日本酒造界はまた大きな人材を失った。秋田県横手市で『天の戸』を造る浅舞酒造の柿崎秀衛社長が、1月8日ガンで逝った。享年56歳、まだこれからという年齢で、新しい日本酒の発展に無限の可能性を残す人材であった。
『天の戸』は近時人気を高め、全国新酒鑑評会でも金賞を数多く獲得、純米酒普及推進委員会の開催する「純米酒フェスティバル」にも出品を続けて、純米酒の品質向上、普及推進に多大な貢献を果たしてくれた蔵である。数年前から全量純米酒生産に切り替え、しかも、蔵の周囲半径5キロ以内で生産される米だけで造るというユニークな地域密着蔵、酒質の多様化も含めて今後の成長が大いに期待されている蔵である。
惜しい人材を失ったが、故人の業績を高く評価してそのご冥福を祈るほかない。
柿崎氏の業績をしのぶ貴重な酒を飲む機会に恵まれた。氏の没後すぐに蔵から出され『行雲流水』と名付けられた酒である。ラベルの右肩に「2013年1月8日没 柿崎秀衛(享年56歳)」と書かれてある。氏を忍んで瓶詰された特別の酒に違いない。酒名も故人の生き方を示すものなのであろう。
実にどっしりとした味わいの酒である。同時ににまろやかさに富み、すっきりした透明感もあった。近時はやりのカプロン酸系の香りなどない。むしろ栗とか木の実など果実性の香りがするようでもあった。表示を見ると「原料 米、米麹、秋田県産米100%使用、精米歩合55%」とだけある。浅舞酒造らしい純米酒である。
飲んだ仲間と、「この重量感と透明感、まろやかさが共存するのは何か?」というのが話題になった。そしてそれは、今年の新酒と、同じ酒の古酒(おそらく10年ぐらいの古酒)のブレンドではないか?、ということになった。新酒の重量感と古酒のまろやかさが共存しているのではないかということだ。
そして、そのブレンドを行ったのは同蔵の杜氏森谷康市氏に相違なく、生前の柿崎氏と追い求めていた酒質の一つの表現ではないかということになった。因みに森谷氏は柿崎氏と同級・同窓生であり、幼馴染の縁で杜氏に誘い込まれた仲である。生前の柿崎氏を知り尽くした森谷杜氏ならではの酒といえる。