緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

管理会計の名著『レレバンス・ロスト』を読む(5)

2019-12-27 22:25:55 | 学問
次に、「②管理会計システムが正確な製品原価を提供していない」という著者の指摘について、もう少し考えてみたい。
正確な原価計算を達成できない要因として、固定費の配賦方法が単純、標準原価計算における原価差額の全てが最上位の製品にまで積み上がらない、組織間の政策的な目的による品目間の原価の付け替え、標準原価の恣意的な設定に伴う原価差額調整での歪、などの問題点をあげてきたが、それよりももっと大きな問題がある。
これは、生産管理システムが正確で詳細な原価情報を作成を可能にする体制になっていないということだ。
製品を構成する全品目が製番引当となるような製品ではなく、製番を持たない、同一仕様の見込生産品の場合、各工程、中間品毎の多階層の構成を持つBOM(Bills of materials、部品構成表)が無いか、あっても不完全(すなわち手配重視の構成)であったならば、正確な原価は計算出来ない。
しかしこれは原価計算が基幹システムに組み込まれている場合のことだ。
原価計算システムが基幹系システムに組み込まれていなかった時代、また完全な手計算だった時代に、見込生産品の原価を個々の品目ごとに正確に計算可能とする条件とは何か。
特定の製品の原価を積み上げ計算するためのキーとなるもの(製番、オーダー番号等)がなければ、その製品の原価をどのように計算したらよいのか。
1つの特定の製品を、この製品だけを生産する工程しかない場合、実際原価計算だとしたら、例えばA工程で生産される中間品の当月完成原価は、「月初仕掛品原価+当月投入原価-月末仕掛品原価」で計算されるであろう。
仕掛品原価をどのように計算するかがキーとなるが、いずれにしても月末仕掛品原価が決まれば上式で完成品原価が求まる。
そしてA工程の完成中間品がB工程、C工程へと振り替えられていき、最終製品にまで同様な計算が繰り返される。
製品の種類が少なく、1製品毎に専用の工程で区切られているのであれば、手計算で特定製品の原価は計算可能と思う。
しかしもし、同一工程で複数の製品、それも種類の異なる製品を生産するような場合、手計算で製品別の正確な計算がどこまでできるであろうか。
例えば、同一の機械加工工程において、4‘×8’サイズの定尺の鋼板をレーザー加工機を使って、X製品の加工部品αを30ケ、Y製品の加工部品βを70ケ、抜いた場合、X製品の部品αの消費実績とY製品の部品βの材料消費実績とそれぞれの機械時間実績を手作業でどこまで記録できるか、である。
このような事例の種類や頻度が膨大となった場合、人の作業ではもはや生産実績記録を整備することはコストが増大するため、厳密に行いえないのではないか。
実際の実務では、上例の場合、4‘×8’サイズの定尺の鋼板をX製品とY製品とに分けずに、この機械加工工程で1カ月、何枚消費したか、というとらまえかたしか出来ないのではないかと思う(膨大な人材を投入すれば可能かもしれないが)。
そしてこのグロスでの消費実績を、X製品に一括して記録したならば、この生産実績に基づく原価計算結果はどのような結果になるかは容易に想像できるであろう。
つまり、原価計算は理論上は、材料消費にしても、工数実績にしても、配賦率設定単位(工程)など、いくら細かいレベルの実績収集形態を採っていたとしても、ものづくりの実態どおりに正確に計算できるものなのである。
しかし、原価計算の理論に関係なく、1企業の採用している、生産管理の実務運用が、ものづくりの実態通りの実績を記録できる体制にまで整備されていなかった場合、原価計算はその目的を達成できない。
仮に原価計算の実務担当者をいくら増強してもそれは達成できない。
また逆に、生産管理の実務運用がものづくりの実態を正確に詳細に記録できるまでに整備されていたとした場合、原価計算を行う体制が、その生産実績記録をそのままのレベルで計算できるまでに整備されていなければ、正しく、かつ個々の品目や製番毎の原価は計算できないのである。
原価計算が誕生した19世紀後半から20世紀前半は製品数も生産数も少なく、また戦後の日本の高度経済成長時代にみられるような生産形態は小品種大量生産であり、1つの工場で数種類というレベルの製品を大量に生産していたような時代は、生産管理と原価計算がシステム化されていなくても、ある程度の正確な品目別原価計算が達成できていたと考えられるが、現代のように1カ月数千種類もの製品を生産・販売するような企業の場合は、基幹システムによる運用を実施しないと無理である。
現代の基幹システムによる生産管理や原価計算システムも、その構成要素は個々の膨大な実績収集、計算業務の積み重ねである。その構成要素や計算ロジックを分解していけば、手作業でも膨大な時間と労力をかければ実現可能と思う。
こう考えてみると、著者が指摘する問題点「②管理会計システムが正確な製品原価を提供していない」とは、原価計算の理論とは無関係であり、むしろ多品種少量生産など時代のニーズの変化に応じて、正確な製品原価を提供可能な生産管理及び原価計算システムの規模と精緻さを発展させていくことができなかったことにあるのではないかと思うのである。
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