緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

合唱曲「きょうの陽に」を聴く

2015-12-20 16:15:21 | 合唱
合唱曲「きょうの陽に」を聴いたのは今から12,3年前だったか。
東京高田馬場駅前にあったムトウ・レコード店に立ち寄り、邦人作曲家のCDを買いに行った際に、NHKの合唱コンクール全国大会のライブ録音のCDを見つけ興味本位で買ったのである。
平成13年度全国大会高等学校の部の録音であった。
このCDで高校生の合唱曲を初めて聴いたのである。
この年の課題曲は「きょうの陽に」(作詞:新川和江、作曲:高嶋みどり)という曲。
初めて聴いた時はあまり印象に残らなかったが、しばらく繰り返し聴いていると、じわりとこの曲の素晴らしが伝わってくる。歴代の課題曲の中でも、大会が終わっても埋没することなく、歌いつがれていくべき曲だ。
昔のNコンの課題曲はこのような奥の深い構成力のある歌に恵まれていたが、ここ数年の課題曲の多くは、新しい感覚をふんだんに取り入れているが、何度も繰り返し聴いてみたいと思うほどのものではない。
多分時間が経過すると記憶から薄れていくかもしれない。

「きょうの陽に」は平成13年度のNコン課題曲として作曲され、女声、混声両方のバージョンが用意された。
この曲は平成25(2013)年度第66回全日本合唱コンクールの課題曲にも選出されたが、この大会では女声のみの指定である。
この曲を演奏を聴き比べたくて、4枚ものCDを買ってしまった。
全日本合唱コンクールの録音CDは値段が高いので痛い出費だ。
この全日本のCDで13校、Youtubeで1校の録音を聴いた。
聴き比べて驚くのは、学校によって歌い方、音量、強弱、速度の選択、詩や曲の解釈に大きな差があることだ。
これは指導者の差でもあると言っていい。
この曲を終始かなり強い音で歌っていた学校があったが、この曲にはふさわしくないように思えた。
何故そんなに強く歌う?
繊細な曲だ。人数はせいぜい40人までが限度だと思う。
全日本合唱コンクールでは100人以上で参加する学校があるが、大人数でこの曲を歌われると、正直、「音の強さ」だけが耳に残ってしまう。
幸い全日本合唱コンクールではいくつかの課題曲が選択できるので、人数、音量に適した曲を選ぶことができるであろう。

明るく、繊細な優しさ、穏やかで、瑞々しい、希望に満ちた、女性の作者らしい曲だ。
暗さ、悲しさといった負の感情は一切無い。
詩の中に「レモン」という言葉がたくさんでてくる。
冒頭は「林檎」であるが、それが「レモン」に置き換わり、曲の雰囲気を変えた長い中間部の後の終結部に、「レモン」が再現される。
最初から「レモン」ではなく、「林檎」を前に置いたところが興味深い。
「神話のなかの林檎」とは北欧神話に出てくる「青春の林檎」を指しているのか。
「きょうの陽にかがやくレモン」がこの曲の主題だ。
高い梢で太陽の陽を浴びて輝くレモンを見て、作者は新しい世界に旅立つ際の、強い希望と高い志を感じている。やはり女性の感性から生まれる気持ちだ。
そしてこの前途に対する希望に満ちた気持ちに対し、曲が見事に応えている。それがこの曲の素晴らしいところ。

中間部から、次のような歌詞が出てくるのであるが、転載させていただく。

自分で自分を洗いながら
たゆまず流れる水のように
こころを磨き 走って行く
ほかならぬわたし自身になるために

この文章からはとても大事なことを改めて考えさせられるし、教えられることが多い。
ここでは「父母のはるかな川」、「なつかしい村」といった表現でなされる今までの自分はあるけれど、それを土台に新しい自分に向かって走っていきたいと言っている。
これは古い自分を洗い流して新しい自分に飛躍していくことだけを言っているのであろうか。
「自分で自分を洗う」。これは社会人になって世の中でもまれていく人生において、とても「重要なキーワード」だ。
社会に出ると「善悪」、「苦楽」様々なものに翻弄され、疲弊し、自分を見失い心を病む人もいる。
昨今はそのような傾向が増えてきている。情報文化の急速な発展に伴い、人間も変わり、人間社会が複雑になり、とらえどころが無くなってきているからだ。
常にきれいな水で流れる川のように、こころを浄化しかつ磨き、生きていくことは意外に難しい。
人のおいたちや、今いる人間関係の質にもよるが、心を平穏に保ち、元気で前向きな気持ちでいられるためには、やはり人が誰でも本来もっている根源的もの、表現するのがとても難しいが、「人が幸福に生きていくために本来生まれながらに備わっているこころの規範」といったものに気が付く必要があるのではないか。
愛されて育った人であればこれをあえて意識することはないであろう。
親をはじめ、いい人間関係からそれを授けられているからだ。
しかしそうでなかった人は、これに一生気が付くことなく、正道を踏み外し、あるいは自滅し、生涯を終える人もいる。
危ないのは、真面目で正直であるがゆえに競争環境の中で自己啓発、向上意識をはめ込まれ自分を追い込み、自ら苦しい生き方を強いてしまうことだ。
知らず知らずにこのような生き方を選択して、悪感情にさいなまれながら生きている人はたくさんいる。
「ほかならぬわたし自身になるために」とはもちろんこのような偽りの向上心によるものではない。もっと根源的な本当の自分の自発的な気持ちから生まれ出るものである。

「ほかならぬわたし自身になるために」「自分で自分を洗う」とは、結局、自分を自らを縛り、苦しめているものに気付き、それを洗い流し、本来自分が根源的に持っているもの、例えば能力や、自然な感情といったものが自然に浮き上がってこれるようにすることではないか。私はこの意味をこのように解釈した。

「自分で自分を洗う」手段として私には音楽があった。
音楽の自己浄化作用というものに初めて気付いたのは、20代の半ばで、私が精神的に最も苦しかった頃である。
この時に、チャイコフスキーの交響曲「悲愴」を何度も聴き続けていた。
何故この曲だったかわからないが、たまたま偶然の出会いでこの曲を知り、乾いた紙に水がしみこむように聴き入った。
その過程でさまざまな感情が放出された。そしてしばらくすると何かこころの重しが一つとれたように感じた。
次に経験したのは、今から5年くらい前である。
中学校時代の合唱大会で歌った曲が忘れられずに、その後10年、20年、それ以上たっても心にその旋律が蘇ってくることがあった。
その曲をもう一度聴きたいと何度か探したが、曲名を忘れてしまっていたので、インターネットが普及した後でもなかなか探し出すことが出来なかった。
5年前のある日、またこの曲の旋律が蘇ってきた。そして結構長い時間をかけてインターネットで探した。
そしてYoutubeでついにこの曲に再会したのである。
その曲は「木琴」という曲であった。
その日以来、2か月以上毎日、その曲をむさぼるように繰り返し聴き続けた。
その過程で、こころの中のいろいろなものが解放されるのを感じた。

心の中に堆積し解決されないで残ったものを開放し、また同時に、自分を自ら縛り上げ、苦しめているものに気付く必要がある。
以上、生きることが苦しいと感じている人が、この詩で言っている「ほかならぬわたし自身」を取り戻すために、自分の視点から何が必要か考えてみた。だからこの詩の真意から外れたかもしれない。

この曲を先の全日本合唱連盟主催のコンクール全国大会とNコン全国大会のライブ演奏の、計18校の演奏から、最も印象に残り、素晴らしい演奏だと感じたものを紹介したいと思う。

まず全日本合唱コンクールでは、東京都共立女子高等学校(17名)。
歌声の裏にある、演奏者たちの気持ちが自然で清らかなのだ。無理をしていない。
極めて高校生らしい歌い方であるが、歌声の裏側から聴こえてくるのは、この年頃特有の女性らしい優しさである。
とくに、無伴奏の「ほかならぬわたし自身になるために」の部分は圧巻。
このような歌い方をする学校は少なくなったと思うが、過去の演奏を探せばあるにはある。
私はこのような演奏が最も好きだ。
演奏者のこの曲に対し感じている純粋な気持ちを引き出す手法。この学校の指導者は、この曲が最も求めているものを表現しきったと思う。
ついでにこの学校のピアノ伴奏も素晴らしかった。

次にNコン全国大会の方であるが、福島県立安積黎明高等学校(40名)。
この学校の黄金期の演奏だ。まさに素晴らしい演奏。
聴く者の感情を強く揺さぶる演奏とは、この学校の演奏のことを言うのであろう。
頭で言ったことではない、本当の感情は相手の感情に変化をもたらす。
力強さを感じる歌声であるが、決して無理をしていない。
無伴奏の「ほかならぬわたし自身になるために」の部分と最後の「レモン」の再現部では、演奏者たちの本当の気持ちを聴きとることができた。

こうして考えてみると、いい演奏とは、賞や順位、名誉といったものから解放されたものなのだ。
詩や曲の素晴らしさに感動し、その気持ちが自然なかたちで表出される。
音を出す前にまず気持ちだと思う。

今回も素晴らしい曲、演奏に出会うこともできた。
こういう曲や演奏が記録として残されていく必要がある。
Youtubeは著作権の問題があるが、合唱コンクールの主催者は過去の音源を積極的に公開してほしい。
私も微力ではあるが、本当にいい演奏はこの記事で紹介し続けていくつもりだ。




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2 コメント

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Unknown (Tommy)
2015-12-20 19:36:46
今回は高い評価をされている福島県立安積黎明高等学校の合奏を聴かせて頂きました。ありがとうございます。

https://www.youtube.com/watch?v=GwpZ2jt6FTc
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Unknown (緑陽)
2015-12-20 23:08:13
Tommyさん、こんにちは。いつもコメントありがとうございます。
また記事で紹介した「きょうの陽に」をお聴き下さり、ありがとうございました。
コメントで貼って下さったYoutubeの音源はおしゃるように、平成13年度Nコン全国大会での安積黎明高等学校のものです。
この曲はシンプルに聴こえてなかなかハーモニーを合わせるのが難しい曲です。
微妙な音程のずれでも目立ってしまう、難曲だと思います。
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