Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

歴史は「べき乗則」で動く

2011-04-08 21:19:19 | Weblog
この本は,今年わがゼミに入る新2年生の課題図書の1冊である。選定したときは文系学生に「複雑系」を学んでもらおうという思惑であったが,その後驚愕すべき大震災が発生し,「安全なはず」の原発に深刻な事故が起きた。結果的に,いま起きていることを理解する重要なテキストになった。

歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学
(ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)
マーク・ブキャナン
早川書房

本書はまず地震の話から始まる。地震の規模別頻度分布はベキ分布に従うことが知られている。ということは,平均も分散も意味を持たないということだ。したがって,一定の精度のもとでの予測を行うこともできない。今回太平洋岸で起きたような「想定外」の津波も,無視し得ない確率で起きるのである。
日本の地震の規模分布については,慶應大学の井庭崇先生のブログに分析結果が示されている。
このようなベキ則は,自然現象(あるいは社会現象)として幅広く観察されてきた。そのメカニズムとして知られるのが「自己組織的な臨界状態」である。「臨界」ということばもまた,いま原子炉の事故を巡って耳にする機会が増えているが,それが制御されてではなく,自然に発生する現象を指している。

本書の後半では金融市場などの社会現象も扱われる。たとえば,スーパーやコンビニのアイテム別売上もベキ分布に従うが,それらもまた自己組織化臨界状態ということなのだろうか。それらの現象は,安定した秩序がカオスの世界に踏み込む直前にあると捉えられるのかが,まだピンとこない。

山火事の話も出てくる。そこで思い出すのは,クチコミでのインフルエンサーの重要性を否定するのにワッツが使った山火事の喩えだ。つまり,誰がマッチを擦ったかでなく,そのとき森がどういう状態にあったが山火事の規模を決める上で重要だと。これは,本書で展開される物理学的な見方と近い。

ただ,山火事の規模はベキ分布に従うことが知られている。このことをワッツはどう考えるだろう?さらに,山林は格子状のネットワークで扱えるが,クチコミはしばしばハブの存在するネットワークに流れるのではないか?山火事の喩えはある意味で秀逸だが,別の意味では無理があるように思える。

本書のメッセージは「世界は見た目より単純だ。そして、何かを理解するときには,細部はほぼ重要ではないのだ」(p.124)ということばに集約される。地震の規模分布がベキ分布になることは明らかだが,いつどこでどれぐらいの地震が起きるかは予測しようとしても無駄だということだ。

クチコミの話に戻せば,たまに巨大な広がりを持つ情報が現れるが,どれがいつそうなるかは分からない。さらにいえば,場合によっては影響力が非常に大きなインフルエンサーが現れることがあるが,いつ誰がそうなるかは分からないし,その地位がいつまで続くかも分からない,ことになる。

では,社会現象を研究するときに本当に「細部はほぼ重要ではない」と考えてよいのかどうか。著者は「臨界状態にある物事に関して,その本質的な組織構造を理解するときには」(p.141)という断りを入れている。にしても,社会科学者にとって簡単に首肯するわけにはいかない主張であろう。

それについてのぼくの考えは日和見的で,ずるいといえばずるい。つまり,抽象的なモデルを構築する際には,エージェントは(少なくとも初期状態では)対称的に設定し,細かい差異は与えないようにする。しかし,実際の現象を対象とする実証分析では,細部に宿った脈絡を重視する。

なぜそれらが両立するのかについて,もやもやしたイメージはあるが(幻想かもしれない),まだ明確な言葉にはなっていない。いずれにしろ,物理学の博士号を持つ著者の主張は一つの立場として興味深く,他の著作も読んでみたいと思う(実は既に購入済みなのではあるが・・・)。

人は原子、世界は物理法則で動く―社会物理学で読み解く人間行動
マーク・ブキャナン
白揚社


複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線
マーク・ブキャナン
草思社