ブログ 「ごまめの歯軋り」

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熊倉正修著 「日本のマクロ経済政策」

2021年06月10日 | 書評
東京都文京区音羽  「鳩山邸ステンドグラス窓」

熊倉正修 著 「日本のマクロ経済政策」 

岩波新書(2019年6月)(その2)

第1章 通貨政策1-日本は何故為替介入にこだわるのか

1) 外国為替市場と為替レート
日本は輸出立国を目指しているのか、自国通貨が強くなることを望まない。日銀も1990年までは利下げを行う理由として円高を挙げていた。2013年より日銀が実施した異次元金融緩和も円安誘導を強く意識した政策である。政府・日銀が自ら実施しうる円高対策は「外国為替市場介入」である。為替介入とは政府や日銀が自ら通貨の売買を行い、為替レートを操作することである。多くの先進諸国では「変動為替相場制」を採用している。変動相場制の下で国家が為替市場に介入するのはルール違反である。しかし急に不安定な為替相場に対応するため、当局が完全に為替介入権限を放棄することは無い。1990年以降欧米諸国は為替介入を避けてきているが、日本は円売り為替介入が段続的に繰り返され、1213年より異次元金融緩和がこれに代わった。日本は輸出立国を目指しているので、自国通貨が強くなることを望まないという主張があるが、これは正しくはない。日本の財政管理に規律が希薄で、いつも場当たり的で長期的な視点がない。そして円売り・外貨買いが国家財政に円負債と外貨資産が積み上がり、適切な管理ができていないからである。易きに手を染めて財政規律に反してでも、その麻薬的効果に痺れている様だ。国際金融論によると、金利と為替レートの間には、1+自国金利=(1+外国金利)×(将来の為替レート予想値 / 現在の為替レート)という式がある。式の左辺は自国通貨建てで運用した場合の収益率である。右辺はいったん外国通貨に換え運用し、最後に自国通貨に戻した際の収益率である。いま式の左辺と右辺が一致していないと、収益性の高い国へ資金が流れて為替レートは変化する。この式は「金利裁定式」と呼ばれる。日本当局が為替介入を行って、この式では為替レートだけが上昇する(円安)すると、右辺は左辺より小さくなるのでアメリカより日本で資金を運営した方が儲かることになる。するとドル売り・円買いが行われるので、為替レートはすぐに元の水準に戻る。

為替介入が現在の為替レートを動かすルートとして金利への影響がある。日本の為替介入を取り仕切っているのは財務省であるが、日銀が自己資金で円売り介入(ドル買い)を行うと、民間部門の円残高が増加し金利がその分低下する。帰国の金利だけが低下し、他は変わらなければ、左辺は右辺より小さくなる。すると円が売られてドルが買われるため為替レートは円安になる。このような市中の貨幣量の変化を伴う為替介入を「不胎化されない介入」と呼び、貨幣量の変化を伴わない為替介入を「不胎化された介入」と呼ぶ。為替介入を行って外貨を購入すると、日銀は為替リスクを抱えるが、日本国債を買い入れて金融緩和を行えば為替リスクは生じない。金利裁定式において金利の変化に伴う為替レートの変化は小さい。したがって今日の日本では金利を操作して為替レートを動かす余地はほとんどない。むしろ実体経済において、自国の貿易財の価格=為替レート×外国の貿易財の価格を「均衡為替レート」と呼ぶ。国際間で貿易が可能な商品やサービスの価格が適正水準となる。日本では輸出が減少し輸入が増加すると為替相場は円安・外貨高に向かう。現実の為替介入が許容されるのは、均衡水準から著しく乖離している場合のみである。為替相場を均衡為替レートに近づける為替介入であっても、それがうまくゆかないときは事前に何らかの歯止めをかけておくことが必要である。そうでないと政策担当者は「相場が動くまで無制限に介入する」ことになりかねないからである。

(つづく)