Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

物語るセールスマン

2013-03-08 08:32:48 | Weblog
ドラッカーの「マーケティングとは販売をなくすことだ」という有名な定義がありつつも,その理想に到達する以前の現実において,セールスパーソン=営業の役割は非常に重要である。しかし,その力が何に基づくのか,自分の知る限り,まだはっきりしていない。

田村直樹・著『セールスインタラクション』はこの問題にユニークな観点から斬り込む。本書の前半では,生保の営業に対する質問紙調査が分析されオーソドックスだが,後半ではエスノメソドロジーという,社会学における質的研究の方法を用いた研究が展開される。

セールスインタラクション
(碩学叢書)
田村直樹
碩学舎

エスノメソドロジーはエスノグラフィーと似ているが,実は全く違うものだという。エスノグラフィー(民族誌)は行動観察を行い,それを通じて対象の潜在的な問題を発見する。近年マーケティングやデザインのための調査手法として注目され,活用されてもいる。

では,エスノメソドロジーとは何か? 本書ではその解説のために一章が捧げられている。それによれば,エスノグラフィーが文化人類学の研究達成物であるのに対して,エスノメソドロジーはそれ自体が学問分野で,その研究達成物をメソドグラフィーと呼ぶという。

こうした方法論を用いた研究を通じ,著者は優れたセールスパーソンによる対話は物語の共有だと主張する。したがって,本書の終わりあたりでは,グレマスの物語論に依拠した分析も登場する。なかなか難しい議論が続くが,興味深くかつ実り多い方向性だと思う。

セールスマンが紡ぎ出す「夢物語」にまんまと乗せられて大損した経験が何度かあるぼくとしては,「物語セールス」の魔力からどうやったら逃れられるかにも関心がある。マーケティング研究者としては変かもしれないが,そういう観点から本書を読むのも面白い。

ところで「碩学叢書」というのがあるのを初めて知った。