ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

熊倉正修著 「日本のマクロ経済政策」 

2021年06月11日 | 書評
東京都文京区関口 「椿山荘庭園 三重塔」

熊倉正修 著 「日本のマクロ経済政策」 

岩波新書(2019年6月)(その3)

第1章 通貨政策1-日本は何故為替介入にこだわるのか

2) 日本の為替介入の問題点
為替介入は通貨当局が行うと書かれているが、政府か中央銀行のどちらかは国によって異なる。また市中の通貨量の変更をもたらす「不胎化されない為替介入」は中央銀行しか実施できない。従って原理的には金融政策と通貨政策は中央銀行が行うことが理想であるが、日本では財務省の一部局が為替政策を含むすべての通貨政策を掌握している。財務省には国際的に処理を要する事項に関する事務を総括整理する部門のトップとして「財務官」というポストがある。国際金融行政はこの財務官が国際局局長などと協議して運営している。外国為替相場の安定を目的とする財務省の所管の特別会計として、「外国為替特別会計」が設けられている。財務省に葉円を発行する権限がないため、円売り介入を実施するとき、外為特会より「政府短期証券FB」とよばれる割引債券を発行し売却用の円を準備する。FBは正しくは「外為為替資金証券(為金)」と呼ばれる。ほとんどは満期3か月の超短期債である。緊急を要する為替介入の際には民間銀行に入札させる暇はない。そこで為券を日銀に引き受けてもらい、後に新しい為券を発行し償還資金を準備する。しかし財政法第5条に、「日銀にすべての公債の発行を引き受けさせ、借入金については日銀から借りてはならない」と規定があるため、日銀に巨額のFBを引き受けさせることは適切がどうか疑問である。財務省が円売り・ドル買いを実施するとその分政府は政府保有のドルが増加する。為替介入の実績は1991年に遡ってのデーターが公開されている。1991年以降の為替介入はすべて円売り・外貨買い介入であった。過去20年間の為替介入が均衡為替レートを乖離した場合の円売りならば、ファンダメンタルズを越えて円高になるはずである。つまり日本政府の介入は景気対策の性格が強く、「日本の景気が悪いのに円高は困る」に尽きる。そうして相場を均衡為替レートよりも円安にすると、いずれ大きな揺り戻しがくるはずである。先進国イギリス、カナダ、ユーロ、スウェーデンを見ると均衡レートを100とすると過去25年間の実質為替レートは波があっても100を平均としている。ところが日本だけが一方的に円安に移動する異様な動きをしている。韓国も不安定である。

円高は為替介入によって阻止し、円安は歓迎して放置という日本政府の政策は、不況時に景気対策を行い、景気時に景気引き締めを行わないのと同じである。こうした政策はかえって景気を不安定にし、産業構造の自然な調節を阻害する要因となっている。為替レートと日本輸出産業の採算分岐点は1990年代半ばと2010年代初めには採算レートの調整がうまくゆかず非常に苦しい状況であったが、1990年代末から2007年までは実勢相場が採算レートを上回り、輸出産業は超過利益を獲得した。2014年以降も輸出の採算レートの差は開いており再び輸出の採算性は強まっている。一般に生産活動の中心がサービス業にシフトすると、GDPと雇用に占める製造業のシェアーが低下傾向になる。先進国では1980年代に脱工業化傾向が現れたが、日本はアメリカへの輸出が急増しバブル経済が発生したため産業構造のシフトが進まず重厚長大型公共事業型のままで推移した。その後不況と円高が同時に発生し1993年から2000年にかけて企業の倒産が相次ぎ失業者が急増し、就職氷河期となった。2004年から2008年にかけて日本の製造業は世界の好況と円高に支えられ製造業の雇用比率は一定化したが、2010年以降、円安政策を取ると工業製品メーカーの事業整理や海外移転が停止し産業構造の転換が遅れた。2013年第2次安倍内閣発足時以来、政府は再び輸出と公共投資を梃子にした旧態依然の景気浮揚策に傾斜した。こうした政策を掲げること自体政府は過去の失敗から学んでいない。日本経済はなぜこのように円高に恐怖するのだろうか。国内では日本は輸出大国だという意識を持っている人が多いらしいが、日本のGDPに占める輸出依存度は世界の先進国では最低である。日本の製造業は昔から二重構造といわれるように、不採算企業や零細企業を抱えており外的なショックに対して極めて脆弱である。外国貿易においては外貨建てと円建ての2種類があるが、外貨建ての貿易収支は常に赤字である。円安は輸出額が増える効果は少なく、むしろ輸入高が増えるのである。すでに競争力を失った企業を円安によって存続させることは望ましくない。そして国内の工業ア製品メーカーの生産拠点が地方の集中している(本社機能だけは東京に集中しているが)ことは過疎によって人材を集めることさえ難しくなっている。政府は安い外国人労働力を地方に誘致しようとしているが、それによって産業構造の変化が先送りされると長期的には経済を停滞させてしまう可能性がある。

(つづく)