rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

書評 勝てないアメリカ

2012-12-06 19:45:12 | 書評

書評 勝てないアメリカ —「対テロ戦争」の日常 大治 朋子 著 岩波新書1384 2012年刊 

 

毎日新聞ワシントン特派員時代の著者が米国内の現役、退役軍人、国内の基地やグアンタナモの米軍基地を取材し、また従軍特派員として2009年5月から1ヶ月間アフガニスタンの米軍前線に出陣して実際にゲリラの爆弾攻撃(IED)にも遭遇するという体験もまじえ、世界一の戦力を持つ米軍が何故アフガン、タリバンとの戦争で勝てないのかを軍事的に考察した力作です。男勝りといっては失礼ですが、実弾が飛んでくる前線に出向いて取材をし、米兵達に公では聞きにくいような本音を聞き出す胆力、ジャーナリスト精神には頭が下がります。

 

私は以前から「対テロ戦争」は軍隊の本来の使われ方ではない、と指摘してきました。ある政治目的を達するために目標を定めて限定的に「相手国の軍隊に対して」使われるのが本来の軍隊の使い方だからです。国家をバックボーンとしないテロリストの殲滅を目的に非限定的(相手国の治安、経済、政治の全てに渡りしかも期間を限定せずに)に使用することは軍隊機構の構造からしてありえません。だから例え世界一の戦力を持っている米軍であっても、そのような使い方をしたらうまく行かないのは当然なのです。

 

著者は勝てない米軍の実態を、兵士達の目線から解明してゆきます。まず手製爆弾(Improvised Explosive Device IED)の爆風で飛ばされた経験のある退役した兵士達が、明らかな傷がないにもかかわらず原因不明の頭痛や感情障害に悩むようになる外傷性脳損傷(Traumatic Brain Injury TBI)に悩まされ、またその治療に十分な国家や社会のフォローがなされていない事を明らかにします。またベトナム戦時代と異なり、徴兵制がなく、志願兵のみになった現在の米軍では、前線に行く兵士は貧しい家庭の子弟ばかりで、しかも戦場に行く兵士の希望者が少ないため、10年にのぼる史上最長の戦争の中で、同じ兵士が何度も最前線へ出兵させられる実態が明らかにされます。その中にはTBIやPTSD(心的外傷後の障害)に悩む兵士が繰り返し戦場に向かわざるを得ない状況も示されます。一方で戦争に行く若者は国民の1%であり、殆どの国民にとって戦争は他人事になってしまい、兵士達の悩みや戦争の実態を当事者として意識していないと言います。

 

私は自衛隊医官の時代に米軍と共同演習を行って米軍兵士の診察もし、「良く診療してくれた」ということで米軍から感謝状をもらった事もありますが、当時(90年代)は米軍兵士といっても屈強なだけでTBIやPTSDを念頭におく必要などありませんでした。現在米軍の兵士を診る必要が出たら、このような知識がないと正しい判断ができない可能性があり、現役の医官の人達には必須の知識だろうと思われます。TBIというのはケーキの入った箱に外から衝撃を加えた場合を考えると分かりやすいですが、箱に傷はなくても中のケーキは元通りではありえない。全体の脳の形は変わらなくても、微細な神経回路がケーキのデコレーションが微妙に崩れるように変わってしまった状態と言えます。TBIは訓練を受けた神経科医が時間をかけて治療しないと治らないと言われており、多くの米国の若者達が受傷したことがいかに国家の損失に今後なってゆくだろうかと危惧されます。最近在日米軍の兵士達の奇行が報道され、飲酒禁止や夜間外出禁止など子供じみた規則の発令がニュースになっていますが、その背景にはこのような米軍兵士達特有の問題が隠れているのではないかと私は推測します(そのような分析をするメディアは皆無ですが)。

 

第二章では従軍取材で見た在アフガニスタン米軍の現状が赤裸に示されます。ここでは米軍の現地における任務(テロとの戦争)の実態が『DIGS/development. information, governance, security』に集約される事が説明されます。Developmentは道路や学校などのインフラの整備、そして反対テロ勢力の情報を市民から集め、政府や地方の行政組織を整備し、治安を維持する事ということの頭文字を会わせたものだと示されるのですが、これは本来軍隊の任務(相手国の軍隊を撃滅する)と全くかけ離れている事が明白です。実は、米軍はテロとの戦争が従来の軍の任務とかけ離れていることを十分理解していて(それでも本格的に取り組みだしたのは2005年から)COIN(counterinsurgency対内乱作戦)と呼ばれる戦術マニュアルが作成されました。著者は当時の司令官のDペトレイアス氏で、282ページに及ぶ内容はインターネットでもダウンロードできます(http://www.fas.org/irp/doddir/army/fm3-24.pdf)。このペトレイアス氏は最近醜聞問題でCIA長官を突如辞任したことで世間を賑わしましたが、実際はリビアの大使殺害事件でCIAとアルカイダの関係を議会で追求されそうになったために慌てて辞任したという裏事情が指摘されていて、氏がCOINの著者という事実と合わせて考えると、アメリカという国家が犯す「テロとの戦争という国家犯罪」の業の深さが偲ばれます(http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/cia-60de.html)。

 

アメリカは建国以来自衛のための戦争をしたことがありません。「戦わなければ家族が殺される」という切迫感なく、常にエイリアンのように他国領土を侵略して戦争をしてきました。だから米軍兵士の戦うモチベーションはせいぜい「共に戦う兵士のため」良くて「国益のため」以外にはありません。この実態は従軍した著者の兵士達からの取材でも語られます。前にも書きましたが、この戦争をする意義の矛盾を鋭く描いたのがCイーストウッド監督の硫黄島2部作です。つまり日本とアメリカの兵士が戦う意味を家族への「手紙」と「旗」に象徴させて異なる描き方をしたのです。そして2011年のB級SF映画「世界侵略、ロサンゼルス決戦」では祖国を侵略するエイリアンに対して家族を守るために死力を尽くして戦う米軍が描かれ(アフガンと違って何と生き生きとした米軍が描かれているか)、そこには家族への手紙が象徴として登場します。つまり米軍は「本当はこういう戦争をしたいんだよー」とSFでしか実現しない夢を映画に託したのです。

 

第四章では終わりのないテロとの戦いの今後を俯瞰しています。米軍は無人攻撃機によるテロリストの殺害(実際は多分テロリストなんじゃないのという怪しい人への有無を言わせぬ殺戮)に力を入れていて、確率的に一般人40人にテロリスト一人位の割合で殺害をしていると言われます。この罪無く殺される40人はコラテラルダメージと呼ばれ、仕方ないで済まされます。同じ事をイスラム国家がアメリカ人に対して米国内で行ったらどのような反応を示すか想像がつきますが、米国はこれを戦争犯罪ではなく、合法としています。当然の結果として、そのようなアメリカが大好きな現地人などいないので、アメリカを憎む人達が増加しつづけ、趣向を凝らしたCOIN戦略にも関わらずテロとの戦争はずっと続くことになります。無人機を使った殺戮はアメリカ本土で無線操縦で飛行機を飛ばし、誰も兵士は死なず、費用も安く、何人殺したという戦果の報告もしやすく、軍産複合体の利益も大きいので国民受けも良いのですが、COINの方は人と金がめちゃくちゃかかります。米軍はアフガニスタンにおける安定した国家社会の設立を「テロとの戦争」の終結にしたいと考えているのですが、無人機攻撃が増えればそれだけ敵が増えて終結が遠のくというジレンマに出口を見いだせない状態に陥っていると言えます。そしてもう政府の財政支出も限界が見えている。だからこの本の題「勝てないアメリカ」という結論が導きだされるのです。

 

ここに来て自衛隊の国防軍化、集団的自衛権による米軍への協力といった事柄が突然選挙の公約の中に日本の喫緊の問題の如く上げられてきたのは意図的に起こされた尖閣の問題だけの事例ではないことが見えてきます。日本の自衛隊にもCOINをやってほしい、ということではないでしょうか。その意味でもこの本は現在のアメリカと日本を考える上で有意義な著作と言えます。


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1 コメント

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ネットとツイッターの可能性を 求めて (村石太ダー覚醒モード&コピペ星人&キンキュウジタイダー)
2012-12-08 19:29:31
TPPも消費税増税も 失業者ですね。
安倍トウシュ 外交とか 国防長官とか で お疲れすぎなのかなぁ
国税 県税 市税 歳出 歳入
国防軍 で プログ検索中です。
日本の防衛費については もう何十年前から 言われていますね。
しかし 敗戦国の日本で~パールハーバー~広島・長崎~
後 日本の庶民は あまり 世界の軍事関係に詳しくないし~
国防軍 と いきなり? 力を 入れすぎる?のも 恐ろしいというか?
世界が 平和で ありますように。
政治研究会(名前検討中
洋画 パールハーバー を 見ました。愕然としました。
ホタルの墓というアニメで 泣きました。映画でしか戦争を知らない私です。
思えば 明治 大正 生まれの方が この世界から いなくなってきていますね。シベリア 八甲田山~
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