Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

デフレの真の原因は何か?

2013-01-30 08:49:11 | Weblog
安倍政権が打ち出した徹底した金融緩和と積極的な財政出動という経済政策に,世論はおおむね好感しているようだ。しかし,経済学者や経済アナリストの間では賛否両論あり,非専門家には,どのように評価していいのかわかりにくい状況にある。そんななか,本書が出版された。

デフレーション―日本の慢性病
吉川洋
日本経済新聞出版社

著者の吉川洋氏はまず,1990年代に始まった日本のデフレーションを,統計や当時の政府の会議の記録などを通じてレビューする。さらに19世紀の英国など,デフレの歴史を振り返る。そして経済学で長い歴史を持つ,貨幣数量説によるデフレの説明に疑問を投げかける。

特に現在のようなゼロ金利下で貨幣量を増加させようとすることが功を奏するかどうか。そうした主張の有力な理論的基礎になっているクルーグマンのモデルも批判される。「将来」のインフレ期待が高まればデフレから脱却できるとはいうものの,その根拠が薄弱だとされる。

吉川氏は,デフレは経済的停滞の原因ではなく,結果であると述べる。日本経済が成長しない原因として指摘されるのが,名目賃金の長期的な低落とプロダクト・イノベーションの停滞だ。前者は大企業において賃金より雇用が優先された結果である。それが他部門へも波及した。

平均的な勤労者の所得低下による消費の低迷や画期的な新製品・新技術の枯渇は,マーケターにとっても重要な問題だ。こうした問題を解決する政策について,本書は特に言及していない。政府が簡単にコントロールできそうにない問題であり,その意味では先行きは明るくない。

しかし,アベノミクスに関する楽観的な論調がマスコミに広がっているのを見ると,実体的な根拠がないにも関わらず,「期待」が経済を活発化させることがあり得るかもしれない,と思ったりもする。それは合理的期待というよりは,ムードという「非合理的」要因なわけだが・・・。

本書に対して,リフレ派の立場からは批判もあり得るだろう。そちらもぜひ読んでみたいが,本書から多くのことを学んだことは確かである。賃金に関して行動経済学的な議論が引用されたり,著者自身が行っている経済物理学的な研究について言及されている点も興味深かった。

一方,残念なことは,巻末の参考文献が完全でなかったり,明白な誤植があったり,といかにも緊急出版された雰囲気があることだ。出版社としては,現下の情勢を鑑みて一刻も早く出版させる必要があると判断したのだろう。ウェブ上のコンパニオンページで補完されればうれしい。