rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

戦争の動機と大虐殺

2022-04-22 12:23:54 | 社会

戦争には古来「・・の虐殺」と名付けられる様な大量殺戮が付き物でした。人が人を一対一で殺意を持って殺す場合もあり、原爆や無差別爆撃の様な形で大量殺戮を計画者が意図的に執行する場合もありました。人が人を殺し合う「戦争」というものには、平和な生活を壊してまで個人的に恨みのない相手を殺戮する「戦争をする動機」が必要です。今回は戦争の動機と大虐殺について考えてみました。

 

I.  戦争を始める2つの動機

戦争を始めるには2つの動機があります。

(1)  土地や資源、利権、奴隷を含む労働力 古来帝国主義戦争の大本、というよりほぼ全ての戦争の源は「物欲」であり、「楽して暮らしたい」という「金目的の煩悩」と断定して良いと考えます。

(2) 宗教・信条 戦争相手を虐殺する原動力はこちらです。宗教・信条には理屈を超えた感情が伴います。聖戦・法悦という宗教的満足感になると除去不可能とも言えます。選民思想による他民族排除も含む。

実際の戦争になるには、「動機」に加えて戦争するに足る「相手」が必要であり、戦争を遂行する能力「資金と武力」が揃う必要があります。

聖バーソロミューの虐殺 ユグノー戦争でカソリックがプロテスタントを虐殺したという宗教からみ(2)の虐殺 実態はフランスの貴族間の勢力争い(1)とも言われるが、ナント勅令で信教の自由が認められて一段落する。

 

II.  総力戦に必要なプロパガンダ と 大虐殺の関係

近代の民族国家間の戦争においては、総力戦と言われる様に、中世以前の領主が金目当てに傭兵を使って戦争をしていた時代と異なり、一般市民が兵士として銃後として戦争に参加する必要があり、これらの人達を平和な生活から敢えて戦争に駆り出すには(1)の物欲のみでなく(2)をプロパガンダによって信じさせて洗脳し、「どうしても戦争が必要」と納得させる必要があります。殆どの戦争は物欲が源であることは古今東西変わらないのですが、ある時は政治思想の資本主義と社会主義の対立、民主主義と専制主義の対立であるかのように装ってプロパガンダによる洗脳・納得が必要なのです。つまり(1)だけでなく(1)+(2)が戦争の動機となっている事が近代戦争の特徴と言えます。

「虐殺を正当化」するには、「他宗派の信者を殺す事は正義」という聖戦思想や「劣った民族は滅亡させよ」という選民思想が背景にあります。つまり(2)の要素が強いと大量殺戮につながりやすいのです。(1)の物欲のみの戦争の場合、「戦争は外交の一手段」と言われるように、お互いの妥協による条約締結や国際法による統治で済ます事も可能であり、戦争になっても元々個人的な恨みがある訳ではないので「終結目標」や「出口」を決めやすいのです。しかし(2)の要素が絡んでくると、「殺戮が正義」となるのでやられた方は「復讐」を考えざるを得ず、復讐されないために「無条件降伏」を求めたり、「国家社会体制そのものの変換」を図る事になります。

連合国にとって、第二次大戦は「悪の枢軸」に対する「正義」の戦争であり、劣等民族(サル)に対しては大量殺戮兵器の原爆も使用OKだったこともあり(南北戦争に原爆が使えたとしても使用しなかったでしょう)、枢軸国側には無条件降伏と社会体制(価値観)の変換が強制されました。その後のアジア・アフリカ各地で起こった植民地独立戦争は、支配者にとっては(1)、被支配者にとっては(1)+(2)が戦争の動機であり、どう考えても(1)+(2)の動機を持つ方が勝者となります。

 

III.  SNSやネットの功罪

情報伝達の手段が大手メディアのテレビ・ラジオ、新聞・雑誌、映画のみであった時代は、それらをプロパガンダとして駆使することで大衆に(2)の内容で洗脳し、戦争を納得させる事は可能でした。しかし多くの一般市民がSNSやネットで情報発信できる時代になると、大手メディアで(2)の内容をいくら発信・洗脳を試みてもカウンター情報をネットなどで発信されてしまうことで簡単に大衆が騙されなくなりました。逆にSNSなどを使いこなすと、政府体制が困る内容の潮流を大衆側から作り出す「・・革命」の様な社会変革も可能になりました。そこで体制側は都合が悪い情報を「禁止・BAN」するという技法を中国やロシアだけでなく、何故か自由を売り物にする西側諸国でも汎用するようになってしまったのが現在の姿です。

現在「排除」されているネット情報は全て体制側が大衆洗脳するプロパガンダには都合が悪い情報であるという解りやすい構図が見て取れます。その情報が真実かどうかは別として、「排除されている情報」は体制側が大衆に(2)の情報を植え付ける上で「都合が悪い」という事だけは紛れもない事実なのです。

 

IV.  真実は隠しきれない

哲学者カール・ポパーの論文を持ち出すまでもなく、真実を追求する科学(サイエンス)は反証可能性が保証されることで成り立ちます。ある命題が正しいかは、様々な異論反論が自由に出され、公開の場で討議され、論理的に正しいと認められて初めて科学的真実に到達します。一度結論が出てもそれは絶対的真実ではなく、いつでも反論される自由が認められているのが「科学的真実」です。それは理系のみでなく社会科学においても同じです。

種々の証拠から「テロ組織」と断定されたものが、何の説明もなく突然「テロ組織ではない」と認定されることなど本来あり得ません。議論を排除した段階でその命題は「科学的真実ではなく単なる教義・政治的主張」と宣言した事と同義です。秘密警察がはびこる専制国家においても、人のうわさや心の中まで規制することは不可能であった以上に、現在はBANや制限をかけてもネットやSNSで真実は拡散します。一時的に規制し洗脳することは可能でしょうが、無数の人が情報発信可能な時代、いつか真実は明らかになります。情報を制限したり、意図的に嘘を広めようとした人や組織はいずれ暴かれて裁きを受ける時が来るでしょう。

米国国土安全保障省委員会がブリンケン国務長官に2021年に提出した国内テロに関わる可能性がある白人至上主義グループ

 

ウクライナ戦争においての「虐殺」、どちらが(2)の要素が大きいのかで犯人は明らかと考えます。またこれから起こる殺戮も(2)の選民思想を持っているのはどの団体かを考えればあまりにも明らかです。米国一極資本主義を推し進める動機は(1)ですが、ウクライナの反ロシア思想(ウクライナ選民思想)という(2)を利用して2014年マイダンのクーデター、ドンバスの親ロシア地区への弾圧、NATO加盟、戦争を可能にするための米軍を使ったアゾフウクライナ軍への訓練と武器供与と着々と戦争を成り立たせる条件を整えてきたのはオバマ-バイデン政権に他なりません。そして戦争の相手となるロシアが戦端を開いた事で戦争が開始されました。動機+相手+能力が揃って戦争が始まったのですが、「ロシアが負けるまで戦争は終わらない」とバイデン大統領やショルツ氏が明言している様に「出口」はウクライナの国民は決められず、(2)の動機と武器だけ与えられて「戦争させられている」のが現在のウクライナの姿です。「もっと武器を」と唱える人達は、私は悪魔にしか見えません。

ロシアを勝たせる訳にはゆかないと断言するショルツ首相 ウクライナ軍内アゾフ大隊へのNATO米軍の訓練についてGeorge Washington大でまとめたレポート

コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする