Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

商業学会@熊本学園大学

2011-06-01 09:03:14 | Weblog
5月28~29日に,熊本学園大学で開かれた日本商業学会の全国研究大会に参加した。おそらく10数年ぶりに訪れた熊本は,台風のおかげで雨に祟られはしたものの,大きなアーケードに商店街のある中心街の移動はさして困らなかった。おかげで馬刺や熊本ラーメンも楽しむことができた。

今回参加した主目的は,生稲史彦さん(筑波大学)との共同研究「消費者インサイトをいかに獲得するか~あるクリエイティブ・エージェンシーの取材に基づく考察~」を発表することである。日曜最後の枠のせいか聴講者は少なかったが,何人かの方から質問,コメント,励ましをいただいた。

この研究は,世界的に著名なクリエイティブ・エージェンシーである W+K 社のクリエイティブ/プランナーの方々から,インサイト獲得の方法論や人的ネットワークの影響を取材したもの。ぼくとしては,事実上初めて挑む事例研究だが,突っ込みもまとめもまだまだであることは深く自覚している。

事例研究の難しさの1つは,少数例からどこまで「一般性」を引き出せるかにある。良心的な研究者ほど事例の個別性を尊重し,一般化には慎重だと考えられる。しかし,事実だけを延々と連ねたような発表は面白くない。われわれの研究も現状では「大きな絵」を描くにはいたっていない。

商業学会は4~5トラックが同時に走る。今回,ぼくが聴いた報告のなかで特に刺激を受けたのは,松井剛先生(一橋大学)「言語とマーケティングの相互作用を通じたリアリティの形成:構造的二重性に着目して」と小野譲司先生(青山学院大学)「顧客感動(Customer Delight)の研究」だ。

この2つに共通するのが,ことばの問題を取り上げている点だ。松井さんは集合現象としてのことばの意味に注目する。たとえば「雑貨」「癒し」といったことばの意味の変化が,共起語の分析などにより示唆される。松井さんはさらに,そこにマーケティングが介在している可能性を指摘する。

だが,マーケティングが集合現象としてのことばを完全支配できるわけではない。そこで,社会学における「構造的二重性」という概念が紹介される。ことばが没個性化し,自明視されるプロセスを普及の説明要因としようとする試みだと理解したが,その内実は難解で,ぼくには付いて行けなかった。

小野さんは,サービス・マーケティングの重要な研究課題の1つである顧客感動(Customer Delight)を取り上げる。それは強いポジティブな感情であるが,それを生理反応として計測する以上に,感動体験の記憶を調査して分析することの意義を説く。ここでも,ことばの役割が重要になる。

そうしたことばを収集するため,小野さんは,電通リサーチとカーディラーに対するサービス体験を調査した。得られた感動体験の自由回答を整理し因子分析にかけると,「感銘」と「歓喜」の2因子が見いだされた。それぞれ顧客満足,ロイヤルティ,推奨などの成果変数に異なる影響を与えるという。

この分析に先立ち行われた,サービス・マーケティングと感情心理学の研究動向に関するサーベイも非常に勉強になった。いうまでもなく,感情の役割は消費者行動研究においてますます重要になりつつある。小野さんの研究は近々論文として発表されるようなので,それを楽しみにしたい。

同じ時間帯に発表されていた廣田章光先生(近畿大学)の「『エクストリーム・ユーザー』発見枠組みとリード・ユーザー」を聴くことができなかったのが残念である。製品開発の先端動向に事例研究で迫る廣田先生の研究は,ぼくが商業学会に出る楽しみの1つであったのだが・・・。

初日に行われた「製造業再生とマーケティング理論」に関するシンポジウムは時宜を得た企画であった。MOTやグローバル・マーケティングの専門家である,伊藤宗彦,大石芳裕,黄磷の各先生によるセッションは,狭義のマーケティングの範囲を超えた議論が行われて興味深かった。

若い研究者たちとの交流を含め,なかなか楽しい時間を過ごした。今週末は盛岡で人工知能学会,6月下旬にはイタリアはアンコーナで WEHIA/ESHIA,そして7月に入るとDM学会がある。タイトな時期が続く。