ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

熊倉正修著 「日本のマクロ経済政策」

2021年06月13日 | 書評
東京都 池上本門寺 「前田利家室松の墓」

熊倉正修 著 「日本のマクロ経済政策」 

岩波新書(2019年6月)(その5)

第2章 通貨政策2-投資ファンド化が進む外国為替資金特別会計

1) 外国為替資金特別会計の仕組み
為替介入を通じてドルなどの外貨を購入し、外貨は外国の銀行預金や債券で運用されてきた。2018年末には日本の公的外貨準備残高は約128兆円に達した。円安の為替レートを安定させるために大量の外貨を抱えることは非効率でかつリスクが高い。石油の備蓄の様に多ければ安心というわけではない。欧米の先進諸国は少額の外貨準備しか保有しない。中国を筆頭として日本、韓国は多額の外貨準備を保有しているのは、適切な管理がなされていないからである。目的のはっきりしない外貨を大量に保有していると、これを海外投資に通用しようという戦略的な目的が出てくる。より深刻な問題として、日本の外貨準備を管理する「外国為替資金特別会計」では、一般会計に資金を融通するために使われるようになった。外為特会が巨額の外貨を抱えていることは日本政府の財政再建意欲を後退させる効果を持つ。これはきわめて好ましくない状況にある。日本の会計は13ある特別会計を持ち、外為特会は「政府の行う外為等の売買を行うため外為資金を置いて、その運営に関する経理を明確にする」ことが目的である。外為等の売買とは専ら為替介入の事である。外為特会では2014年度会計規則の改正が行われた。それ以前の外為特会の経理の仕組みを説明する。すべての経理は円建てで、また簿価原則に基づいて経理が行われるため、年度内の為替レートや資産の市場価格が変化しても年度末の損益計算書には反映されない。これらの事は2014年度以降も同じである。
まず第1に、本年度初めの外為特会のバランスシートで、左欄は資産、右欄は負債と純資産である。外国為替資金証券(為券)という短期債券FBを売って円資金を調達し、円を売って得た外貨を運用するという業務のため、バランスシートの資産(左欄)の多くは外貨建ての資産、負債と純資産(右欄)の主たる項目は過去に発行した為券の残高である。簿価会計なので外貨資産は時価の残高ではなく購入時の価格である(簿価の残高が時価相当分と含み損益に分かたれて書かれているので為替レートの変動による損益変化は確認できる)左欄の円預け金、」右欄の積立金は後で問題にする。
第2に今年度の損益計算書である。左欄の収益のほとんどは外貨資産運用益(インカムゲインとキャピタルゲインの和)である。右欄の費用の発生はFB短期債の再発行費用である。近年の金利はゼロなので費用は発生しない。

政府会計では収益から費用を引いた利益が剰余金となる、右欄の下に書かれる。剰余金も常に正である。近年の剰余金は3兆円前後になっている。しかし収益は外貨であり、円の現金があるわけではない。そのままでは外為特会の運用益は保有外貨の残高を増やすのみで、ほかの目的には使えない。1980年までは全ての剰余金は外為特会の「積立金」に組み入れられていたが、1981年度よりその一部が一般会計歳入に繰り入れられた。この積立金はその全額が財政投融資特別会計の管理する財政融資資金に預託されてきた。それがバランスシートの「円預け金」である。預託金は7年越えの長期預託金であり、実質的に恒久的な預け金となった。外貨で入ってくる収益がすべて外貨のままで再投資されているのに、なぜ外為特会の剰余金が一般会計に繰り入れたり財政投融資特会に預託できるのだろうか。それは財務省が為替介入のために発行する為券FBとは全く別に、剰余金に相当する分だけ新たな為券を発行し円資金を調達してきたからである。仮にある年為替介入が全く行われなかったとしても、翌年度までに為券の発行残高は収益(積立金と円預け金)の分だけ必ず増加する。外為特会の総資産はさらに増加する。外為特会のバランスシートは無制限に膨張してゆく仕組みである。この経理方法はおかしい。なぜこんなバカなことが行われるのか。その一つは保有資産の価値の変動を無視して決算を行っていることである。その目的がどうあれ、政府が借金して調達した円資金を外貨で運用する投資ファンドになる。投資ファンドの成績を計算する際、インカムゲインだけを計上し、キャピタルゲインは無視するというあり得ない会計方法だからである。日本の金利が外国の金利より低い場合ネットの金利収入は必ず正になるが、すぐさま為替レートは円高に動き外貨資産の含み損が増加することを無視しているのである。第2の問題は計算上の利益が生じているかのように見えるが処分すべき円の現金はどこにもない。にもかかわらず新たに為券を発行しそれを一般会計と財投特会に繰り入れていることである。一般会計では赤字国債を発行するには特例公債法を成立させ償還計画を記して国会の承認を得なければならない。為券を含むFBは基本的にはタイミングのずれを埋める融通証券である。3か月のFBを発行して調達した資金を一般会計に繰り入れると短期の借入金が長期の負債に化けて一般会計の帳尻合わせに流用されてきた。同じことは積立金についても言える。最近まですべて財投特会に預託されてきた。財投特会は長期債を発行してきたが、3か月の短期債によって賄われることになる。これらのおかしな会計法は戦後の固定為替相場時代の会計制度を改定せずご都合で運用してきた遺物である。1970年代の変動相場制の会計制度へ見直すことをさぼったせいであった。財投預け金残高がピークにあった2009年末には為券残高は約105兆円、預け金と一般会計繰入金の累積の和は約47兆円であった。2015年度には為券発行残高が顕著に減少(約70兆円)しているが、財性融資資金預託金残高も激減し(約3兆円)、一般会計繰入額累積額は減少方向(約30兆円)か横ばい状態になった。