「あっ…。」
尾道の商店街で、驚きの声を隠すことができなかった。
仏具屋さんの店先で、販売していていたお香。
何気無く手に取り嗅いだ瞬間…ふと、感嘆の溜め息が私の唇から漏れた。
私の鼻孔から脳に侵入したその香りは、凛とした音を発しながら拡散した。
そして、眠っていたはずの記憶がプチプチと弾けた。
あの人の香りだ。
そう思った。
私の横を通りすぎるとき、彼の躰から薫る、切ないような甘いようなあの香り。
13年が経過した今も、香りの記憶は風化せずに私の中にずっといる。
あれから何人かの殿方と付き合ったが、彼等の香りが私の記憶に残ることはなかった。
「好きです」…たった一言、心に秘めた想いを告げることができなかった片想いの香り。鮮明に私の記憶に残っている。
ふとした瞬間、彼に似た香りを嗅ぐ度に、記憶のシャボンは私の中で弾けた。
随分、彼の香りを探した。
香水の専門店、男物の整髪料…。結局、同じ香りは見付けられなくて、CHANELの「CHRISTAL」が一番彼の香りに近いということが判明した。
そのことが分かったときよりも、尾道の商店街で嗅いだ香りと彼とがリンクした瞬間の衝撃の方が、比にならないぐらい大きかった。
「尾道のにおい 海」
罪な香りだと思う。
皿の上で、真っ赤な点がやがて白い灰になっていく様子を見ながら、静かに溜息を吐いた。
その刹那、煙が揺らめいた。
まるで私の心のようだ。
彼自身の面影よりも、彼から放たれた香りの印象は、何故こんなにも強烈なのだろうか。
嗚呼、眠っていた想いが、目覚めてしまったではないか。
どうすればいいのだろう。
…どうにもできない。
…どうにかしたい?
…でも、どうにもならない…。
想いを告げることすら許されない、そんな遥か彼方に彼は行ってしまった。
遠いところに想いを馳せる。
尾道も彼も、容易に手が届かないところに存在しているから、
私の中で好きな気持を存続することが可能なのだろうか。
残した香りの罪の大きさのことなんて、彼は微塵も思ってないに違いない。
そうやって、この世界のどこかで今もきっと息をしているのだろう。
私も息をしている。たぶん、明日も明後日も明々後日も。
片想いの香りと、共に。
尾道の商店街で、驚きの声を隠すことができなかった。
仏具屋さんの店先で、販売していていたお香。
何気無く手に取り嗅いだ瞬間…ふと、感嘆の溜め息が私の唇から漏れた。
私の鼻孔から脳に侵入したその香りは、凛とした音を発しながら拡散した。
そして、眠っていたはずの記憶がプチプチと弾けた。
あの人の香りだ。
そう思った。
私の横を通りすぎるとき、彼の躰から薫る、切ないような甘いようなあの香り。
13年が経過した今も、香りの記憶は風化せずに私の中にずっといる。
あれから何人かの殿方と付き合ったが、彼等の香りが私の記憶に残ることはなかった。
「好きです」…たった一言、心に秘めた想いを告げることができなかった片想いの香り。鮮明に私の記憶に残っている。
ふとした瞬間、彼に似た香りを嗅ぐ度に、記憶のシャボンは私の中で弾けた。
随分、彼の香りを探した。
香水の専門店、男物の整髪料…。結局、同じ香りは見付けられなくて、CHANELの「CHRISTAL」が一番彼の香りに近いということが判明した。
そのことが分かったときよりも、尾道の商店街で嗅いだ香りと彼とがリンクした瞬間の衝撃の方が、比にならないぐらい大きかった。
「尾道のにおい 海」
罪な香りだと思う。
皿の上で、真っ赤な点がやがて白い灰になっていく様子を見ながら、静かに溜息を吐いた。
その刹那、煙が揺らめいた。
まるで私の心のようだ。
彼自身の面影よりも、彼から放たれた香りの印象は、何故こんなにも強烈なのだろうか。
嗚呼、眠っていた想いが、目覚めてしまったではないか。
どうすればいいのだろう。
…どうにもできない。
…どうにかしたい?
…でも、どうにもならない…。
想いを告げることすら許されない、そんな遥か彼方に彼は行ってしまった。
遠いところに想いを馳せる。
尾道も彼も、容易に手が届かないところに存在しているから、
私の中で好きな気持を存続することが可能なのだろうか。
残した香りの罪の大きさのことなんて、彼は微塵も思ってないに違いない。
そうやって、この世界のどこかで今もきっと息をしているのだろう。
私も息をしている。たぶん、明日も明後日も明々後日も。
片想いの香りと、共に。