ブログ 「ごまめの歯軋り」

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本庶佑著 「がん免疫療法とは何か」

2021年06月03日 | 書評
茨城県下妻市 「砂沼」

本庶 佑 著 「がん免疫療法とは何か」 

岩波新書(2019年4月)(その5)

第2章 PD-1抗体でがんは治る

④ PD-1抗体治療の今後の課題
2016年3月雑誌「new scientist」は「ガン治療PD-1抗体治療の開発は、感染症におけるペニシリンの発見に相当する」と取り上げられた。今後多くのがん治療への展開が期待される中で、その課題も多い。PD-1抗体免疫療法の特徴は、 ①特定のがんだけに効くのではなくすべてのがんに効くだろう、②効果が長期に持続する、③副作用が少ないことである。まず第1に効かない患者は悪性黒色腫で約30%、他のガン種では半分くらいの人に効果がないだろう。このような個人差が生まれる背景には免疫系の多様性・複雑性があり、間が分からないことが多い。臨床的には他の免疫のブレーキをさらに阻害するとか、抗がん剤との併用、微量の放射線を組み合わせる方法が考えられる。不応答患者群と有効性が期待できる患者群を峻別する方法も必要である。そして問題は、今のところこの薬の価格が化学抗がん剤に比べて高いということである。また適応例拡大のスピードを上げるために、医療行政側の改革が必要である。この方法の副作用は少ない方であるが、自己免疫病の発症をチェックすることが重要である。副作用として多いのが間質性肺炎、腸炎、関節炎、皮膚炎、腎炎などである。免疫系の発現遺伝子だけでも数百は存在するし、遺伝子の多型(変異)を組み合わせると効果の個人差は大きい。

⑤ 基礎研究の重要性-アカデミアと企業の関係
2016年アメリカはガン治療国家プロジェクトとして「ガン・ムーンショット」を開始し、ガン免疫治療はこのプロジェクトの柱とされた。日本発の治療法も開発段階でアメリカに主導権を握られた感が強い。ただセレンディピティという偶然の発見によって生命科学の成果をもとに医薬品を生み出すことは、既定方針で金と人をかけて進むプロジェクト方式にはなじまないようである。生命科学の基礎研究をさらに深堀し、次はそれを医薬品に製品化するステップを踏む。大手企業では賭け事に近いはなしには投資をしない。大企業の社員は失敗を恐れるため、ギャンブルをしたがらない。欧米ではベンチャー企業の存在が重視され、一定の発展段階で大手企業がそのベンチャーを買い上げるのである。シーズ探しの一番危険な段階はベンチャーに任し、芽が出そうな段階になるとテーマごとベンチャー企業に投資・買収をする。大学のシーズをいきなり大企業に受け渡す仕組みを強要してもシーズの枯渇に終わる。今日大学は運営交付金の削減で疲弊している。すでに国立大学の法人化以降、論文の発表数などの様々なデーター指標は、国際レベルでみて如実に低下している。若い研究者が10年くらい、研究費の心配なしに自由に研究できる場が必要である。そのための試みとしてノーベル賞受賞金とオプジーボ特許料を「本庶佑有志基金」を京都大学に設立したという。日本の製薬企業は大きな変革をしないと国際的に競争できない。製薬企業の世界ランキングでは、日本のトップ企業では世界で16位ぐらいである。新薬開発能力を持ち世界に販売できる企業は世界で20社くらいである。中小製薬会社数は多いが将来は集約化を行い、新薬開発をしないと世界の大手資本に吸収されるだろう。日本の製薬企業は日本の大学と外資製薬会社との連携が必要である。大学は日本の企業と組むより、国際的に展開できる外資系企業と連携する方が、メリットが大きい。

(つづく)