晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

夏目漱石 『行人』

2010-02-20 | 日本人作家 な
『行人』は、漱石の中期の作品で、この頃の漱石は、所属していた
朝日新聞社を辞め、死のふちをさまようほどの大病を患い、それら
が起因しているかどうか、小説の登場人物の心の葛藤がハンパで
はなく、『行人』の前に書かれた「彼岸過迄」では、なかなか結婚
に踏み切れない男を描き、後に書かれた「こころ」では、恋に悩み
自殺した親友を晩年まで思い苦しむ男が描かれます。

『行人』の前後に書かれた作品との特徴というか共通点があり、
まず物語の軸となる登場人物は、語り手による説明あるいは手紙
といったフィルターを通して描かれます。
「こころ」では、先生は長い手紙で自分の過去を明かすのですが、
これがあとがきによると、原稿用紙200枚は用いたほどの長さ
で、『行人』もラストに手紙があるのですが、ことらも負けじと
原稿用紙100枚ほどの量になるそうです。

物語は、学問のみを心の拠り所とし、妻とはうまく接すること
ができず、弟や両親からまでも扱いにくいとされている一郎が、
妻は弟とはこころ安く会話をするのを浮気と思い込み、なんと
妻と弟とふたりで旅行に行ってくれと頼むのです。
結果、何もなく、また妻のほうも一郎と接する術を模索して、
自分を責めていたのです。
しかしそれを知ったところで一郎はますます殻に閉じこもり、
ついには神や前世といった分野に傾倒しだし・・・

いよいよ心配になった弟は兄と交流のあるHに兄を旅行に誘って
もらいます。なんとか旅行に行った兄の様子を、何か変わったこと
でもあれば報告してくれとHに頼みます。
そして、送られてきたのが、原稿用紙100枚量の長い手紙という
わけです。

物語の主軸を語り手によって描くという手法は、エミリー・ブロンテ
の「嵐が丘」で、都会に疲れて田舎に来た青年が、「嵐が丘」と呼
ばれる館で起こった愛憎物語を聞く、という構成に近く、漱石文学
の特徴としては、人物描写を重要なファクターとする考えはイギリス
の作家チャールズ・ディケンズの作品に影響されたとする意見もあり
ますが、「彼岸過迄」から『行人』そして「こころ」へと続く一連の
作風(「彼岸過迄」の前の「虞美人草」も入れてもいい)はブロンテ
に影響されたと考えると、興味深いですね。

「死ぬか、気が狂うか、宗教に頼るか」、ここまで苦悩する一郎。
漱石自身の当時の心の叫びを一郎に投影していたのでしょう。
コメント (2)
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