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Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

消費者研究の破壊的イノベーション

2013-01-10 11:55:07 | Weblog
下條信輔氏とタナカノリユキ氏,それぞれ世界レベルで活躍する神経認知科学者とアートディレクターである。このお二方の対談をまとめた『サバイバル・マインド』は,あまりに思索を刺激する内容に富んでいて,読了するのに予想外の時間がかかってしまった。

この対談の組み合わせ自体から,マーケティング研究者にとって見逃せないことがわかる。タナカ氏はCM制作でも実績がある方だし,下條氏はニューロマーケティングでの共同研究もなさっている。対談で消費者行動に焦点を当ててはないが,あまりに関連する話題が多い。

脳科学・神経科学は,人間の意思は基本的に潜在過程で決定され,意識はそれを事後的に正当化するにすぎないことを手を変え品を変えて証明してきた。これを真摯に受けとめれば,マーケティングや消費者行動の研究は破壊的イノベーションを免れることはできないだろう。

しかし,お二人の対談は,潜在意識こそすべてだという「単純な」話では終わらない。稀ではあるがプラセボ(擬薬)効果のように「心が脳に影響を与える」現象がある。そこにさらに他者が介在することで,潜在過程と顕在過程が無限ループする可能性が指摘される。

サバイバル・マインド: 見失われた未来へ
下條信輔×タナカノリユキ
筑摩書房

潜在過程での「意思決定」は,ミクロな決定が折り重なって生じる自己組織化現象だという示唆も刺激的だ。集合知・群知能も同様に説明できる・・・となると,まさに「複雑系」の世界である。「来歴」ということばが繰り返し登場するが,これは経路依存性という概念を想起させる。

自分にとって究極の研究テーマは「選好・嗜好の形成メカニズムの解明」である。本書から得たインサイトはその1つの出発点となるだろう。もう1つ,本書の最後に取り上げられるクリエイティビティの問題にも大変興味がある。この箇所は特に奥が深く,簡単には読み通せない。

本書を読み進むにつれ,いま自分が抱えている研究課題と共鳴が起き,考え始めて先に進めなくなる。他の人にとっても,別の箇所で同じ経験をするに違いない。消費者行動の研究に閉塞を感じ,そこを突破したいと考える研究者や実務家に,強く一読をお奨めしたい。