先月の25日は二日間の『ラ・ボエーム』公演を打ち上げた日…、あれからもう1か月経ったのかと思うと早い。そして、いまだに顔を合わせる人から「素晴らしいオペラだった!」と好評の言葉をかけられる。フェイスブックなどを見ても、出演者たちの周辺でも話題になっているようだ。
オペラには必ず名場面があるが、『ラ・ボエーム』も事欠かない。中でも観衆を泣かせる「ミミが息を引き取る場面」はその最たるものの一つであろう。先日も娘とO氏がビデオの編集をしながら、「やはりこのような場面になると歌手も最高の顔をするんだなあ」と話し合ってるのを聞いた。
第1幕で、初めて出会ったミミとロドルフォが暗闇の中で失くした鍵を探す場面がある。ミミを帰したくないロドルフォは鍵を見つけるがそれをポケットにしまい見つからないふりをする。しかし暗闇の中でもミミはそれに気づいていた。
4幕で死を間近に迎えたミミは、ロドルフォの胸に抱かれてその鍵の場面にふれる。、「愛しいあなた 今だから言うわ あなたは すぐに見つけたくせに…」と。それに対しロドルフォは、
「僕は運命の手助けをしたのさ」
と歌い上げる。何て素敵な言葉、男らしい顔だち…、また、それを聞くミミのおだやかな表情…。
24日のロドルフォ(寺田宗永)とミミ(高橋絵里)
25日のロドルフォ(青地英幸)とミミ(稲盛慈恵)
1幕の写真も1枚掲げておこう。お互いの紹介を終えて二人は恋に陥ちる。ロドルフォは、「麗しき貴女よ 貴女とともに僕は夢を見続けたい」と呼びかけ二人は歌う。
「愛よ あなたの命ずるままに」
「甘美な心に魂が震える」……
昨日は娘のオペラ公演慰労を兼ねて、親子で国立劇場の歌舞伎を観てきた。公演の名称は、「昭和26年 国立劇場歌舞伎俳優研修修了生・既成者研修発表会 第20回稚魚の会・歌舞伎会合同公演」という長い名前である。
聞けばこの人たちは、いわゆる大歌舞伎の血統派の人々ではなく、真に歌舞伎が好きでこの道に入った人たちであるが、血統派でないだけに決して大歌舞伎で主役を演じることはないという。その人たちが年に1回、晴れて主役を演じて研修の成果を発表すのがこの催しであるそうな。会場からは演技の度に「○○屋!」などの声がかかっていたが、それだけに彼らのひたむきな演技を応援する人も多いのだろう。
私が昨日見る契機となった中村梅乃さんも、中学生の時から「どうしてもやりたい」とこの道に入ったと聞いたが、舞台(菅原伝授手習鑑)では「松王丸女房千代」と「御台園生の前」という大役を演じ、その立ち居振る舞い、女形としての美しさ、声の張りともども見事な演技であった。
『菅原伝授手習鑑』は、ご存じ、大宰府に流された菅原道真の息子菅秀才を、敵方藤原時平の手兵から守ろうとする物語。最後はわが子を身代りにして菅秀才を守るのであるが、その身代わりの子の親が敵方に仕える松王丸であったことに観衆は驚き涙する。いわゆる忠義のためにわが子をも供する、子もまた親の意を悟り孝行に徹する…という日本人の中に長く流れる忠孝精神の物語である。
この物語の「車引」、「賀の祝」、「寺子屋」三幕を見事に演じた歌舞伎会・稚魚の会の人たちに拍手を送る。大歌舞伎では脇役しか演じえないこの人たちにもっと出番をつくることはできないのだろうか? 料金は大歌舞伎1万5千円前後、昨日は3千5百円、実に5分の一だ。この値段の公演が広まれば、歌舞伎はもっともっと普及するのではないか。
すでに書いてきたように、娘の制作したオペラ『ラ・ボエーム』は成功裡に終わった。みんな喜んでくれたようでホッとしている。
しかしこれも書いてきたように、その準備過程の想像を絶する苦労も見てきた。中でも大道具・小道具の手作りや、舞台づくりのためのモノ集めには驚いた。
観劇してくれた方には見ての通り、貧しいボヘミヤンたちが住むパリ場末の屋根裏の部屋は、塵あくたの山である。よくもこんなに汚い舞台が作れたものだと思ったほどだ。そしてその中には、はわが家から持ち出したものが多い。
娘に「お父さん捨てる本ない?」と言われて、予てから処分を考えて捨てきれなかった30冊ばかりを渡した。それら酒の本、旅の本、経済学書などは、あるいは本箱に並べられ、あるいは束ねられて舞台に転がっていた。哲学者が最初に現れるとき、「今日も売れなかった」と下げて帰るのもその本だし、ミミが死ぬ前に寝る座椅子を支える本束もそれだ。
ミミの死ぬ前といえば、彼女に掛けられた毛布は10年か15年か前まで私が使っていたものだ。娘はその毛布を、舞台の雰囲気に合うように絵具などで汚しながら、「こんな汚い毛布を着せられてミミはかわいそう…」と涙を流していた。
舞台の左下隅(下の写真)を見てほしい。そこにあるゴジラやアンギラス(?)のおもちゃは40数年前に私が子供に買ってあげたものだ。どこから見つけ出したのか、ボヘミアンたちがジャレるおもちゃになっていた。
左下隅拡大図
そしてこれら舞台装置のすべては、終了後2トントラックに乗せられて夢の島に運ばれ、お金を払って捨てられた。オペラの翌日、出演者のO氏と舞台監督の二人が、炎天下でその作業をしているのを見て涙が出た。
オペラ『ラ・ボエーム』公演は二日目も10枚程度の当日券を残すだけで、ほぼ満席の観客を得て成功の裡に終わった。ウィークデーの昼間公演(午後3時開演)でほぼ満席となったのは、「岩田演出の魅力」によるところが大きかったのであろう。
後片付けと打ち上げを終えて夜半、娘は「死ぬかと思った」と疲れ果てて帰ってきた。しかしその眼差しには「何とか成功した」という安どの色も浮かんでいた。
アンケートを始め多くの感想が寄せられたが、その多くは「これまでの『ボエーム』と全く違った感動を得た」というものだった。『ラ・ボエーム』は最もポピュラーなオペラの一つと言っていいだろう。観客の多くは、これまで何度も見てきたに違いない。ところが今回、全く違う『ボエーム』を観たのだ。
それが「岩田ボエーム」であったのだろう。一般のオペラにはオーケストラが付く。当然オケピットが構えられ、それが舞台と観客を隔絶する。観客は、自分とは別の世界として舞台の演劇を距離を置いてみる。
今回のボエームはオケも合唱隊もない。歌手たちは舞台のそでからだけでなく客室の通路からも現れ、舞台の下でも演技し歌う。観客は歌手たちの声を耳元で聞き、汗の匂いをかぎ、時には唾を浴びる。物語の中にそのまま身を置く。
客席はわずか230でオケピットもないが、それを逆手に取って臨場感あふれる小劇場演劇的オペラを実現したのだ。加えて、登場人物の人間表現に力を入れる岩田演出に、力量のある歌手たちがそれに応え、自ら感動しながら歌い上げた結果が、観客を惹きつけてやまなかったのであろう。
ロドルフォ役の寺田宗永氏は自分のフェイスブックに次のように書いている。
「学生の時から聞きなれた一幕のミミのアリアは、初めて、こんなに深い、深いドラマがあり、心を打つんだ!と思った」
出演者自体が新たなオペラに感動しながら演じていたのだ。観客がそれに惹きつけられたのは当然のことであったであろう。
娘が心血を注いできたオペラ『ラ・ボエーム』の初日を終えた。通し稽古やゲネプロなどを見て、素晴らしいものに出来上がる予感を抱きながらも、それだけに実演が気になってきた。しかし結果は、想像を超える好評を得て初日を終えた。
まず会場が満席になったことだ。当日券は5枚を残すのみであったが、これも完売。一人の方に「満席です。ゴメンナサイ」とお帰り願った。そして私の関係者全員が絶賛してくれた。
岩田演出の素晴らしさ、スマートな柴田真郁(マイク)氏の指揮と語り、ミミを演じた高橋絵理さんはじめ歌唱力の高い歌手たち、そして脇役や裏方さんたちが献身的に舞台全体を支え、見事な小劇場演劇的オペラを実現してくれた。
オーケストラもない、合唱隊もいない。しかしピアノと語りと歌唱力だけで、はるかに臨場感あふれるオペラを見せてくれた。観客の中には「これほど質の高いオペラで、5千円は安すぎる」と言ってくれた人もいた。
娘の、「質の高いオペラを安く提供して、オペラを広めたい」という夢が、一歩前進したのではないかと思った。まだ終わっていない。今日最終日の成功をひたすら祈る。
渥美半島の彼方からオペラ公演のオファーがあるなどうれしい便りが続くミャゴラトーリに、予てから申請中のNPO法人申請の認証が下りた。娘が膨大な資料を抱えて何度も東京都へ足を運んできたが、ようやくその労が認められたようだ。
舛添東京都知事のハンコがつかれた認証書(認証番号「26生都地特第604号」平成26年7月14日付)を手にして、娘は安堵の表情で喜んでいた。
これで一応公認のNPO法人組織として活動できるのでそれなりのハクもつくが、反面義務も伴う。認証書には早速、法に従った運営をするように、つまり総会は年1回以上開くこと、役員変更などは届け出ろ、会計は会計原則に従え…等々と書き並べられている。
その中で最初にやらなければならないのは「特定非営利活動法人」の法人登記だ。これはそれなりに厄介だ。法務局の杉並出張所に出向いてややこしい書類を整えて登記しなければならない。しかも認証書を受け取った日から2週間以内に登記しなければならないので、期限は今月の29日だ。
ところが娘は『ラ・ボエーム』公演(24、25日)の準備に寝るヒマもなくとり組んでいる。公演明けとなると、26、27は土・日で法務局は休み。28、29日の二日しかなく不安だ。結局この仕事は私が引き受けることになった。
かくいう私も19、20日は志賀高原などに遊びに行くのであまり余裕はない。しかし、まあ、何とかなるだろう。嬉しい悲鳴として受け取ることにしよう。
昨日のこの項で、『ラ・ボエーム』公演に取り組む人たちの涙ぐましい努力に触れた。そして、この努力はいつか大輪の花を咲かすだろうと書いた。大輪の花とまではいかないかもしれないが、いくつか朗報が届いている。一つは渥美半島のある小学校からオペラ公演のオファーが届いたことだ。
ミャゴラトーリは、昨年12月、愛知県田原市の中山小学校で『愛の妙薬』を公演した。講堂に集まった全校生徒229人と父兄にはすこぶる好評で、生徒たちが書いてくれた感想文は感動に満ちていた。
この話が隣の小学校に伝わったらしく、「子供たちがそんなに感動する催しならぜひうちの学校でも」ということになったらしい。予算の関係もあり二つの小学校の共催で、来年6月「渥美文化ホール」で公演してほしいというオファーだ。
娘はこのメールを受けて飛び上がって喜んでいた。「子供たちに感動を与えることができれば、必ずオペラは広まる」というのが娘の夢だが、それは意外に早い速度で広がりつつあるのかもしれない。
もう一つは、京王電鉄会社の広報部が、同社が聖蹟桜ヶ丘に持つホールでの年中行事に、ミャゴラトーリのオペラを組み込んでくれる話が進んでいることだ。京王電鉄としては沿線地域住民に喜んでもらえる催しを提供したい、その催しに同じ沿線に根拠を持つ「ミャゴラトーリ」が応えることができるとすれば、地域の文化おこしとしても冥利に尽きる。
特に子供たちにオペラの喜びを根付かせることができるとすれば娘の本望だ。このようにして日本各地で小さい花を咲かせ続けていけば、それこそ何時の日か大輪の花が咲くだろう。
娘の制作するオペラ『ラ・ボエーム』の公演が10日後に迫った。鬼才岩田達宗氏の演出も最後の追い込みに入ったようであるが、道具つくりなど裏方の準備も毎日おおわらわだ。
何せ金のない連中が金食い虫と言われるオペラを公演しようというのだから、衣裳から大道具・小道具までほとんど手作りだ。古い毛布を引っ張り出したり、祖父のマントを見つけ出したりして衣類をそろえる。我が家の音楽室と駐車場は道具つくりの仕事場となっている。
椅子やテーブル類も喫茶店などから借り集めているようだが、合わせると相当の量になる。毎日の練習場にそれを運ぶにはトラックがいる。トラック代に金をかけないため、名古屋の知人が貸してくれる2トン車を名古屋まで借りに行った。
毎日その2トン車に道具類を積んで練習場に出かける。しかもそれを運転するのは出演歌手のO氏だ。氏は大型二種の運転免許を持ち、しかも手先も器用なので道具つくりの先頭に立つ。使用するローソクから燭台、楽器の類まで彼が作った。しかも名古屋から2トン車を運転してきて、毎日自分たちの作った道具類を運んで、着いた練習場で厳しい岩田演出を受けながら歌っているようだ。
涙が出るような話だ。しかし、真の芸術の制作なんてこんなことかもしれない。いつかきっと大輪の花を咲かせるに違いない。
娘がオペラ『ラ・ボエーム』の公演に取り組んでいる。今度は従来と違って、オペラ界の鬼才と言われる岩田達宗氏の演出を得て、“小劇場演劇的オペラ”ともいうべき新しいジャンルを生み出すのだと意気込んでいる。
そして、毎日岩田氏のもとで練習に励む歌手たちの演技を観て、「泣けて泣けて仕方がない。(主人公の)ミミが可哀そうで…」と言いながら帰ってくる。私は、「観客が泣くならまだしも、演技をしているお前たちが泣いていたんじゃあ仕方ないではないか」と言うのだが、演技をつける練習で泣かされるほど岩田氏の演出は違うというのだ。
娘は、『ラ・ボエーム』について音大時代から数限りなく接しているはずだ。その同じボエームが演出する人で全然違う。岩田氏は、一人一人の登場人物について、その生い立ちを含めて自分なりの人間像を描きあげており、その人物たちに物語を構成させる。出演者が“その人物”に成れるまで、語りかけ演技をつけていくという。
物語の筋も登場人物の名前も全て同一だが、生まれた『ラ・ボエーム』は全く違うというのだ。『椿姫』を見ても『蝶々夫人』を見ても、娘は「主人公が可哀そうだ」と言っていつも泣いていた。しかし今度の「練習時からの涙」はちょっと質が違うようだ。7月24、25日の公演(「会場は座・高円寺」 )を楽しみにしている。
交響曲にしても、カラヤンだ、小澤征爾だと言って指揮者を選んで聞きに行く。映画でも黒沢だ、小津だ、山田洋次だとなる。サッカーにしても野球にしても、ルールも使用球も同じなのに監督により別物のチームが生まれる。高校野球など監督によって天と地の差が出てくる。
演劇も演出の力によるのだろう。演出家の知識、経験、生き様、哲学というようなものが、同じ題材を全く別のものに創り上げていくのだろう。
山田洋次監督の映画「小さいおうち」を観た。大変な感動に襲われた。
時代背景は第二次世界大戦であり、戦争場面など一つもないが、戦争の非情理さを描いてこれ以上の反戦映画はないと思った。また、この映画が追及しているものは、そのような一時代的なものではなくて、もっと普遍的な、人間の愛と悲しさ…特に「悲しさの本質」であろうと思う。
山田洋次ヒューマニズムの集大成の一つかもしれない。
感想とか批評とかを書く対象を超えている。もちろん、書けもしないが。