蕎麦やら、酒やら、料理やら・・・ピアノやら・・・それにしても、ドーナンダ?たむらん

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たまに思いつくあれこれと・・・趣味も

早 3月半ば

2013年03月17日 17時58分25秒 | Weblog

先週は、月一の広島への帰宅、そして、10日は52回目の誕生日でした。
だからブログ更新をサボったということでもないのですが、ダラダラしてしまい、
気がつけば、早くも3月半ば、、、三寒四温とはよく言うたもので、鳥取でもすっかり春を感じます。


2年前、誕生日翌日の出来事から、この時期は何かしら特別な感が切り離せない。
震災直後、1年後、そして今年と、時間とともにさまざまな問題や課題が浮き彫りとなり、
前後1週間ほど、テレビ・新聞等々で特番やら特集が組まれた。
被災された人がテレビに映され、当時の惨状や今の情況を見るにつけ、涙を誘われ、
それとともに、復興への公的取り組みの遅々として進まないことに憤りや歯がゆさを覚えたり、、、。

特に「原発」への対応には、立場や関わり方で真逆の意見や対応となっている。
私個人は、「脱原発」を目指すべきと考えているが、その前提を横に置いてニュートラルに見ても
電力会社や政府や関係する推進派の方々の意見ややり方には、説得力を感じない。
一方で、「反原発」派の人たちの言動や行動をつぶさに見ている訳でもないが、
果たして原発抜きで日本(の電力事情や産業・生活)をどのように変えていくのかの考えや具体性も読み取れない。
それらは単に、私の情報収集不足、能力不足にも起因していると思われるが、
日常生活を送る中で、普通の人が自然と実感や理解していける取組み展開をしていかなければ、支持は広がらない。
「安全神話」が完全に崩壊したにも関わらず、小手先の手法を変えて茶を濁し大きな方向性を変えない、というのは
政治家も含め学習能力が欠如しとるんじゃないか、とも言える。
ただ、人間って、たとえば命を落としそうな経験をせんと、なかなか変わらないものだとも思うと、
震災や原発事故を直接体験してない日本人には届かないものかも知れないなと、、哀しい哉思う。
想像力の限界か、欠如か、情報発信の不足なのか、はたまた、プロパガンダの奏功なのか、、分からんが。
でも、ひとつ言えることは、原発をほとんど止めてても電力不足や停電にはならんかったという事実、
もちろん、火力発電再開やら節電努力があったとは思うが、では、これ以上の節電は限界だというのか、
鳥取は元々夜の暗い街ではあるが、大都会はどうなんだ、えっ? (とお怒りモード)
バブル期は今よりももっと煌々としていたのかもしれんが、「24時間眠らない街:東京」などと自慢げに言うんじゃない。
夜は電気消して寝ろ、深夜はテレビ放送を休止しろ、そしてカップルはせっせと励め、、
原宿の街路樹の電気はLEDに交換したから消費電力を減らしている? アホか? 元々そこに電球は必要ないんじゃ。
電気の明るさは経済的豊かさを、それこそ目の当たりに誰にでもすぐ実感できるものではある、が、
現実がここに及んで、「どうだ、豊かだゼィ」などと目力を込めて構えてるとしたら、将来を含め現実を踏まえないただのアホじゃ。
こうした主張をすると、必ず呈される「生活利便の低下を招くじゃないか」というような極論にはつきあいきれないが、
断言しよう、そんなこたぁ命あることに比べたらたいしたことはない。


そうしたことへの対応といった大それた考えを持ってのことでもないが、我が家に太陽電池パネルを設置した。
巷間言われている、買取価格値下げを控えた駆け込み、と言われてもしょうがない対応である。
    小さな家ゆえ、屋根面積も狭く、谷合いに位置していることから、平地のように
日の出とともに陽光が当たらない、どっちかって言うと、設置環境はベストではないが、
電力会社に全面依存しない、多少でも自力で対応しようとしている、という気分を買う意味合いが強いかもしれない。
また、発電余剰は買取りしてもらえるとのことで、ハード・ソフトともに社会システムは出来上がってると言える。
設置すると、使う電気量にシビアになるとのことを仄聞していたが、、 このモニターに
刻々と数字で表示されるので、不用な電気は消す、晴天を祈る気持ちが湧く、といった意識の変化があるかもしれない。
我が細君は、設置翌日、ほぼ1日中、モニターの数字の変化を見ていたらしい、、
ただひとつすっきりしないのは、発電して自己消費して余った電気は電力会社が買取りしてくれるのだが、
買取りするための財源は、電気使用者全員が支払う電気代に遍く上乗せされているということ。
こうしたことに無関心、どうでもええと思っている人に対して、気持ちは向かないが、
マンション・アパートといった集合住宅に住んでて設置したくてもできない、戸建でも建てつけや立地状況から設置できない、
といった人たちの負担の上に、我が家の売電収入があるということに割り切れなさも感じるのである。

 

ねこまる様:気候風土地形などなど、人間形成に多少なりとも何らか影響を与えるものなのでしょうかね。
       地元民の性格をどう表してよいのやら、、ニュートラルに見て、変な奴が多いかもしれませんです、
       独特というか、何というか、鳥取人は。

ちゃちゃじい様:自然の光景や古くからの構築物には、「お見事」と言えるものがありますね。
       ただ、 をいただけるようなものが、これ以上にあるか、と言えばもうネタ切れのような気がします。
       少し遠出をすれば、何かありそうな気もしますが。

ちょい悪さま:あの山の向こう側は兵庫県、道路整備のおかげで大阪まで2時間半で行ける、関西には近いです。
       が、私めは、関西に目が向かず、偶然も重なり広島方面とその周辺での人生を送ってきたのでした。
       そして、出会い、分かれ、悲喜こもごもの人生・・・・といったところです。
       お散歩、急ぐこたぁないでしょうから、ごゆるりと。
     
       

コメント (3)
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