ブログ 「ごまめの歯軋り」

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本庶佑著 「がん免疫療法とは何か」

2021年06月01日 | 書評
滋賀縣近江八幡市 「水路巡り」

本庶 佑 著 「がん免疫療法とは何か」 

岩波新書(2019年4月)(その3) 



第2章 PD-1抗体でがんは治る  
② 免疫学の発展とガン免疫療法の道
ガン免疫療法は1890年のコーリーに始まるが、20世紀中頃バーネットが自己・非自己の概念から免疫療法が再開された。腫瘍が非自己の抗原を出すのではないかということから、免役監視によるがん細胞の排除という考えを提出した。しかしガン治療への応用となるとさまざまな試みはすべてうまくゆかず2000年代初めにはガン免疫療法は医療関係者の間で白眼視された。免疫系の活性化アクセルばかりにこだわったからである。免疫系の働き次第でガンが増減するという状況証拠はいろいろ報じられた。臓器移植をして免疫抑制剤療法をしている人にがんの発症率が高くなるという統計があり、白血病に対する骨髄移植ではドナーのリンパ球撃されることが知られ、その他のがんが治るという臨床例もあった。免疫系と発がんには関係があることは推測されていた。免疫系の重要な働きは外敵を認識して攻撃することであり、免疫寛容とは自分は攻撃しない仕組みのことである。T細胞のランダムな変異の中で自分を攻撃するような細胞は選択して抹消されるという「クローン選択」を脾臓が担っている。このように免疫寛容は自分を攻撃しないという概念が確立された。ガンに対する「免疫監視」は自分から出て自分でなくなったものをチェックする機構である。1970年代後半から免疫学が非常に発展した。サイトカインを用いて免疫系を活性化させる方法は多くのインターロイキンILの発見につながった。IL2、ガンマーインターフェロン(γ-IFN)を用いた免疫活性剤の直接注射が行われたが、副作用が強すぎてすぐ下火になった。ローゼンバークは患者のリンパ球を取り出してIL-2で刺激して体内へ戻すLAK療法(養子免疫法)を行った。しかしいずれもものにはならなかった。1980年後半から1990年代に、ブーンらはガン細胞に新しい特異的非自己抗原が発現したものには寛容ではなくなり監視するだろうということを証明したが、免疫療法に使ったがうまくゆかなかった。ガンに特異的な抗原をワクチンとして免疫系を活性化させようというのが「ガンワクチン療法」である。臨床では効くということにはならなかった。これらの試みは全て免疫細胞を活性化して治療するという原理に基づいていた。しかしアメリカではFDAの承認は得られなかった。そして2000年代に入ったころにはガンの専門臨床家にとって。ガン免疫療法はもはや見捨てられたという状況であった。

免疫反応の制御について知見が進むにつれ、T細胞には免疫制御にかかわるヘルパー細胞と非自己細胞を殺すキラー細胞があることがわかり、ヘルパー細胞表面にはCD-4分子を、キラー細胞にはCD-8分子を持つことが分かった。CD-8分子を持つ細胞がガン細胞を殺すキラー細胞であった。免疫系の制御にはクローンの選択だけでなく、免疫の抑制という概念が提案された。多田富雄氏の「サプレッサー免疫抑制T細胞説」は学界から消えたが、今日ではTregがそれに相当すると考える人が多い。現在では、Foxp3という遺伝子を発現する細胞が免疫制御の抑制に係わり、Foxp3陽性でCD4陽性の制御T細胞が免疫反応を抑制する考えが提出された。(図1参照) Foxp3は転写因子で遺伝子発現を制御するが、それが免疫抑制に関係するメカニズムは不明である。Tregを使ったがん治療の試みもたくさんあるがほとんど成功していない。いっぽうCD8分子をもつキラー細胞の活性化にはポジティブとネガティブの二つの制御機構があるとわかってきたのは1990年半ばの事である。ポジティブ(アクセル)として調節分子はT細胞受容体とCD28であり、ネガティブ(ブレーキ)としてはCTLA-4がある。CTLA-4分子が発見されたのは1987年、その機能が分かったのは1995年である。CTLA-4遺伝子ノックアウトマウスを作ると5週間後に自己免疫病ですべて死んだ。アリソンはCTLA-4をブロックするとガンが抑えられるという報告をした。1992年著者らはPD-1を発見した。その遺伝子ノックアウトマウスで負の制御因子であることを確信したのは1996年である。アリソンの論文と同じころである。CTLA-4ノックアウトではマウスは全部死んだが、PD-1ノックアウトはよりマイルドであった。

(つづく)