世界の中心で吉熊が叫ぶ

体長15センチの「吉熊くん」と同居する独身OLの日常生活

アドルフ・ヒトラー 「わが闘争」

2005年09月05日 22時17分48秒 | Weblog
最近読んでいる本は瀬戸内寂聴の「ひとりでも生きられる」である。
以前、一度読んだが面白くて再び読み返している。
たくさんの恋を経験し、また博学な瀬戸内さんの随筆は私のバイブルである。

妻であり母親である瀬戸内さんが、運命的な出会いを果たし、夫や子供を置いて他の殿方に走ったことはテレビ番組で知った。
そのとき以来、私は瀬戸内さんの情熱的な純粋さの虜になった。

先日、ある方から「人生、何があるかわからない」と言われた。
そんなの分かっているつもりだった。でも、本当は分かっていなかった。
「今がこうなんだから明日もこうなんだろうなあ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。」と思っていた。私がこの陰鬱な毎日に迷い込んだのも「落とし穴」的な「一瞬」がもたらしたのだと思う。
「人生何があるかわからない。」
本当にそう思う。

恋をして家庭から出た瀬戸内さんも、後々になってそう思ったに違いない。

もう一人、気になる人がいる。

アドルフ・ヒトラーである。

アンネの日記や、ドイツ強制収容所の体験記録「夜と霧」を読む限り、
「ヒトラー=極悪な独裁者」、というイメージが私の中で根強く定着している。
彼のカリスマ性が多くの悲劇をもたらしたわけだが、彼の生い立ちや思想の根本について、よく知らない。
何か劇的な出来事が彼を悪魔にしたのか?
時代と彼の思想との呼応の起点とは?

そして、
突き進んだ先で「人生何があるかわからない」って、彼は思ったのだろうか?

悪いイメージばかり先行して、今まで彼のことは考えないようにしていた。
しかし、
「何があるかわからない?そこんところどうなの?」
という私なりのテーマの下、
彼の人生のうねりに触れてみたいと思う。

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