緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

ポンセ作曲「カベソンの主題による変奏曲」を聴く

2018-10-13 23:03:45 | ギター
ギターを始めて42年。
ギターを始めてまもない頃はセゴビアの影響が強く、この頃のギター弾きの多くはセゴビアの音を理想としていた。
当時少ない小遣いで買ったレコードはゼゴビア、イエペスやブリームなどの数枚で、何度も繰り返し聴くことで、これらの巨匠たちの音に惹き付けられ、私も自然に彼らの音を理想とするようになっていったと思う。
ギターを始めて8年くらい経って頃だっただろうか。
大学3年生の時だったと思う。
兄がFMラジオから録音したテープに、アグティン・バリオスの「最後のトレモロ」という曲を見つけた。
バリオスは既に、同じくFMラジオから録音したジョン・ウィリアムスの大聖堂やホセ・ルイス・ゴンサレスの郷愁のショーロなど数曲を既に聴いて弾くようになっていたが、「最後のトレモロ」を知ったのはこの時が初めてであった。
このテープの録音の演奏者はジョン・ウィリアムスではなかった。
バルタサール・ベニーテスというウルグアイ出身のギタリストだった。
あまり期待していなかったが、聴いてみて凄い衝撃を受けた。
「最後のトレモロ」という曲が素晴らしい曲だったこともあるが、バルタサール・ベニーテスの演奏がとても強い感情を引き起こすものだったからだ。
聴いていて本当に感動に震えてくる。
聴き終わった後に、何とも言えない穏やかな気持ちになる。
以来この曲を何度も聴くことになった。

バルタサール・ベニーテスのこの曲の演奏は、テクニックがまず強靭であり、トレモロがマンドリンのトレモロのように聴こえてくる。
まずこのトレモロの弾き方が他者と全然違う。
このトレモロ奏法はその後の自分の演奏に大きな影響を与えた。
「最後のトレモロ」と同時に、「ワルツ第3番」、「ワルツ第4番」の録音もテープに録音されていたが、この曲の演奏にも強い影響を受けた。

その数年後ジョン・ウィリアムスの旧録音のバリオス集のカセットテープ(輸入盤)を買って、これらの曲の演奏を聴いたが、バルタサール・ベニーテスの演奏にははるかに及ばなかった。
ずっと後になって、ラッセルのバリオス集のCDを買って聴いたが、1回聴いただけで止めてしまった。
ラッセルの演奏などバルタサール・ベニーテスの足元にも及ばないと思った。

大学を卒業後、東京に出てきてまもない頃、永福町の安藤楽器店というレコード屋さんで、偶然、このバルタサール・ベニーテスのバリオス集のレコードを見つけた。
買おうと思ったが持ち合わせが無かったのであろう。
その日は買うのをやめて後日再度店に行ったら売り切れていた。
これには落胆した。
しかし2、3年後だったであろうか、安藤楽器店に立ち寄ったら、なんとこのレコードが置いてあったのである。中古レコードだった。
そしてやっとのことでこのレコードを手にすることができた。
このレコードは自分の宝物となっている。



このレコードにはバリオスの上記3曲の他に、マヌエル・ポンセ作曲の「カベソンの主題による変奏曲」という曲が収録されていた。
このレコードで初めてこの曲を聴いた。
アントニオ・デ・カベソンという16世紀のスペインの作曲家の曲を主題とし、変奏曲とフゲッタからなる曲であるが、ポンセの遺作とのことだ。
この曲の楽譜は3種類あるようだが、一般にはテクラ・エディションのものが知られている。



変奏曲は6つだが、付録として3つの変奏曲が付加されている。
確かこの追加の3曲のうちの1つが、ポンセの24の前奏曲の中にあったと記憶している。
バルタサール・ベニーテスはこの3つの変奏曲を追加し、フゲッタはリピートしているが、フゲッタの一部はテクラ版と異なる演奏をしていることから、別の版で弾いている可能性がある。

バルタサール・ベニーテスのテクニックと音楽性、音の作り方がどれほど凄いか、このフゲッタの演奏を聴くだけでもわかる。
(下の写真はフゲッタの譜面の一部)



これ程の音を出し、演奏できるギタリストは現代にはいないと思う。
バルタサール・ベニーテスの録音は、バッハとスカルラッティのレコード、ピアソラの編曲集、バンドネオンとの2重奏のタンゴ集のCDと手に入れて聴いてきたが、残念なことに、最初に出したレコードのバリオス、ポンセ、カルレバーロ集の録音よりも及ばない。
本当に残念なのだが、後の録音ほど悪くなっているのだ。
70年代に出た最初の録音から後の活動のありかたが良くなかったと思う。
もっと慎重に、ちゃんとしたレパートリーを磨いていったら、もっと素晴らしい演奏家になっていたであろうに残念だ。

バルタサール・ベニーテスの録音がYoutubeにないか探してみたら、いくつかあった。
しかし上記の最初のレコードのうちのポンセとバリオスの録音は無かった。
最後のトレモロは自宅か楽器店で余興で弾いたようなレベルのものが見つかったが、テンポが速く素っ気なく、レコードの録音とはまるで違っていた。
がっかりした。
なのでこの演奏を聴くのはお勧めできない。

「カベソンの主題による変奏曲」の演奏で他に素晴らしい録音を残したギタリストがもう一人いる。
フィンランドのギタリストで、ユッカ・サビヨキだ。
サビヨキのポンセ集のレコードも就職して間もない頃だったが、秋葉原の石丸電気で買って、その演奏の素晴らしさに感嘆した。



その後、バッハのプレリュード・フーガ・アレグロが収録されたレコードとフィンランドの現代音楽作曲家の曲を集めたレコードを買って聴いたが、これも素晴らしい演奏だ。
サビヨキの演奏はクールであるが、音に芯と透明感があり、テクニックは淀みない。
しかしこのサビヨキも上記3枚のレコードを出した後に、フルートとの2重奏の録音に膨大に時間を費やし、そのせいか分からないが後の録音で聴くべきものは無い。
武満徹集のCDを聴いた時、昔の音とすっかり変わってしまったことにがっかりした覚えがある。

しかし、セゴビア、イエペス、ブリームの後に、音の作り方で大きな影響を受けたのが、このバルタサール・ベニーテスとユッカ・サビヨキだった。
1970年代後半から台頭してきたギタリストで、ギターの音や演奏面で影響を受けたのはこの2人とホセ・ルイス・ゴンサレス、そして西村洋くらいだろうか。

今度、バルタサール・ベニーテスとユッカ・サビヨキについて改めてちゃんと記事で書きたいと思う。
凄い実力の持ち主なのに、波に乗れず、殆ど知れ渡ることなく、埋もれていった演奏家なのだ。
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2 コメント

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Unknown (けんいち)
2018-10-16 20:46:50
こんばんわ。
バルタサール・ベニーテスのLP、私も持っています。「カベソンの主題による変奏曲」は恐らく世界初録音だと思います。このLPでこの曲の存在を知り、弾いてみたくなってテクラ版の楽譜を購入しました。ポンセの曲にしてはそれほど難しくなく、一時はレパートリーにしていました。また弾いてみようかな。
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Unknown (緑陽)
2018-10-16 22:13:52
けんいちさん、こんにちは。コメント下さりありがとうございました。
この超希少なLP、けんいちさんも持っていらしたのですね。
「カベソンの主題による変奏曲」の楽譜は3種類あるようですが、テクラ版の出版年は1982年なので、ベニーテスは別の版で弾いていると思います。
終曲のフゲッタの演奏は素晴らしいですね。
こんな演奏できる人は今はいないと思います。
この録音でベニーテスは表面板が松の1956年製のフレタⅠ世を使用しているのですが、物凄くいい音です。
私が最も理想とする音なのです。
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