家待莫國
訓読 草枕旅し宿(やど)りに誰が嬬(つま)か国忘るるか家待たなくに

私訳 草を枕にするような野宿する旅の宿りの中に、誰が妻や故郷を忘れたのでしょうか。きっと、故郷の家の人たちはここで草枕している貴方を待っているのに。

注意 原文の「家待莫國」の「莫」は「真」の誤記とし「家待たまくに」と訓みますが、ここは原文のままとします。


田口廣麿死之時、刑部垂麿作謌一首
標訓 田口廣麿の死(みまか)りし時に、刑部垂麿の作れる謌一首
集歌427 百不足 八十隅坂尓 手向為者 過去人尓 盖相牟鴨
訓読 百(もも)足(た)らず八十(やそ)隈(くま)坂(さか)に手向(たむ)けせば過ぎにし人にけだし逢はむかも

私訳 百には足りない八十の、その多くの曲がり角や坂で、その地を司る神に祈ったら死に過ぎていった人に、もしや逢えるでしょうか。


土形娘子火葬泊瀬山時、柿本朝臣人麿作歌一首
標訓 土形娘子を泊瀬山に火葬(ほうむ)りし時に、柿本朝臣人麿の作れる歌一首
集歌428 隠口能 泊瀬山之 山際尓 伊佐夜歴雲者 妹鴨有牟
訓読 隠口(こもくり)の泊瀬(はつせ)し山し山し際(ま)にいさよふ雲は妹にかもあらむ

私訳 人の隠れる隠口の泊瀬の山よ、その山際にただよっている雲は貴女なのでしょうか。


溺死出雲娘子葬吉野時、柿本朝臣人麿作歌二首
標訓 溺れ死(みまか)りし出雲娘子を吉野に火葬(ほうむ)りし時に、柿本朝臣人麿の作れる歌二首
集歌429 山際従 出雲兒等者 霧有哉 吉野山 嶺霏微
訓読 山し際(ま)ゆ出雲し子らは霧なれや吉野し山し嶺(みね)にたなびく

私訳 山際から、出雲の貴女は霧なのでしょうか、吉野の山の峰に棚引いている。
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万葉集巻三を鑑賞する  集歌390から集歌409まで

2012年02月25日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻三を鑑賞する



譬喩謌
訓 譬喩謌(たとへうた)

紀皇女御謌一首
標訓 紀皇女(きのひめみこ)の御歌一首
集歌390 軽池之 浦廻徃轉留 鴨尚尓 玉藻乃於丹 獨宿名久二
訓読 軽池(かるいけ)し浦廻(うらみ)行き廻(み)る鴨すらに玉藻の上にひとり宿(ね)なくに

私訳 家の横の軽の池の水面を泳ぎ回る鴨ですら柔らかな藻で出来た褥の上で独りでは夜を過ごさないのに、夫の弓削皇子が亡くなられ私は独り。


造筑紫觀世音寺別當沙弥満誓謌一首
標訓 造筑紫觀世音寺の別當沙弥満誓の謌一首
集歌391 鳥総立 足柄山尓 船木伐 樹尓伐歸都 安多良船材乎
訓読 鳥(とり)総(ふさ)立(た)て足柄山に船木(ふなき)伐(き)り樹(き)に伐(き)り行きつあたら船木(ふなき)を

私訳 鳥総を立てて足柄山で船を作る材木を伐る作業に、樹を伐りに行った。立派な船の材木を(得るために)。


太宰大監大伴宿祢百代梅謌一首
標訓 太宰大監大伴宿祢百代の梅の謌一首
集歌392 烏珠之 其夜乃梅乎 手忘而 不折来家里 思之物乎
訓読 ぬばたましその夜の梅をた忘れて折らず来にけり思ひしものを

私訳 漆黒のその夜の梅の花のことをすっかり忘れて、手折らずに帰って来てしまった。恋焦がれていたのに。


満誓沙弥月謌一首
標訓 満誓沙弥の月の謌一首
集歌393 不所見十方 孰不戀有米 山之末尓 射狭夜歴月乎 外見而思香
訓読 見えずとも誰れ恋ひざらめ山し末(ま)にいさよふ月を外(よそ)し見てしか

私訳 たとえその姿が直接に見えなくても、誰が恋をしないでいられるでしょうか。山際に出かかっている月を想像して、その姿を見るではありませんか。


金明軍謌一首
標訓 金(こむ)明軍(みやうぐん)の謌一首
集歌394 印結而 我定羲之 住吉乃 濱乃小松者 後毛吾松
訓読 標(しめ)結(ゆ)ひて我(わ)が定め期し住吉(すみのえ)の浜の小松は後(のち)も吾(わ)が松

私訳 標しを結んで私のものと決めて誓った住吉の浜にある小松(少女)は、成長した後も私の松(女)です。

注意 原文の「我定義之」の「義之」は、一般に王羲之からのしゃれで「てし」と訓みます。ここでは原文のままに訓んでいます。


笠女郎贈大伴宿祢家持謌三首
標訓 笠女郎の大伴宿祢家持に贈れる謌三首
集歌395 詫馬野尓 生流紫 衣染 未服而 色尓出来
訓読 詫馬野(つくまの)に生(お)ふる紫草(むらさき)衣(きぬ)に染(そ)めいまだ着ずして色に出でにけり

私訳 詫馬野に生えると云う紫草で衣を目も鮮やかに染め上げ、それを未だに着てもいないのに、色鮮やかな衣を着たように、はっきりと人の目についてしまったようです。


集歌396 陸奥之 真野乃草原 雖遠 面影為而 所見云物乎
訓読 陸奥(みちのく)し真野の草原(かやはら)遠けども面影(おもかげ)にして見ゆといふものを

私訳 陸奥にある真野の草原は遠いのですが、それを想像することは出来ると云いますね。


集歌397 奥山之 磐本菅乎 根深目手 結之情 忘不得裳
訓読 奥山し磐(いは)本菅(もとすげ)を根深めて結びし情(こころ)忘れかねつも

私訳 奥山にある磐の根元に生える菅の根が深く張るように、しっかりと貴方と気持ちを深めて契った貴方の情けを忘れることが出来ません。


藤原朝臣八束梅謌二首  八束後名真楯 房前第二子
標訓 藤原朝臣八束(やつか)の梅の謌二首  八束は後に名を真楯(またて) 房前(ふささき)の第二子
集歌398 妹家尓 開有梅之 何時毛々々々 将成時尓 事者将定
訓読 妹し家(へ)に咲きたる梅しいつもいつも成りなむ時に事(こと)は定めむ

私訳 尊敬する貴女の家に咲いた梅(家持)が、何時でもそのときに、人として成長したときに人事を決めましょう。


集歌399 妹家尓 開有花之 梅花 實之成名者 左右将為
訓読 妹し家(へ)に咲きたる花し梅の花実にし成りなばかもかくもせむ

私訳 尊敬する貴女の家に咲いた花の、梅の花(家持)が実として成長したならば、どうにかしましょう。


大伴宿祢駿河麿梅謌一首
標訓 大伴宿祢駿河麿の梅の謌一首
集歌400 梅花 開而落去登 人者雖云 吾標結之 枝将有八方
訓読 梅の花咲きて散りぬと人は云へど吾が標(しめ)結(ゆ)ひし枝(えだ)にあらめやも

私訳 梅の花は咲いて散って逝くと世の人は云いますが、散って逝くのは私が標しを結んだ枝であるはずがありません。


大伴坂上郎女宴親族之日吟謌一首
標訓 大伴坂上郎女の親族(うから)と宴(うたげ)する日に吟(うた)へる謌一首
集歌401 山守之 有家留不知尓 其山尓 標結立而 結之辱為都
訓読 山守(やまもり)しありける知らにその山に標(しめ)結(ゆ)ひ立てて結(ゆ)ひし恥(はぢ)しつ

私訳 山の番人が居るのを知らないで、その山に誓いの標しを結び立てて、密かな誓いを人に示すと云う恥をかきました。

注意 藤原八束の梅の謌二首に、八束が家持の後見をしてくれる意図を見て、その念押し
の歌と解釈しています。


大伴宿祢駿河麿即和謌一首
標訓 大伴宿祢駿河麿の即ち和(こた)へたる謌一首
集歌402 山主者 盖雖有 吾妹子之 将結標乎 人将解八方
訓読 山主(やまもり)はけだしありとも吾妹子(わぎもこ)し結(ゆ)ひけむ標(しめ)を人解(と)かめやも

私訳 山の番人がいるにしても、私の尊敬する貴女が結んだその誓いの標しを、誰か他の人が解くことがあるのですか。


大伴宿祢家持贈同坂上家之大嬢謌一首
標訓 大伴宿祢家持の同じ坂上家の大嬢(おほをとめ)に贈れる謌一首
集歌403 朝尓食尓 欲見 其玉乎 如何為鴨 従手不離有牟
訓読 朝(あさ)に日(け)に見まく欲(ほ)りするその玉を如何(いか)にせばかも手ゆ離(か)れざらむ

私訳 毎朝毎日見たいと深く思う、その玉をどのようにすればこの手から離れずに済むのだろう。


娘子報佐伯宿祢赤麿贈謌一首
標訓 娘子(をとめ)の佐伯宿祢赤麿の贈れるに報(こた)へたる謌一首
集歌404 千磐破 神之社四 無有世伐 春日之野邊 粟種益乎
訓読 ちはやぶる神し社(やしろ)し無かりせば春日(かすが)し野辺(のへ)に粟(あは)蒔かましを

私訳 神の磐戸を押分けて現れた神(天照大神=女神)の社が、もし、無かったら、春日の野辺に粟を蒔く、その言葉のひびきではありませんが、春日の野辺でお逢いするのですが。

注意 原文の「粟種益乎」は、粟蒔く=あはまく=逢はまくの語呂合わせです。また、歌の「神の社」は内妻を意味します。


佐伯宿祢赤麿更贈謌一首
標訓 佐伯宿祢赤麿の更に贈れる謌一首
集歌405 春日野尓 粟種有世伐 待鹿尓 継而行益乎 社師留焉
訓読 春日野に粟(あは)蒔けりせば鹿(しし)待ちに継ぎて行かましを社(やしろ)し留(とど)めし

私訳 春日野に粟を蒔いたならば、鹿を待ち伏せしにたびたびに出て行くのですが、神の社はそのままにしましょう。

別訳 春日野で貴女に逢えるのなら、躊躇しつつもたびたび出かけて行きましょう。その神の社で待っていてください。

注意 原文の「粟種有世伐」は「あはまくありせば」と訓み「逢はまくありせば」、また「待鹿尓」は「ししまちに」と訓み「蹙(しし)まちに=躊躇しつつ」の語呂合わせと思われます。一般に「社師留焉」の「留」は「怨」の誤記とします。歌意は変わります。ここは原文のままです。


娘子復報謌一首
標訓 娘子(をとめ)のまた報(こた)へたる謌一首
集歌406 吾祭 神者不有 大夫尓 認有神曽 好應祀
訓読 吾(あ)が祭(まつ)る神にはあらず大夫(ますらを)に憑(つ)きたる神ぞよく祀(まつ)るべし

私訳 それは私が祭る神ではありません。立派な貴方に憑いた神様(=寄り添った妻)です。大切に祭るべきです。


大伴宿祢駿河麿娉同坂上家之二嬢謌一首
標訓 大伴宿祢駿河麿の同じ坂上家の二嬢(おとをとめ)を娉(よば)へる歌一首
集歌407 春霞 春日里之 殖子水葱 苗有跡云師 柄者指尓家牟
訓読 春霞(はるがすみ)春日(かすが)し里し植(うゑ)子(こ)水葱(なぎ)苗(なへ)なりと云ひし枝(え)はさしにけむ

私訳 今年、春霞が立つ季節に春日に住む私と貴女の幼い次女と婚約しましたが、水葱の苗のようで、供して夫婦事をするにはまだ早いと心配されていましたが、その早苗が枝を伸ばすように貴女の娘は、もう十分に女になりました。


大伴宿祢家持贈同坂上家之大嬢謌一首
標訓 大伴宿祢家持の同じ坂上家の大嬢(おほをとめ)に贈れる謌一首
集歌408 石竹之 其花尓毛我 朝旦 手取持而 不戀日将無
訓読 石竹花(なでしこ)しその花にもが朝(あさ)な朝(さ)な手に取り持ちて恋ひぬ日(ひ)無けむ

私訳 貴女が、ナデシコのその花であってほしい。(共寝の翌朝に)毎朝毎朝、その花(貴女)をこの手に取り持って、恋い慕わない日はありません。


大伴宿祢駿河麿謌一首
標訓 大伴宿祢駿河麿の謌一首
集歌409 一日尓波 千重浪敷尓 雖念 奈何其玉之 手二巻對寸
訓読 一日(ひとひ)には千重(ちへ)浪しきに思へどもなにその玉し手に纏(ま)きついき

私訳 一日の内に千度も浪が折り敷くように繰り返しあの方のことを思うけど、どのように玉のような貴女の手の内に、その御方を受け止めるのですか。

注意 原文の「手二巻對寸」の「對」は「難」の誤記として「手に巻き難き」と訓みます。
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万葉集巻三を鑑賞する  集歌370から集歌389まで

2012年02月23日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻三を鑑賞する



阿倍廣庭卿謌一首
標訓 阿倍廣庭卿の謌一首
集歌370 雨不零 殿雲流夜之 潤濕跡 戀乍居寸 君待香光
訓読 雨降(ふ)らずとの曇(くも)る夜しぬるぬると恋ひつつ居(を)りき君待ちがてり

私訳 雨は降らずどんより曇った夜がなまあたたかいように、身も心も濡らして恋い慕っています。貴方をお待ちしながら。

注意 ここでは、技巧の歌として原文の「潤濕跡(ぬるぬると)」に「微温(ぬる)微温し」と「濡(ぬ)る濡るし」との意味を取りました。


出雲守門部王思京謌一首  後賜大原真人氏也
標訓 出雲守門部王の京(みやこ)を思(しの)へる謌一首  後に大原真人の氏(うぢ)を賜へり
集歌371 飫海乃 河原之乳鳥 汝鳴者 吾佐保河乃 所念國
訓読 飫宇(おう)し海(み)の河原(かはら)し千鳥汝(な)が鳴けば吾(あ)が佐保(さほ)川(かは)の念(おも)ほゆらくに

私訳 飫海にある河原に居る千鳥よ。お前が啼けば私の故郷の佐保川が思い出される。


山部宿祢赤人登春日野作謌一首并短謌
標訓 山部宿祢赤人の春日野に登りて作れる謌一首并せて短謌
集歌372 春日乎 春日山乃 高座之 御笠乃山尓 朝不離 雲居多奈引 容鳥能 間無數鳴 雲居奈須 心射左欲比 其鳥乃 片戀耳二 晝者毛 日之盡 夜者毛 夜之盡 立而居而 念曽吾為流 不相兒故荷

訓読 春し日を 春日(かすが)し山の 高座(たかくら)し 御笠の山に 朝さらず 雲居(くもゐ)たなびき 貌鳥(かほとり)の 間(ま)無くしば鳴く 雲居(くもゐ)なす 心いさよひ その鳥の 片恋のみに 昼はも 日しことごと 夜はも 夜しことごと 立ちて居(ゐ)て 念(おも)ひそ吾がする 逢はぬ児故(ゆへ)に

私訳 春の日に春日の山にある高御座(たかみくら)に御笠をかざすように三笠の山に、朝には必ず雲が棚引き、たくさんの郭公(カッコウ)が絶え間なく啼く。山に着いて棚引く雲のように、気持ちはいさよい、その「カツコヒ」と啼く鳥のように片恋に、昼は一日中、夜は一晩中、立っていても座っていても、物思いをする、私は。逢うことの出来ないあの子のために。(或いは、見ることが出来ない郭公のために)


反謌
集歌373 高按之 三笠乃山尓 鳴之 止者継流 哭為鴨
訓読 高按(たかくら)し三笠の山に鳴(さえづ)りし止(や)めば継がるる哭(な)き為(し)つるかも

私訳 高御座(たかみくら)の備わる三笠の山に鳥のさえずりが止むと、それを継ぐように祈っても逢えないことで恨んで泣けてしまうでしょう。


石上乙麿朝臣謌一首
標訓 石上(いそのかみの)乙麿(おとまろ)朝臣の謌一首
集歌374 雨零者 将盖跡念有 笠乃山 人尓莫令盖 霑者漬跡裳
訓読 雨降(ふ)らば蓋(き)むと思へる笠の山(やま)人にな蓋(き)せそ濡れは漬(ひ)つとも

私訳 雨が降ると身に着けよう思えるような雨笠の名を持つ笠の山。他の人は苫屋に泊めないで濡れそぼったとしても。


湯原王芳野作謌一首
標訓 湯原王の芳野に作れる謌一首
集歌375 吉野尓有 夏實之河乃 川余杼尓 鴨曽鳴成 山影尓之弖
訓読 吉野なる夏實(なつみ)し川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山蔭(やまかげ)にして

私訳 吉野にある夏實の川の、その川の淀で鴨が鳴いているようだ。山を陰にしていて。


湯原王宴席謌二首
標訓 湯原王の宴席(うたげ)の謌二首
集歌376 秋津羽之 袖振妹乎 珠匣 奥尓念乎 見賜吾君
訓読 秋津羽(あきつは)し袖振る妹を珠匣(たまくしげ)奥(おく)に念(おも)ふを見たまへ吾(あ)が君

私訳 蜻蛉(とんぼ)の羽のような薄く透き通った袖を振る愛しいあの人を、玉を宝箱の奥に置くように密やかに慕うその人を、御覧なさい、私の尊敬する貴方。


集歌377 青山之 嶺乃白雲 朝尓食尓 恒見杼毛 目頬四吾君
訓読 青山し嶺(みね)の白雲朝(あさ)に日(け)に常に見れども愛(め)づらし吾(あ)が君

私訳 彼方の青く見える山並みの嶺に懸かる白雲は、毎朝毎日、何時も眺めますが美しい。そのように常にお目にかかっても尊敬いたします。私の貴方。


山部宿祢赤人詠故太上大臣藤原家之山池謌一首
標訓 山部宿祢赤人の故(なき)太上大臣(おほきおほまえつきみ)藤原家(ふじわらのいへ)の山池(しまいけ)を詠める謌一首
集歌378 昔者之 舊堤者 年深 池之瀲尓 水草生家里
訓読 昔(むかし)はし古(ふる)き堤は年(とし)深(ふか)み池し渚(なぎさ)に水草(みくさ)生(お)ひにけり

私訳 昔からのこの古い堤は、長い年月を経ている。池の渚に水草が生えています。


大伴坂上郎女祭神謌一首并短謌
標訓 大伴坂上郎女の神を祭る謌一首并せて短謌
集歌379 久堅之 天原従 生来 神之命 奥山乃 賢木之枝尓 白香付 木綿取付而 齊戸乎 忌穿居 竹玉乎 繁尓貫垂 十六自物 膝析伏 手弱女之 押日取懸 如此谷裳 吾者折奈牟 君尓不相可聞

訓読 ひさかたし 天つ原より 生(あ)れ来(き)たる 神し命(みこと) 奥山の 賢木(さかき)し枝に 白香(しらか)付け 木綿(ゆふ)取り付けて 斎瓮(いはひへ)を 斎(いは)ひ掘り据ゑ 竹玉(たかたま)を 繁(しじ)に貫(ぬ)き垂(た)れ 鹿猪(しし)じもし 膝析(さ)き伏して 手弱女(たわやめ)し 襲(おすひ)取り懸(か)け かくだにも 吾(あ)は折(を)りなむ 君に逢はじかも

私訳 遥か彼方の天の原から生まれ来たる神の命、人の手の触れぬ清浄な奥山の賢木の枝に白香を付けて木綿で出来た幣を取り付け、神を斎ふ清浄な甕を呪術して堀り据えて、竹玉を沢山に紐に貫き通して垂らし、供え物の鹿や猪のように膝を折り開いて地に伏し、手弱女らしく祝祭の上着を打ち掛けて、このように私はひれ伏しましょう。祖の神である貴方に逢えるでしょうか。

注意 長歌原文の「膝析伏」と「吾者折奈牟」において、一般には「析」は「折」、「折」は「祈」の誤字としますが、原文の表記の漢字に従うと神事での祈りの姿勢を示します。ここでは原文のままに訓んでいます。


反謌
集歌380 木綿疊 手取持而 如此谷母 吾波乞甞 君尓不相鴨
訓読 木綿(ゆふ)畳(たたみ)手に取り持ちてかくだにも吾は祈(こ)ひなむ君に逢はじかも

私訳 木綿の幣をたたみ手に取り持って、このように私はお祈りしましょう。祖の神である貴方に逢えるでしょうか。

右歌者、以天平五年冬十一月供祭大伴氏神之時、聊作此歌。故曰祭神歌
注訓 右の歌は、天平五年冬十一月を以ちて、大伴の氏(うぢ)の神を供へ祭る時に、聊(いささ)か此の歌を作れり。故(かれ)、曰はく「神を祭る歌」といへり。


筑紫娘子贈行旅謌一首  娘子字曰兒嶋
標訓 筑紫の娘子(をとめ)の旅を行くに贈れる謌一首  娘子(をとめ)の字を曰はく「兒嶋」といへり
集歌381 思家登 情進莫 風候 好為而伊麻世 荒其路
訓読 家(いへ)思(も)ふと情(こころ)進むな風(かざ)守(まも)り好(よ)くしていませ荒(あら)しその路

私訳 故郷の家を恋しいと心を急かさないで、風向きを良く確かめて無事に帰り行きなさい。危険ですよ、その道程は。


筑波岳丹比真人國人作謌一首并短謌
標訓 筑波の岳に登りて丹比真人國人の作れる歌一首并せて短歌
集歌382 鷄之鳴 東國尓 高山者 佐波尓雖有 明神之 貴山乃 儕立乃 見果石山跡 神代従 人之言嗣 國見為 筑羽乃山矣 冬木成 時敷跡 不見而徃者 益而戀石見 雪消為 山道尚矣 名積叙吾来前一

訓読 鶏(とり)し鳴く 東(あずま)し国に 高山(たかやま)は 多(さは)にあれども 明(あき)つ神し 貴(たふと)き山の 朋(とも)立ちの 見かほし磐山と 神代(かみよ)より 人し言(こと)継ぎ 国見する 筑波の山を 冬木なし 時しきと 見ずて行かば まして恋しみ 雪消(ゆきげ)なす 山道すらを なづみぞ吾が来めつ

私訳 高市皇子の挽歌の「鶏が鳴く吾妻」の東の国に、天智天皇の「高山」のような高き山は、数多くあるけれど、持統天皇の「吉野宮の御幸」で詠う神に相応しい、明つ神の貴い歌の山々の、その並び立つ姿のいつも眺めたい磐山と、神代の昔から人々が言い伝えて、舒明天皇の「国見」の歌から大伴旅人の「筑波」の歌までの歌々を、額田王の「春秋競の歌」で詠う冬籠るように、天武天皇の「三芳野」の歌の「時無く間無い」ように、今は時勢が悪いと返り見なくなってしまったら、きっと、人麻呂の「戀しい石見」のように後にそれらの歌々が恋しくなる。時勢の風向きが変わり大和歌への障害が雪解けし、その雪解けの山道を苦労して登るように、貴い歌の山々にどうにか私は登ってきた。


注意 歌隠しのもじり歌として鑑賞しています。巻十六集歌3791の竹取翁の歌と同じ部類の歌としています。原文の「明神之」の「明」は「朋」、「筑羽乃山矣」の「筑」は「築」、「名積叙吾来前一」の「前一」は「煎」の誤記とします。この場合、歌意は変わります。


反謌
集歌383 築羽根矣 卌耳見乍 有金手 雪消乃道矣 名積来有鴨
訓読 筑波嶺(つくばね)を外(よそ)のみ見つつありかねて雪消(ゆきげ)の道をなづみ来るかも

私訳 筑波の嶺の歌を、私には関係ないとそのままにしておくことが出来なくて、雪解けの山道を苦労して登るように貴い歌の山にどうにか私はたどり着くでしょう。

注意 原文の「卌耳見乍」の「卌」は「四十」ですので「ヨ+ソ」と訓みます。


山部宿祢赤人謌一首
標訓 山部宿祢赤人の謌一首
集歌384 吾屋戸尓 韓藍蘓生之 雖干 不懲而亦毛 将蒔登曽念
訓読 吾が屋戸(やと)に韓藍蘓(からあそ)生(お)ほし枯れぬれど懲(こ)りずてまたも蒔かむとぞ思(も)ふ

私訳 私の家の韓藍を、雑草を刈り取り育て、そして、枯れてしまったが、それに懲りずにまた種を蒔いて育てようと思う。


仙柘枝謌三首
標訓 仙(やまひと)柘枝(つみのえ)の謌三首
集歌385 霰零 吉美我高嶺乎 險跡 草取可奈和 妹手乎取
訓読 霰降り吉美(よしみ)が岳(たけ)を険(さが)しみと草(かや)取りかなわ妹し手を取る

私訳 霰が降りその吉美が岳は険しいからと草を刈ることが出来ないが、代わりに貴女の手を抱き取った。

右一首或云、吉野人味稲与柘枝媛謌也。但、見柘枝傳無有此謌
注訓 右の一首は或は云はく「吉野の人味稲(うましね)の柘枝媛(つみのえひめ)に与へし謌なり」といへる。但し、柘枝傳(つみのえでん)を見るに、此の謌有ることなし。


集歌386 此暮 柘之左枝乃 流来者 楔者不打而 不取香聞将有
訓読 この暮(ゆふべ)柘(つみ)しさ枝の流れ来(こ)ば梁(やな)は打たずて取らずかもあらむ

私訳 この夕暮れに柘の小枝が流れ来たら、川に梁を作らないでいて、その小枝を取らないでいるでしょうか。

右一首
注訓 右は一首


集歌387 古尓 楔打人乃 無有世伐 此間毛有益 柘之枝羽裳
訓読 古(いにしへ)に梁(やな)打つ人の無かりせば此処(ここ)もあらまし柘(つみ)し枝(えだ)はも

私訳 昔に川に梁を作る人も居なかったら、今でもここにあるでしょう、柘の枝は。

右一首、若宮年魚麿作
注訓 右の一首は、若宮年魚麿(あゆまろ)の作れり


羈旅謌一首并短謌
標訓 羈旅(たび)の謌一首并せて短謌
集歌388 海若者 霊寸物香 淡路嶋 中尓立置而 白浪乎 伊与尓廻之 座待月 開乃門従者 暮去者 塩乎令満 明去者 塩乎令于 塩左為能 浪乎恐美 淡路嶋 礒隠居而 何時鴨 此夜乃将明跡 待従尓 寐乃不勝宿者 瀧上乃 淺野之雉 開去歳 立動良之 率兒等 安倍而榜出牟 尓波母之頭氣師

訓読 海若(わたつみ)は 霊(くす)しきものか 淡路島 中に立て置きて 白波を 伊予(いよ)に廻(めぐ)らし 座待月(ゐまちつき) 明石し門(と)ゆは 夕されば 潮を満たしめ 明けされば 潮を干(ひ)しむ 潮騒(しほさゐ)の 波を恐(かしこ)み 淡路島 礒(いそ)隠(かく)り居(ゐ)て いつしかも この夜の明けむと 待つよりに 眠(い)の寝(ね)かてねば 瀧(たき)し上(へ)の 浅野(あさの)し雉(きぎし) 明けぬとし 立ち騒くらし いざ児ども あへて榜(こ)ぎ出む 庭も静けし

私訳 海を掌る神は神秘なものなのでしょうか。淡路島を中に立てておいて、沖立つ白波を遥か伊予の国までに立ち廻らし、十八夜の居待つ明るい月のその明石の海峡は、夕暮れになると潮を満たし、朝明けがやってくると潮を引く。その潮の満ち干騒ぐその荒浪を敬って、淡路島の磯に船を避難し泊まって、いつの間にかに、この夜は明けるでしょうと待っていると、夜に寝ることも出来ずにいると、海に注ぐ急流の辺りの草のまばらな野に雉が朝が明けると啼き立ち騒ぐようだ。さあ、皆の者、思い切って船を操り出そう。水面は静かだ。

注意 原文の「待従尓」の「待」は、一般に「侍」の誤記とします。ここでは原文のままです。


反謌
集歌389 嶋傳 敏馬乃埼乎 許藝廻者 日本戀久 鶴左波尓鳴
訓読 島伝ひ敏馬(みぬめ)の崎を漕ぎ廻(み)れば日本(やまと)恋しく鶴(たづ)さはに鳴く

私訳 島伝いに敏馬の崎を船を操り回航して来ると、大和の国が恋しいと鶴が盛んに鳴く。

右謌、若宮年魚麿誦之。但未審作者
注訓 右の謌は、若宮年魚麿の之を誦(うた)ふ。但し、未だ作る者は審(つばび)らかならず。
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万葉集巻三を鑑賞する  集歌350から集歌369まで

2012年02月20日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻三を鑑賞する


集歌350 黙然居而 賢良為者 飲酒而 酔泣為尓 尚不如来
訓読 黙然(もだ)居(を)りて賢(さか)しらするは酒飲みて酔ひ泣きするになほ若(し)かずけり

私訳 ただ沈黙して賢ぶっているよりは、酒を飲んで酔い泣きすることにどうして及びましょう。


沙弥満誓謌一首
標訓 沙弥満誓の謌一首
集歌351 世間乎 何物尓将譬 且開 榜去師船之 跡無如
訓読 世間(よのなか)を何に譬(たと)へむ且(そ)は開(ひら)き榜(こ)ぎ去(い)にし船し跡なきごとし

私訳 この世を何に譬えましょう。それは、(実際に船は航海をしても)帆を開き帆走して去っていった船の跡が残らないのと同じようなものです。

注意 原文の「且開」の「且」は、一般に「旦」の誤記として「旦開」とし「朝開き」と訓みます。歌意は大幅に変わります。


若湯座王謌一首
標訓 若湯座(わかゆゐの)王(おほきみ)の謌一首
集歌352 葦邊波 鶴之哭鳴而 湖風 寒吹良武 津乎能埼羽毛
訓読 葦辺(あしへ)には鶴(たづ)し哭(ね)鳴きて湖風(みなとかぜ)寒く吹くらむ津乎(つを)の崎はも

私訳 葦の生える岸辺には鶴が悲しく鳴いて、湾を渡る風は寒く吹いているでしょう。津乎の崎よ。


釋通觀謌一首
標訓 釋(しゃく)通觀(つうかん)の謌一首
集歌353 見吉野之 高城乃山尓 白雲者 行憚而 棚引所見
訓読 み吉野し高城(たかき)の山に白雲は行きはばかりてたなびけり見ゆ

私訳 見渡す美しい吉野の高城の山に白雲は過ぎ行くことが出来なくて、棚引いているのが見える。


日置少老謌一首
標訓 日置少老(へきのをおゆ)の謌一首
集歌354 縄乃浦尓 塩焼火氣 夕去者 行過不得而 山尓棚引
訓読 縄(なは)の浦に塩焼く火気(ほのけ)夕されば行き過ぎかねて山にたなびく

私訳 縄の浦で塩を焼くその煙は、夕方になると流れ行くことなく山に棚引く。


生石村主真人謌一首
標訓 生石(おふしの)村主(すぐり)真人(まひと)の謌一首
集歌355 大汝 小彦名乃 将座 志都乃石室者 幾代将經
訓読 大汝(おほなむち)少彦名(すくなひこな)のいましけむ志都(しつ)の石屋(いはや)は幾代(いくよ)経にけむ

私訳 大汝や小彦名の神がいらしたでしょう志都の石室は、どれだけの世代を過ぎたのでしょう。


上古麿謌一首
標訓 上(かみの)古麿(こまろ)の謌一首
集歌356 今日可聞 明日香河乃 夕不離 川津鳴瀬之 清有良武
訓読 今日(けふ)もかも明日香し川の夕(ゆふ)さらずかはづ鳴く瀬し清(さや)けくあるらむ

私訳 今日もまた、明日香にある川では夕べになるとカジカ蛙が鳴く。瀬の流れが清らかだからなのでしょう。

或本歌發句云 明日香川今毛可毛等奈
或る本の歌の發句(はつく)に云はく
訓読 明日香川今もかもとな
私訳 明日香川、今も、もしかして、


山部宿祢赤人謌六首
標訓 山部宿祢赤人の謌六首
集歌357 縄浦従 背向尓所見 奥嶋 榜廻舟者 釣為良下
訓読 縄浦(なはうら)ゆ背向(そがひ)に見ゆる沖つ島漕ぎ廻(み)る舟は釣りしすらしも

私訳 縄浦から反対方向に見える沖の島、その島の周りを漕ぎ廻る舟は釣りをしているようだ。

注意 縄浦は、兵庫県相生市那波町の海岸一帯と思われる


集歌358 武庫浦乎 榜轉小舟 粟嶋矣 背尓見乍 乏小舟
訓読 武庫(むこ)し浦を漕ぎ廻(み)る小舟(をふね)粟島(あわしま)を背向(そがひ)に見つつ乏(とぼ)しき小舟

私訳 武庫の浦を漕ぎ伝ってくる小舟。淡路島を背に見ながら漕ぎ疲れ果てている小舟よ。

注意 武庫の浦は、兵庫県尼崎市から西宮市の海岸一帯と思われる


集歌359 阿倍乃嶋 宇乃住石尓 依浪 間無比来 日本師所念
訓読 阿倍(あべ)の島鵜の住む磯に寄する浪間(ま)無くこのころ日本(やまと)し念(おも)ほゆ

私訳 阿倍の嶋の鵜の住む磯に寄せ来る浪が絶え間が無いように、このころ絶え間なく大和の京を恋しく思います。

注意 阿倍の嶋は、兵庫県加古川市阿閉津の海岸一帯と思われる


集歌360 塩干去者 玉藻苅蔵 家妹之 濱裹乞者 何矣示
訓読 潮干(しほひ)なば玉藻刈りつめ家(へ)し妹し浜(はま)づと乞(こ)はば何を示さむ

私訳 潮が引いたら美しい藻を刈り取りましょう。家で待つ妻が浜の土産は何でしょうと乞い求めたら、何を見せましょうか。


集歌361 秋風乃 寒朝開乎 佐農能岡 将超公尓 衣借益矣
訓読 秋風の寒き朝明(あさけ)を佐農(さぬ)の岡越ゆらむ君に衣(きぬ)貸さましを

私訳 秋風の寒い朝明けの中を佐農の岡を越えて行こうとするあの御方に衣を貸してあげましたものを。


集歌362 美沙居 石轉尓生 名乗藻乃 名者告志五余 親者知友
訓読 みさご居(ゐ)る磯廻(いそみ)に生(お)ふる名告藻(なのりそ)の名は告(の)らしそ親は知るとも

私訳 美しい砂浜のミサゴが居る磯を取り囲んで生える名告藻の名前のように名を告げてください。二人の関係を貴女の親が知ったとしても。

注意 西本願寺本の「告志五余」は、戯訓として「三(みさ)・五(ご)、十五から五を余らすと十(そ)になる」としています。つまり、この歌は「名告藻」の言葉に応じた遊びの歌です。なお、一般には「五」は「弖」の誤記として「告志弖余」と表記し「告らしてよ」と訓みます。


或本謌曰
標訓 或る本の謌に曰く、
集歌363 美沙居 荒礒尓生 名乗藻乃 告名者告世 父母者知友
訓読 みさご居(ゐ)る荒磯(ありそ)に生(お)ふる名告藻(なのりそ)の告(つ)ぐ名は告(の)らせ父母(おや)は知るとも

私訳 美しい砂浜のミサゴが居る荒磯に生える名告藻のように私に告げるはずの貴女の名を告げてください。二人の関係を貴女の親が知ったとしても。

注意 原文の「告名者」の「告」を、一般には「吉」の誤字として「吉名者」とし「吉(よ)し名は」と訓みます。ただし、同音異義の「名告藻」と「莫告藻」との言葉遊びの歌意は無くなります。


笠朝臣金村塩津山作謌二首
標訓 笠朝臣金村の塩津山にて作れる謌二首
集歌364 大夫之 弓上振起 射都流矢乎 後将見人者 語継金
訓読 大夫(ますらを)し弓上(ゆづゑ)振り起(こ)し射つる矢を後(のち)見む人は語り継ぐがね

私訳 塩津山の峠で立派な大夫が弓末を振り起こして射った矢を、後にそれを見る人はきっと語り継いでしょう。


集歌365 塩津山 打越去者 我乗有 馬曽爪突 家戀良霜
訓読 塩津山(しほつやま)打ち越え行けば我が乗れる馬ぞ爪(つま)づく家恋ふらしも

私訳 塩津山を越えて行こうとすると、私が乗る馬がつまずく。家に残す人が私を慕っているようです。


角鹿津乗船時笠朝臣金村作謌一首并短謌
標訓 角鹿(つぬか)の津(みなと)で船に乗れる時に、笠朝臣金村の作れる謌一首并せて短謌
集歌366 越海之 角鹿乃濱従 大舟尓 真梶貫下 勇魚取 海路尓出而 阿倍寸管 我榜行者 大夫乃 手結我浦尓 海未通女 塩焼炎 草枕 客之有者 獨為而 見知師無美 綿津海乃 手二巻四而有 珠手次 懸而之努櫃 日本嶋根乎

訓読 越海(こしうみ)し 角鹿(つぬが)の浜ゆ 大船に 真梶(まかぢ)貫(ぬ)き下(さ)し 鯨魚(いさな)取り 海道(うみぢ)に出でて 喘(あへ)きつつ 我が榜ぎ行けば 大夫(ますらを)の 手結(てゆひ)が浦に 海(あま)未通女(をとめ) 塩焼く炎(ほむら) 草枕 旅にしあれば ひとりして 見る験(しるし)なみ 海神(わたつみ)の 手に纏(ま)かしたる 玉(たま)襷(たすき) 懸(か)けてし偲(しの)ひつ 大和島根を

私訳 越の海の角鹿の浜辺から、大船に立派な梶を挿し下ろして鯨を取るという海原に海路を取り出航して、喘ぎながら船を操って行くと、立派な大夫が手に結ぶと云う、手結の浜辺で漁師の娘女達が塩水を煮て塩を焼く炎の中に、草を枕にするような苦しい旅の途中であるので、娘女の手結から独りで見ても思いはどうしようもない。海の神が授けて漁師の娘女の手に巻かせている玉、その玉の襷を懸け下げて思い出しましょう。大和の島のような山並みを。


反謌
集歌367 越海乃 手結之浦矣 客為而 見者乏見 日本思櫃
訓読 越海(こしうみ)の手結(たゆひ)し浦を旅にして見れば乏(とも)しみ日本(やまと)思(しの)ひつ

私訳 越の海にある手結の浜辺を旅の途中で見ると気持ちがおろそかになり、大和の風景を思い出します。


石上大夫謌一首
標訓 石上大夫の謌一首
集歌368 大船二 真梶繁貫 大王之 御命恐 礒廻為鴨
訓読 大船に真梶(まかぢ)繁(しじ)貫(ぬ)き大王(おほきみ)し御言(みこと)恐(かしこ)み磯廻(いそみ)するかも

私訳 大船に立派な梶を貫き降ろして、大王のご命令を恭みて浪の恐ろしい磯の周りを航海することです。

右今案、石上朝臣乙麿任越前國守 盖此大夫歟
注訓 右は今案(かむが)ふるに、石上朝臣乙麿の越前國守に任けらる。盖し此の大夫か。


和謌一首
標訓 和(こた)ふる謌一首
集歌369 物部乃 臣之壮士者 大王 任乃随意 聞跡云物曽
訓読 物部(もののふ)の臣(おみ)し壮士(をとこ)は大王(おほきみ)し任(ま)けのまにまに聞くといふものぞ

私訳 大楯を立てる物部一族の大王に仕える男子とは、大王が任じるままに従うと云うものです。

右作者未審。但、笠朝臣金村之謌中出也
注訓 右は作る者は未だ審(つばび)らかならず。但し、笠朝臣金村の謌の中(うち)に出(い)ず。
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万葉集巻三を鑑賞する  集歌330から集歌349まで

2012年02月18日 | 万葉集 旧読解
万葉集巻三を鑑賞する


集歌330 藤浪之 花者盛尓 成来 平城京乎 御念八君
訓読 葛浪(ふぢなみ)し花は盛りになりにけり平城(なら)し京(みやこ)を念(おも)ほすや君

表訳 藤の花波よ、その花は今が盛りです。そこから花の盛りのような京を思い浮かべるでしょう。ねえ、貴方達。

私訳 今は藤原の花が盛りの季節です。そのような藤原が盛りな京を相応しいと想うでしょうか。貴方達は。


帥大伴卿謌五首
標訓 帥大伴卿の謌五首
集歌331 吾盛 復将變八方 殆 寧樂京乎 不見歟将成
訓読 吾が盛りまた変若(をち)めやもほとほとに寧樂(なら)し京(みやこ)を見ずかなりなむ

私訳 私の人生の盛りが再び帰り咲くことがあるでしょうか。ほとんどもう奈良の京を見ることはないでしょう。


集歌332 吾命毛 常有奴可 昔見之 象小河乎 行見為
訓読 吾(おの)が命(よ)も常にあらぬか昔見し象(ころ)し小河を行きて見むため

私訳 私の寿命も長くあるだろうか。昔、御幸に同行して見た吉野の小路の小川をまた行って見たいために。

注意 原文の「象小河乎」の「象」は、一般には「きさ」と訓みます。


集歌333 淺茅原 曲曲二 物念者 故郷之 所念可聞
訓読 浅茅(あさぢ)原(はら)つばらつばらにもの思(も)へば古(ふ)りにし里し念(おも)ほゆるかも

私訳 浅茅の原をつくづく見て物思いをすると、故郷の明日香の里が想い出すだろう


集歌334 萱草 吾紐二付 香具山乃 故去之里乎 不忘之為
訓読 萱草(わすれくさ)吾が紐に付く香具山の古(ふ)りにし里を忘れむがため

私訳 美しさに物思いを忘れると云うその忘れ草を私は紐に付けよう。懐かしい香具山の古りにし里を忘れるために。

注意 原文の「不忘之為」は、意味不明として一般には「忘之為」に改訂します。ここでは原文のままです。


集歌335 吾行者 久者不有 夢乃和太 湍者不成而 淵有毛
訓読 吾が行きは久にはあらじ射目(いめ)のわた湍(せ)にはならずて淵にあらぬかも

私訳 私のこの世の寿命は長くはないであろう。御狩りで射目を立てた思い出の吉野下市の川の曲りは、急流の瀬に変わることなく穏やか淵であってほしい。

注意 集歌332の歌で「象小河」を秋津の小路川としている関係で、「夢乃和太」を「射目のわた」と訓み、下市町新住としています。


沙弥満誓詠綿謌一首  造筑紫觀音寺別當俗姓笠朝臣麿也
標訓 沙弥満誓の綿を詠ふ謌一首  造筑紫觀音寺の別当、俗姓は笠朝臣麿(かさのあそみまろ)なり。
集歌336 白縫 筑紫乃綿者 身箸而 未者妓袮杼 暖所見
訓読 しらぬひし筑紫の綿(わた)は身に付けていまだは着ねど暖(あたた)かに見ゆ

私訳 不知火の地名を持つ筑紫の名産の白く縫った「夢のわた」のような言葉の筑紫の綿(わた)の衣は、僧侶になったばかりで仏法の修行の段階は端の、箸のように痩せた私は未だに身に着けていませんが、女性のように暖かく見えます。

注意 原文の「未者妓袮杼」の「妓」は、一般に「伎」の誤字とします。ここでは歌意から原文のままとしています。この「妓」の用字は集歌337の歌に影響を与えています。


山上憶良臣罷宴謌一首
標訓 山上憶良臣の宴(うたげ)を罷(まか)るの謌一首
集歌337 憶良等者 今者将罷 子将哭 其彼母毛 吾乎将待曽
訓読 憶良らは今は罷(まか)らむ子哭(な)くらむそのかの母も吾を待つらむぞ

私訳 私たち憶良一行は、今はもう御暇しましょう。子が私を待って恨めしげに泣いているでしょう。その子の母も私を待っているでしょうから。


大宰帥大伴卿讃酒謌十三首
標訓 大宰帥大伴卿の酒を讃(たた)へる歌十三首
集歌338 験無 物乎不念者 一坏乃 濁酒乎 可飲有良師
訓読 験(しるし)なき物を念(おも)はずは一杯(ひとつき)の濁れる酒を飲むべくあるらし

私訳 考えてもせん無いことを物思いせずに一杯の濁り酒を飲むほうが良いのらしい。


集歌339 酒名乎 聖跡負師 古昔 大聖之 言乃宜左
訓読 酒し名を聖(ひじり)と負(お)ほせし古(いにしへ)し大き聖(ひじり)し言(こと)の宣(よろ)しさ

私訳 酒の名を聖と名付けた昔の大聖の言葉の良さよ。


集歌340 古之 七賢 人等毛 欲為物者 酒西有良師
訓読 古(いにしへ)し七(なな)し賢(さか)しき人たちも欲(ほ)りせしものは酒にしあるらし

私訳 昔の七人の賢人たちも欲しいと思ったのは酒であるらしい。


集歌341 賢跡 物言従者 酒飲而 酔哭為師 益有良之
訓読 賢(さか)しみと物言ふよりは酒飲みて酔ひ泣きするしまさりたるらし

私訳 賢ぶってあれこれと物事を語るよりは、酒を飲んで酔い泣きするほうが良いらしい。


集歌342 将言為便 将為便不知 極 貴物者 酒西有良之
訓読 言(い)はむすべ為(せ)むすべ知らず極(きは)まりて貴(たふと)きものは酒にしあるらし

私訳 語ることや事を行うことの方法を知らず、出所進退が窮まると、そんな私に貴いものは酒らしい。


集歌343 中々尓 人跡不有者 酒壷二 成而師鴨 酒二染甞
訓読 なかなかに人とあらずは酒壷(さかつぼ)になりにてしかも酒に染(し)みなむ

私訳 中途半端に人として生きていくより、酒壷になりたかったものを。酒に身を染めてみよう。


集歌344 痛醜 賢良乎為跡 酒不飲 人乎熟見 猿二鴨似
訓読 あな醜(みにく)賢(さか)しらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似む

私訳 なんと醜い。賢ぶって酒を飲まない人をよく見るとまるで猿に似ている。


集歌345 價無 寳跡言十方 一坏乃 濁酒尓 豈益目八
訓読 価(あたひ)なき宝といふとも一杯(ひとつき)の濁れる酒にあにまさめや

私訳 価格を付けようもない貴い宝といっても、一杯の濁った酒にどうして勝るでしょう。


集歌346 夜光 玉跡言十方 酒飲而 情乎遣尓 豈若目八方
訓読 夜光る玉といふとも酒飲みて情(ここら)を遣(や)るにあに若(し)かめやも

私訳 夜に光ると云う玉といっても、酒を飲んで心の憂さを払い遣るのにどうして及びましょう。


集歌347 世間之 遊道尓 冷者 酔泣為尓 可有良師
訓読 世間(よのなか)し遊(みや)びし道に冷(つめ)たきは酔ひ泣きするにあるべくあるらし

私訳 世間で流行る漢詩の道に冷たいことは、酒に酔って泣いていることであるらしい。

注意 原文の「冷者」の「冷」は、一般に「怜」に改訂されています。ここでは原文のままとします。


集歌348 今代尓之 樂有者 来生者 蟲尓鳥尓毛 吾羽成奈武
訓読 この世にし楽しくあらば来(こ)む世には虫に鳥にも吾はなりなむ

私訳 この世が楽しく過ごせるのなら、来世では虫でも鳥でも私はなってもよい。


集歌349 生者 遂毛死 物尓有者 今生在間者 樂乎有名
訓読 生(い)ける者遂にも死ぬるものにあればこの世なる間(ま)は楽しくをあらな

私訳 生きている者は最後には死ぬものであるならば、この世に居る間は楽しくこそあってほしい。
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