Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

2015年の新年を迎えて

2015-01-03 18:10:04 | Weblog
ここ数年、自分の研究の方向性についてつらつらと考えていることをキーワードにしてみた。それは Aesthetics, Blindness, Complexity, Diffusion, Enthusiasm のABCDE5文字に集約される(その順序には意味がない)。今年はこの ABCDE という5文字を何度も唱えていきたい。

Aesthetics ... ファッション、アートからクルマやデジタル機器まで、「美意識」が選択に強く関与する財は少なくない。高付加価値という点で、マクロ的にも重要だ。消費者研究の分野でもデザインの効果は研究されており、快楽消費まで範囲を広げると、先行研究は多数ある。

1つのアプローチは、美しいとされる対象にどういう特性があるのか、そのとき人間にどういう反応が起きているのかを調べることだ。もう1つは、美意識は社会的に形成・維持されるとみなし、そのメカニズムを明らかにするアプローチだ。当面は、後者のアプローチを追求したい。

消費の美意識は、ある種の社会階層(あるいは集団)への帰属と個人的ネットワークに関連すると考え、クリエイティブ・クラスの議論なども視野に入れつつ、質問紙調査を行う予定。昨年から始まった、ストリートファッションに関する共同研究も、それと連動しながら進めていく。

Blindness ... choice blindness(選択盲)の実験など、消費の意思決定はしばしば無意識に行われ、表明された理由は事後的に(無意識に)作られたことを示す研究は多い。bounded rationality という以上に「非合理」な意思決定には、blindness ということばが相応しい。

システム1とシステム2の二分法のように、無意識と意識、理性と感情に対応するモジュールを仮定する枠組みが有力になっている。その調整メカニズムや生成基盤をうまく説明できるモデルを構築できないか、昨年から然るべき方と議論している。今年は、具体的な一歩を踏み出す。

ある種の blindness は、イデオロギーによる意思決定の単純化という形でも現れるだろう。昨年来携わっている、政策・政治に関するパネル調査から、そのことを示したいと思う。その正否が最終的にわかるのは約1年後だが、まずは3月の進化経済学会で報告予定(予稿は1月中!)。

Complexity ... 自分が関わる多くの研究で、方法論的には複雑系科学がコアになる。消費行動のエージェントベース・モデリング (ABM) に関するモノグラフの執筆が、今年(及び来年の)最重要タスクである。そこでは既存研究のレビューと自身の研究が車の両輪になる。

金融サービスに関する ABM の研究は、7月にサンディエゴで開かれるサービス・サイエンスの学会での発表が当面の目標となる。データを複合的に用いて、金融機関と顧客、顧客と従業員、顧客どうしの相互作用をシミュレーションし、各主体の利得への潜在的インパクトを評価する。

複雑系的手法は ABM に限られるわけではない。やはり昨年来進めてきたプロジェクトでは、大規模なマーケティング・データが、経済物理学で開発された手法で料理される。モデル・フリーな分析を通じて、諸変数の一見混沌とした関係から何が見出せるか、楽しみである。

Diffusion ... ABM がマーケティングで最も応用されてきたのは、新製品の普及モデルの分野である。上述のモノグラフでも、それは中心的な章となる。しかし、それらは Bass モデルが持つ問題を継承している。それを解決するための糸口を探ることも、今後数年間の課題だ。

普及と非常に密接に関連するのが、クチコミあるいは情報伝播に関する研究である。火急の課題が、ここ数年行ってきた Twitter における影響力の測定—インフルエンサー識別の研究を論文にすることだ。ただしその前に、異なるクチコミ戦略の効果をシミュレーションする課題が残る。

Enthusiasm ... そして「熱狂」の研究。熱狂こそ、ブランドパワーを示す究極の指標だ。これを、プロ野球ファン調査に基づき解明する。報告書を3月上旬に提出しなくてはならないので、当面、最も優先すべき課題(の1つ)になっている。まさに差し迫った危機である。

だが、報告書を提出して終わりではない。供給側要因にも注目し、選手の成績やチーム力の研究を進めたい。そのために、さまざまな分野の研究者とコラボを進めている。今年の秋にその成果を世に問うのが、発表のタイミングとしては最適だ(冬になれば野球への熱狂が低下する・・・)。

熱狂には、システム1とシステム2がともに関与する。熱狂は政治行動にも現れる。集団が共有する美意識と結びつくと、危険な側面を見せる。その意味で、熱狂は、ここに挙げた諸研究をつなぐ蝶番だ。熱狂に限らず、情動をモデル化する研究に熱狂する。それが今年の目標だ。