読書日和

お気に入りの小説やマンガをご紹介。
好きな小説は青春もの。
日々のできごとやフォトギャラリーなどもお届けします。

「僕の明日を照らして」瀬尾まいこ

2018-04-05 23:41:51 | 小説


今回ご紹介するのは「僕の明日を照らして」(著:瀬尾まいこ)です。

-----内容-----
やさしいことと、やさしくすることは、違う。
優ちゃんは、ときどきキレて、僕を殴る。
でも僕は優ちゃんを失いたくないんだ。
隼太の闘いの日々が始まる。
これは、隼太の目覚めと成長の物語。
思わず応援したくなる。
切なさに胸がいっぱいになる。
2年ぶり、新境地を開く最高傑作。

-----感想-----
語り手は中学二年生の神田隼太で、隼太は二年に進級すると同時に上村隼太から神田隼太になりました。
スナックローズを経営する母のなぎさに女手一つで育てられてきましたが、なぎさが神田歯科を経営する優ちゃんと再婚し、スナックローズの息子兼神田歯科の息子になりました。

隼太が優ちゃんに殴られたところから物語が始まります。
優ちゃんは暴行が終わると酷く後悔して謝ります。
落ち込む優ちゃんを隼太は次のように語ります。
そんなに落ち込むなら、キレなきゃいい。謝るぐらいならしなきゃいい。最初はそう思った。どうしてこの人は同じ失敗を繰り返すのだろう。大人なのになぜ解決しようとしないのだろう。そう疑問だった。でも、どうしようもないのだ。どうにもできないのだ。優ちゃんは時々、何かにとりつかれたように僕に襲い掛かる。
これはどう見ても虐待だと思います。
そして毎回後悔するのが分かっていても感情の暴走を押さえられずに暴力を振るうのが印象的です。
夫が妻に暴力を振るうDV(ドメスティック・バイオレンス、家庭内暴力)で、暴力を振るって後悔して「ごめん」と謝るのにまた暴力を振るうのを繰り返す人と重なります。
明らかに治療が必要な精神状態だと思います。

優ちゃんが「俺、もうこの家で生活できない。この家にいちゃいけない」と言い、暴力を振るっていることをなぎさに打ち明けると言います。
しかし隼太は優ちゃんを庇い、なぎさには言わないでくれと言います。
隼太は暴力よりも一人で過ごす夜のほうが怖いと感じています。
隼太が物心付いた時からなぎさは夜も働きに出ていて、なぎさが戻る朝方までたった一人で夜が終わるのを待っていました。
優ちゃんが来るまでそんな夜を何年も過ごしていて、隼太には優ちゃんが必要です。
隼太と優ちゃんはまずい組み合わせで、これでは暴力がエスカレートしてもなかなか他の人には知られないと思います。

隼太は小学校の時から毎日学校帰りにスナックローズに寄って一日にあったことを話しています。
「かなり面倒くさいけど、小学校のときからの慣わしだし、そうすることでお母さんが安心するのだから仕方ない。」とありました。
また自身達が反抗期真っ盛りの年齢なことについて次のように語っていました。
時々お母さんにイライラする。放っておいてくれと言いたくもなる。だけど、反抗したってどうしようもない。結局、面倒なことになるだけだ。百害あって一利なし。
面倒なことになるよりは素直に毎日寄ったほうが良いと考えていて、隼太は物事を無駄か無駄ではないかで見ていて、無駄と見たことを排除する考え方をしている気がします。

隼太と優ちゃんはスナックローズが休みの日曜日以外は虐待に関わる本を読むようになります。
優ちゃんは子供の頃父親によく殴られていました。
虐待されて育った人が自身の子を虐待するようになるのはよくあることで、優ちゃんも父親に虐待されたことが隼太への虐待に影響しているような気がします。

優ちゃんは計画が崩れることが嫌いです。
お風呂に入りなよと言ったのを隼太が断ったらキレて殴り倒していました。
思い通りにならない子を暴力で支配しようとしているように見えます。

6月の終わり、ホームルームで校内陸上記録会の選手決めをしますが、市田と西野という男子だけ決まらずにいます。
残っている種目は3000m走と1500m走だけです。
何も意見を言わずにいる二人に隼太は二人が走るしかないと言い、難色を示す二人を押し切って市田を1500m、西野を3000m走にします。
するとホームルーム後に関下(せきした)という女子が話しかけてきて、隼太は一人で決めてしまうと言って去っていきます。
これは何も意見を言わず最後に残った種目にも難色を示す市田と西野に問題があるのですが、市田の場合は明らかに長距離が適性外のため、既に種目が決まっている人の中で長距離が得意な人と交換してあげたほうが良かったのかも知れないです。

靖子は離婚してサトルという子供がいますが月に一度しか会えないです。
そのため隼太に「月に一回しか実の子どもに会えないって、私って不幸な女なのよね」「あ~、サトルに会いたい会いたい。ちょっと、隼太、慰めなさいよね」と言ったりすることがよくあります。
隼太はこれを「昔は強い人だって思っていたけど、中学生になった僕は、それが本当のつらさに勝手に入ってこられないようにする予防線なんだってわかってしまっている。」と語っていました。
これは勘が良いなと思いました。
コンプレックスに感じていることをからかわれる前に先に言うのもこの予防線に当てはまります。
私は辛くなることを少なくし自身を生きやすくするのは大事なことだと思います。

隼太と優ちゃんは一日何をしたかや優ちゃんがキレたのかどうかを毎日「虐待日記」に書いています。
隼太は毎日記録しておけばどんな時に優ちゃんがキレるのかが分かるかも知れないと考えています。

隼太が「”It”と呼ばれた子」を読んでいると優ちゃんがお茶を持って部屋にやってきて、何を読んでいるか興味を持ちます。
「”It”と呼ばれた子」は児童虐待の話で、デイヴ・ぺルザーという人が母親から恐ろしい暴力を受けます。
優ちゃんはそれを知ると「俺への当てつけで読んでるんだろう」と激怒して殴ります。
実際には親友のタナケン(田辺健一)に勧められて読んでいる小説です。
しかし優ちゃんの目には虐待の影響で読んでいると見えています。
注目は、その目に映った「虐待の影響で読んでいる」を受け止めることができていないことだと思います。
これは自身が否定されるのを物凄く恐れているのだと思います。
子供時代に父親に否定され続け、もう二度と否定されたくないという思いが、隼太を暴力で支配する行為につながっているような気がします。

殴り倒されたことで隼太は唇の横が切れ目の上も腫れ、初めて見た目にはっきり分かる外傷が残ってしまいます。
優ちゃんは隼太をこれ以上傷つけるわけにはいかない、なぎさに打ち明けると言いますが隼太は駄目だと言います。
隼太はなぎさを誤魔化すため知らない人と喧嘩をしたことにします。
私は優ちゃんの言うとおりなぎさに話したほうが良いと思いました。
そして優ちゃんと隼太が話す時は優ちゃんが突然キレないか気になりながら読んでいきました。

夏休みになり隼太が所属している陸上部も三年生が引退となる夏期大会が行われます。
隼太と同じ高跳びをしている三年生の斉藤という人が部員達の前で自身は譲るから隼太が出るように勧めてきます。
斉藤は記録があまり良くなく、自信がないため隼太に譲ることで良い先輩を気取る魂胆だということを隼太は見抜きます。
納得がいかない隼太は下駄箱から斉藤のスパイクシューズを持ち出し防火水槽に投げ捨ててしまいます。

すると翌日全校集会が開かれこの事件が明るみになり、心当たりのある人は名乗り出るように言われます。
そんな大事になるとは思っていなかった隼太が慌てて担任の岩村という女性教師に名乗り出ると、岩村が印象的なことを言います。
「あなたがこんなことをするのは、不幸な人間だからよ。いくら高跳びが跳べたって、不幸なのよ。本当に幸せな人は決して人を傷つけないわ。人の弱さがわからない人間が、一番弱い人間なのよ」
「人の弱さがわからない人間が、一番弱い人間なのよ」が特に印象的で、市田と西野に長距離を走らせるのを押し切ったことや、斉藤に情けない奴と腹を立てスパイクシューズを捨てたことから見て、当てはまる言葉だと思います。

優ちゃんが、隼太がこんなことをするのは俺のせいだと言います。
これは私もそう思います。

隼太は夏期大会を自粛し大会後の夏休みの部活にも参加せずに過ごします。
8月最初の金曜日、優ちゃんが一緒に実家に行かないかと言います。

実家に向かう車の中で優ちゃんが優しさについて「優しくするぐらいなら、俺にだって簡単にできるけど、優しくなるのは俺には相当難しい」と言います。
表面上優しくすることはできても心根まで優しくなるのは難しいようです。

実家に着くと優ちゃんの父、母が熱烈に歓迎してくれます。
その姿を見て隼太は祖父も祖母も優ちゃんのトラウマなどではないのではと思います。
ただ二人の期待が優ちゃんを苦しめていた気はします。
寝る時に優ちゃんが「隼太はいろんなことに愛想つかすのがちょっと早いからさ。もうちょっと、待ってみなくちゃ」と言います。

夏休みもラスト一週間になって隼太は部活に参加することにします。
二学期になりクラスで学級委員決めが行われます。
男子はタナケンで決まりかと思ったら上杉という子が僕もやってみたいと言いすぐには決まらなくなります。
本木という隼太と仲の良い子がタナケンに決めて話を打ち切ってくれと隼太に振り、他の子達も隼太を見ます。
隼太はクラスで自身がそういった面倒な状況を切り上げる役割になっていたのを悟ります。
しかし隼太は今までの強引に押し切るのとは違う、上杉を立てるやり方で学級委員をタナケンに譲ってもらうようにします。
すると関下が今日の隼太は格好良かったと言います。

山守(やまもり)という女子のiPodが紛失する事件が起き、先輩のスパイクシューズを持ち出して捨てていたことから隼太が疑われます。
タナケンが隼太を心配してくれ、話しているうちに隼太はタナケンが天真爛漫で陽気なだけでなくクラスを盛り上げるためにかなり気を遣っていることに気づきます。

スナックローズに寄ると靖子が今一緒に暮らしている男が頻繁に暴力を振るうことについて三人で話しています。
その男を優しいところもあると言う靖子になぎさが「どこが優しいのよ。優しい人間は人を傷つけないの」と言い、これは担任の岩村や優ちゃんが言っていた言葉に重なると思います。

スナックローズからの帰り道、靖子が途中まで送ってくれ、話しているうちに隼太が暴力を振るわれているのに気づいていることが明らかになります。
隼太は虐待がバレないように常に気をつけていたのでこれはよく気づいたと思います。
自身も虐待されているため勘が良いのだと思います。

優ちゃんは隼太がスパイクシューズを捨てた日からキレずにいます。
そんな優ちゃんを隼太は「必死で自分をコントロールしてるだけだ。感情が形になる前に押し込めてつぶしてしまっている。これは解決でも回復でもない。ただの自戒で我慢だ。」と語っていましたが、怒りをコントロールできるようになっているのは大きいと思います。

タナケンがみんなの前でiPodを盗ったのは隼太ではないと言ってくれ、iPodを山守のもとに戻す起死回生の策に打って出ます。
タナケンは隼太のために何とかしようとしてくれていて、その姿を見て隼太は心を打たれます。

優ちゃんの気持ちを穏やかにするのに良さそうなカルシウム豊富な料理に興味を持った隼太のために、関下がひじきの煮物や切り干し大根の作り方をノートに書いて渡してくれます。
隼太はなぎさに頼んで自身と優ちゃんの二人で夕飯を作ることにします。
ただしなぎさが寂しそうなのが印象的でした。

関下が料理の買い物についてきてくれます。
常に隼太に話しかけていて、好きなのだと思いました。
そして10月末、隼太は関下と恋人になります。
冬になると夜が多くなることについて話していて、隼太は関下の「夜が多いとゆっくり過ごせる時間が長くなって得な気がする」という考えを聞き、そうなのかも知れないと思います。
これまでとは夜への考えが変わってきたのが分かりました。

優ちゃんが生真面目な優ちゃんらしからぬ適当な料理を作ります。
優ちゃんの気持ちもこれまでのような重荷が取れてきているのが分かりました。
しかし隼太は慎重に優ちゃんはまだ治っているわけではないと見ます。

隼太はスナックローズで貰った一万円もするゴディバのチョコを優ちゃんと一緒に食べようとします。
しかし優ちゃんは「いいよ」と素っ気なく断ります。
ところがチョコを食べたい気持ちで浮かれていた隼太はしつこく何度も「食べようよ」と言います。
ついに優ちゃんが「隼太、しつこいよ」と言い暴力を振るう時の雰囲気になります。
絶望的な状況の中で隼太が印象的なことを思います。
心配しなくたって、僕はちゃんと弱い。僕はちゃんと優ちゃんの救いを必要としている。無理に手のひらの中に入れようとしなくたって、優ちゃんの助けを求めているんだよ。強引に僕を腕の中に従える必要なんか何もないんだ。
これこそ優ちゃんの暴力に潜む思いの正体だと思います。
優ちゃんは自身を否定されたり必要とされなくなることを何より恐れていて、わずかでもその気配を感じれば暴力で押さえつけようとします。
隼太がこれに気づき、その弱さを認め寄り添ったことで暴力がなくなることが予感されました。

冬休みになります。
隼太は靖子と一緒に関下へのクリスマスプレゼントを買いに行きます。
靖子は「隼太はセンスもいいし、優しいやつだ」と言います。
関下も隼太は優しいと言います。
作中に何度も登場した「優しさ」を隼太が心根として身に付けたことが分かりました。


優ちゃんの暴力と向き合う日々の中で隼太は大きく飛躍していきました。
相手の弱さを認められるようになりました。
強引に押し切るのをやめ、相手を立てたり弱さに寄り添ったりすることができるようになりました。
この心があればいずれ仲良く暮らす家族を形作っていけるのではと思います。


※図書レビュー館(レビュー記事の作家ごとの一覧)を見る方はこちらをどうぞ。

※図書ランキングはこちらをどうぞ。

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「大きな熊が来る前に、おや... | トップ | 「鵬藤高校天文部 君が見つけ... »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ビオラ)
2018-04-08 01:41:07
今晩は~。

虐待の問題や事件が近年多くニュースで取り上げられたりしていますが、とても深刻な事だと思います。
子供や老人、大人でも弱いタイプの人等、
弱者へ向けての事なので、一刻も早く、周囲の人が気づいて助けてあげられると良いのですが。
このストーリーでは、そう言った体験等から、色々な学びもあり、する方もされる方も、良い方向に性質が改善されて行くような、明るい光がさす結末なのでしょうか~。

深刻な題材だけに、あまり重くならないように仕上がっていればと思います~。
返信する
ビオラさんへ (はまかぜ)
2018-04-08 14:14:39
こんにちは。
虐待はとても深刻なことだと思います。
表面にも見える傷などで周囲の人が気づいたらすぐに助けてあげてほしいです。

物語の虐待は良い方向に改善されていきました。
最後はやはりな展開がありましたが、いずれ楽しく暮らせる家族になるのではと思います。
文章もあまり重くはなかったので良かったです。
返信する

コメントを投稿