名古屋大学で開かれた行動経済学会第3回大会に参加した。この学会の会員ではないが,「マーケティング・消費者行動」の特別セッションを開くということで,お声がけいただいた。名古屋大学は「名古屋大学」という駅を出たところにある。ただし,そこは大学のど真ん中で,プログラムの地図を見ても,どちらの方角に進めばいいかわからない(やはりジャイロ付きの iPhone 3GS がほしい・・・)。案の定,大幅に遠回りして会場にたどり着いた。
最初に「実証行動経済学」というセッションを聴講。 代理変数の設定の仕方など,マーケティング研究から見ると大胆だなと思える面がある一方,変数の「内生性」を非常に気にするのが経済学らしいと思う。経済学らしくないが(だからこそ?)個人的に興味深かったのが,「カレンダーマーキング法」と名付けられた主観的幸福度の測定に関する報告だ。その日感じた幸福度を,寝る前に日記のカレンダーに○△×を付けさせることで記録させる。
その後測った幸福度との相関では,○が幸福度と相関するのは期待通りとして,×ではなく△が負の相関を示す。また,カレンダーマーキングをすることが幸福度に有意な影響を与えることもなかった。これは,発表者の期待に反する結果であったようだが,ぼくにはこの測定方法の中立性を示すものとして,むしろ望ましい結果ではと思えた。今後,こうして測られた日々の幸福度が,本人の生活や環境の何に影響されたのかが研究されることに期待。
初日のメインイベントは,行動経済学の世界的権威 Loewenstein 教授の講演だ。 "Using Decision Errors to Help People" というタイトルが示すように,行動経済学が明らかにしてきた人間心理のバイアスを,望ましい行動を導くために利用することを提案する。たとえば,肥満を防ぐため,ファストフード店で各アイテムのカロリー情報を提示しても逆効果。低カロリーのアイテムをメニュー上のデフォルトとして提示して初めて,効果が生じる。
George Loewenstein 氏近著:
行動経済学は,経済学のアノマリーを指弾する異端の学問から,望ましい社会政策を実現するための確立された知識体系になった。ただ,今度はその知識の悪用を警戒される立場になったともいえる。この学会にともに参加した守口さんが,行動経済学をマーケティングに応用するのは「悪用」といわれるのかなと苦笑いしておられた。心理学者の竹村さんによれば,経済学とマーケティングは対極にあり,心理学はその中間かもしれないという。
夜は懇親会のあと,星野さん,守口さん,中川さんと「隣り駅」本山で飲む。
2日目は,「神経経済学」に関するチュートリアルを聴き,ついで年金問題と行動経済学に関するシンポジウムを聴いた。たまたまかもしれないが,ぼくの出たセッションは全体に質疑応答の時間が少ない。ぼく自身は何かを質問したりコメントするほど,そこで話されていることを理解できなかったが,会場に多数いるはずの論客にもっと出番が回るとよかった。彼らの議論を通じて,門外漢がああそういうことかという気づきを得る可能性がある。
昼食後は,いよいよ「マーケティング・消費者行動」の特別セッション。まず,星野さんが消費者選択モデルの既存研究を手短に概観したあと,潜在クラスを用いて補償型と非補償型の選択モデルを統合的に扱う研究を報告する。その結果は,属性の水準数が増すほど,非補償型ルールが選択されることを示すなど,Payne, Bettman & Johnson の予測を裏づける。認知科学的研究に最先端の計量的手法が適用される。さすがである。
Payne, Bettman & Johnson の記念碑的著作:
次いで,竹村さんが「ニューロマーケティング」の現状を一瞥したあと,背景効果の研究を報告された。これは,たとえばかき氷への選好が,背景に夏の光景が表示されているのと冬の光景が表示されているので大きく変わってしまうという現象だ。行動実験では効果は明白なのだが,fMRI で測定された脳活動では,集団レベルで明確な差異が見出せない。それに対する神経科学者の春野先生の指摘や,星野さんを交えた議論が面白かった。
最後はぼくが,新車の売上予測を消費者に行なわせた実験を報告。2001年に行なった実験で,長らくお蔵入りしていたが,今回潜在クラス・ロジットを適用して再分析した。ちょうどこの時間,行動ファイナンス(この学会の最大勢力?)の発表がなかったせいか,ファイナンス系の研究者が比較的多く参加し,貴重なコメントをいくつかいただいた。その1つは,予測の当たり外れだけでなく,どちらに外れたかも重要だというもの。
実際の株価予想とか予測市場における選挙予測について,個人レベルのデータを分析したらどうか,という提案もいただく。マーケティングの学会で得られるコメントと少し違い,新鮮である。そうしたデータが手に入ればぜひやってみたい。今回,行動ファイナンスあるいは行動経済学の研究者とそう多く話すことはできなかったが,伝統的な経済学より接点が多いのは確かだ。この学会に加入すべきかどうか,非常に悩んでいる。
いずれにしろ,学会に追われ続けた日々がようやく終了。あと大きなイベントは,イブの前日,筑波大で行なう集中講義だ。それ以外にも,これまで後回しにしてきたアレやコレや。
最初に「実証行動経済学」というセッションを聴講。 代理変数の設定の仕方など,マーケティング研究から見ると大胆だなと思える面がある一方,変数の「内生性」を非常に気にするのが経済学らしいと思う。経済学らしくないが(だからこそ?)個人的に興味深かったのが,「カレンダーマーキング法」と名付けられた主観的幸福度の測定に関する報告だ。その日感じた幸福度を,寝る前に日記のカレンダーに○△×を付けさせることで記録させる。
その後測った幸福度との相関では,○が幸福度と相関するのは期待通りとして,×ではなく△が負の相関を示す。また,カレンダーマーキングをすることが幸福度に有意な影響を与えることもなかった。これは,発表者の期待に反する結果であったようだが,ぼくにはこの測定方法の中立性を示すものとして,むしろ望ましい結果ではと思えた。今後,こうして測られた日々の幸福度が,本人の生活や環境の何に影響されたのかが研究されることに期待。
初日のメインイベントは,行動経済学の世界的権威 Loewenstein 教授の講演だ。 "Using Decision Errors to Help People" というタイトルが示すように,行動経済学が明らかにしてきた人間心理のバイアスを,望ましい行動を導くために利用することを提案する。たとえば,肥満を防ぐため,ファストフード店で各アイテムのカロリー情報を提示しても逆効果。低カロリーのアイテムをメニュー上のデフォルトとして提示して初めて,効果が生じる。
George Loewenstein 氏近著:
![]() | Exotic Preferences: Behavioral Economics and Human Motivation Oxford Univ Pr (Txt) このアイテムの詳細を見る |
行動経済学は,経済学のアノマリーを指弾する異端の学問から,望ましい社会政策を実現するための確立された知識体系になった。ただ,今度はその知識の悪用を警戒される立場になったともいえる。この学会にともに参加した守口さんが,行動経済学をマーケティングに応用するのは「悪用」といわれるのかなと苦笑いしておられた。心理学者の竹村さんによれば,経済学とマーケティングは対極にあり,心理学はその中間かもしれないという。
夜は懇親会のあと,星野さん,守口さん,中川さんと「隣り駅」本山で飲む。
2日目は,「神経経済学」に関するチュートリアルを聴き,ついで年金問題と行動経済学に関するシンポジウムを聴いた。たまたまかもしれないが,ぼくの出たセッションは全体に質疑応答の時間が少ない。ぼく自身は何かを質問したりコメントするほど,そこで話されていることを理解できなかったが,会場に多数いるはずの論客にもっと出番が回るとよかった。彼らの議論を通じて,門外漢がああそういうことかという気づきを得る可能性がある。
昼食後は,いよいよ「マーケティング・消費者行動」の特別セッション。まず,星野さんが消費者選択モデルの既存研究を手短に概観したあと,潜在クラスを用いて補償型と非補償型の選択モデルを統合的に扱う研究を報告する。その結果は,属性の水準数が増すほど,非補償型ルールが選択されることを示すなど,Payne, Bettman & Johnson の予測を裏づける。認知科学的研究に最先端の計量的手法が適用される。さすがである。
Payne, Bettman & Johnson の記念碑的著作:
![]() | The Adaptive Decision Maker Cambridge University Press このアイテムの詳細を見る |
次いで,竹村さんが「ニューロマーケティング」の現状を一瞥したあと,背景効果の研究を報告された。これは,たとえばかき氷への選好が,背景に夏の光景が表示されているのと冬の光景が表示されているので大きく変わってしまうという現象だ。行動実験では効果は明白なのだが,fMRI で測定された脳活動では,集団レベルで明確な差異が見出せない。それに対する神経科学者の春野先生の指摘や,星野さんを交えた議論が面白かった。
最後はぼくが,新車の売上予測を消費者に行なわせた実験を報告。2001年に行なった実験で,長らくお蔵入りしていたが,今回潜在クラス・ロジットを適用して再分析した。ちょうどこの時間,行動ファイナンス(この学会の最大勢力?)の発表がなかったせいか,ファイナンス系の研究者が比較的多く参加し,貴重なコメントをいくつかいただいた。その1つは,予測の当たり外れだけでなく,どちらに外れたかも重要だというもの。
実際の株価予想とか予測市場における選挙予測について,個人レベルのデータを分析したらどうか,という提案もいただく。マーケティングの学会で得られるコメントと少し違い,新鮮である。そうしたデータが手に入ればぜひやってみたい。今回,行動ファイナンスあるいは行動経済学の研究者とそう多く話すことはできなかったが,伝統的な経済学より接点が多いのは確かだ。この学会に加入すべきかどうか,非常に悩んでいる。
いずれにしろ,学会に追われ続けた日々がようやく終了。あと大きなイベントは,イブの前日,筑波大で行なう集中講義だ。それ以外にも,これまで後回しにしてきたアレやコレや。