Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

経済物理学2011@京都大学

2011-07-17 17:38:13 | Weblog
京都大学の基礎物理学研究所・湯川記念館で開かれた「経済物理学2011」に参加した。アンコナのESHIA/WEHIAでお会いした,東京大学の池田裕一先生のお勧めに従い,ポスター発表・・・のはずであったが,直前にキャンセルが出たため,口頭発表に移ることになった。

物理学者の研究会で発表するとは何を考えているのだと思われても不思議ではないが,ここ数年,何人かの経済物理学者との付き合いで,彼らのオープンさ,寛容さを感じていた。しかし,初日からいろいろな最先端の研究を聴いていると,さすがに場違いであることに気づき,不安が募った。

それでも厚かましくも発表したのは,現在の研究の隘路を突破するヒントがほしかったからだ。ぼくが発表したのは「顧客視点のロングテール」,つまりここ数年取り組んできたテーマの1つ,ロングテール・ビジネスモデルを顧客のジップ分布と関連づけて評価しようという話である。

ロングテール・ビジネスを,テール(ニッチ)のアイテムの単純な利益貢献から論じるのは説得的ではない(最近の研究もそれを支持する)。しかし,さして儲からないニッチの品揃えが,顧客分布のヘッド(優良顧客)の維持に有効だとすれば話は変わる。それを実証するのが狙いである。

この研究に何人もの先生から貴重な示唆を得た。佐藤彰洋先生からは,顧客の嗜好の多様性を測るエントロピーを個人別でなく集計レベルで求めてはどうかとご助言いただいた。マーケティング・サイエンス的には個人に関心を向けがちだが,集合行動として現象を見るという視点は確かにある。

家富洋先生からはチャネルの制約が行動に影響している可能性,相馬亘先生からはリコメンの影響検出や業者購入がデータに反映されている可能性の指摘を受けた。どなたもふだん,マーケティング・データになじんでいないのに,瞬時にして問題点を把握する力に,いまさらながら感心した。

ということで,自分の研究にとって非常に実り多かったのだが,同時に様々な発表を聴講して,大きな刺激を受けたのも収穫であった。マーケティングと関連の深い石井,佐野,松本,新垣各氏の研究はもちろん,マクロからミクロ,あるいは気候の問題を含めた諸研究に触れることができた。

なかでも印象的だったのは,家富先生の労働生産性の分布を扱った研究で,コブ-ダグラス型生産関数の話から始まり,青木-吉川のモデルを通じて物理学(熱力学?)と結びつき,1つの経済のなかに有効需要が重要なケインズ領域とイノベーションが重要なシュンペータ領域があると論じる。

ぼく自身がどこまでこの議論を正確に理解しているかは非常に怪しいが(上述の要約もまた誤解している可能性がある),誰もが知る経済学の古典的研究を踏まえ,それらを統合して斬新な見方を提供するという血湧き肉躍る展開。物理学の基礎を学ぶ必要があると強く感じた一瞬でもあった。

そして,この研究会で最も興味深かったのは,全体の半分近くを,著名な実務家を招き,経済物理学の課題を模索するセッションに当てていたことだ。初日は一言でいえば,中小企業金融やそのリスク管理,学卒労働市場における「不均衡」が取り上げられていた。いずれも根の深い問題だ。

2日目は「公益資本主義」を唱える投資家の原丈人氏,高名なマクロ経済学者の吉川洋氏による講演と両氏を囲む討論があった。リーマンショックを招いたとされる「強欲な」資本主義,経済物理学としてはそのメカニズムを解明するだけでなく,次の仕組みの提案を目指しているのかもしれない。

貧しい途上国を,エネルギー消費量を先進国並みにするのとは違う方向で豊かにすることが日本の使命だと語る原氏の講演は,非常に熱いものだった。公益資本主義にはまだきちんとした理論がない,それを経済物理学に期待したい,という期待が表明されていた。それはぼくも大いに期待したい。

一方,正統的な経済学を代表する立場である吉川氏は,経済学には実はさまざまな流れがあり,株主資本主義を過度に支持するような流れがずっと主流であったわけではないと指摘された。経済物理学にしろ,行動経済学や進化経済学にしろ,経済学が多様性を取り戻す契機になるかどうか。

■会場で展示されていた書籍:

株価の経済物理学
増川純一, 水野貴之, 村井浄信, 尹煕元
培風館

経済物理学
青山秀明, 家富洋, 池田裕一, 相馬亘, 藤原 義久
共立出版

50のキーワードで読み解く 経済学教室
青木正直, 有賀裕二, 吉川洋, 青山秀明
東京図書

今回,個人的に大きかったのは,不確実性の経済学の研究で有名な酒井泰弘先生に数十年ぶりにお会いできたことだ。稚拙な卒論にご助言いただいた恩師の一人だが,本来は数理経済学の主流を歩んで来られた方である。その酒井先生もまた,経済物理学は大きな衝撃を与えると語っておられた。

■酒井先生の近著(まだ未読・・・):

リスクの経済思想
(滋賀大学リスク研究センター叢書)
酒井泰弘
ミネルヴァ書房

ぼくが厳密な意味での経済物理学に貢献することは能力的にもあり得ないが,学べることは学んでいきたいし,ささやかながらインタラクションが続けられればと思う。酒井先生にいわせれば,数学が苦手でなければ物理学は理解できるとのこと。その前提は,ぼくの場合かなり怪しいが・・・。