ブログ 「ごまめの歯軋り」

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熊倉正修著 「日本のマクロ経済政策」

2021年06月17日 | 書評
茨城県高萩市 「五浦海岸 六角堂」

熊倉正修 著 「日本のマクロ経済政策」 

岩波新書(2019年6月)(その9)

第3章 金融政策―デフレ対策という名の財政ファイナンス

2) 物価は何故安定していたのか
消費者物価指数CPIと日銀が作成する国内企業物価指数PPIを比較して、「1990年末から「デフレトラップ」があったかどうか検証しよう。PPIは国内企業が国内市場向けに出荷した商品の価格を測ったものであるので、サービスは含んでいない。市況品を除く工業製品のPPIと、品質調整の大きいIT機器を除外した工業製品のPPIに分けてみると、工業製品の物価は1980年代から今日までほぼ完全に横ばいである。商品の消費者物価指数CPIは1990年初頭から上昇しなくなった、1990年代後半にサービスの物価も上がらなくなった。1980年代末までの物価を上げていたのは流通・サービスの価格であり、その物価が1990年代初頭に上がらなくなり、それが全体に波及していったとみるべきであった。産業構造の変化によって工業製品からサービス・流通に移行すると、物価指数への寄与率はどう変わるかを見ると、日本の工業製品の生産性上昇率が仮に3%だとし、賃金上昇率も3%だとする。サービス物価の上昇率は賃上げがすべてであるので(サービス業の生産性上昇は0%とする)サービス物価は3%の上昇となる。仮に工業製品とサービスのCPIへの寄与率が同じだとすると、一般物価の年間上昇率は[(3-3)+3]÷2=1.5%となる。こういうことが1990年代初頭までの日本の物価に起こっていたのだ。そして日本の工業部門の雇用は1990年前半に減少に転じた。サービス部門の生産性向上がゼロで賃金の上昇率もゼロならばサービス価格の上昇率もゼロである。近年の日本のディスインフレの主因は産業構造の変化であり、人々の期待を変えれば物価が上がるとかデフレを克服したら日本経済は復活するといった主張には説得力がない。そこへ異次元金融緩和で金利をゼロに引き下げれば、金利を高くするためにインフレが必要だという主張と自己矛盾している。近年の日本で雇用が増えているのは高齢者向けの医療と社会福祉サービスだけである。しかし政府は財政緊縮から医療・社会福祉サービスの価格を抑え込もうとしているのは、主張と行動の自己矛盾である。日本政府が医療・福祉サービスの価格を厳しく規制し、高齢者の自己負担比率を低位に抑えているのは、その結果同分野では労働需要が急増しているにもかかわらず、そこで働く人びとの給与水準や労働条件は相対的に劣悪であり、事業主が必要な人材確保さえ困難にしている。日銀が過激な無制限な金融緩和を行う一方で政府が医療・福祉サービス分野の価格と賃金の統制を強化することは、自動車のアクセルとブレーキを同時に踏み込むようなものであり、インフレ醸成策として非効率である。

(つづく)