壽初春大歌舞伎夜の部の双璧のもうひとつ「車引」の感想。私は歌舞伎座さよなら公演のリクエスト投票に「菅原伝授手習鑑」の通し上演と書いた。御名残三月大歌舞伎の三部興行で各部飛び飛びにだが、「菅原伝授手習鑑」のうち「加茂堤」「筆法伝授」「道明寺」の上演が決まっている。隔月ではあるが今回の「車引」も含めて、まぁ希望が実現したというでよしということにしよう。
これまで書いた「車引」の感想は以下の通り。
2005年5月の海老蔵×勘太郎×七之助
2006年9月の染五郎×松緑×亀治郎
【菅原伝授手習鑑 車引(くるまびき)】
今回の配役は以下の通り。
桜丸=芝翫 梅王丸=吉右衛門
杉王丸=錦之助 金棒引藤内=錦吾
松王丸=幸四郎 藤原時平=富十郎
芝翫の桜丸が予想以上によかった。三卵性の三つ子ということで外見も違うということで、一番小柄でおとなしそうな桜丸。むきみの隈も似合って斎世親王の舎人として苅屋姫との恋のとりもちをしたことが菅丞相流罪の原因になり、責めを負って自害する覚悟を切々と語る台詞がここまで胸に迫ったのは初めてだった。
並ぶ吉右衛門の梅王丸が実に大きくて立派。芝翫と吉右衛門の台詞のやりとりだけで「菅原伝授~」の世界にすっかり入っていってしまった。吉右衛門の全身に力が満ち満ちた梅王丸の若々しさ大きさに圧倒される。今最高の梅王丸だと思う。
藤原時平の社参のところを襲おうと駆けつけた二人を止める、時平の舎人杉王丸が錦之助という配役にも大顔合わせの舞台だからと納得。幸四郎の松王丸もなかなか立派だった。
芝翫×幸四郎×吉右衛門と並んでの見得も実に眼福。梅王丸、松王丸の兄弟の順番が人形浄瑠璃と歌舞伎では入れ替わってしまっているが、原作は梅王が長男。3人揃った時に梅王の刀が3本で松王が2本というのはその名残かもしれないと推測。今回は梅王の方が大きく見えた座組みだが、別にそれでもかまわないだろう。
ところが牛車の中から現れた富十郎の藤原時平の素晴らしさでノックアウトされた。通常の公家悪の藍隈ではなく、富十郎の顔がしっかりわかる白塗りに両端に向けて鋭くつり上がった眉の下の大きな目で眼光鋭くねめつける。朗々と響く声とともに物凄い悪のパワーを感じさせる、袖を巻き上げて身体中で梅王丸と桜丸を射すくめると二人の力が抜けてしまうのも全く無理を感じさせない。「仮名手本忠臣蔵」での高師直も素晴らしかったが、この時平もしっかり目に焼きついてしまった。
観終わったあとに思わず「すっげぇ」と口をついて出るほどの「車引」。さよなら公演にふさわしい大舞台を観た満足感でいっぱいになった。
写真は歌舞伎座前の絵看板の「車引」。終演後に携帯で撮影していたら、千穐楽だけに来月の看板との架け替え作業が始まってしまった。タイトル部分のパーツから替えていくので絵と一致しないタイトルが並んでいるという滅多に見られない場面にも遭遇(^^ゞ
1/26千穐楽夜の部(1)雀右衛門不在の「春の寿」
1/26千穐楽夜の部(2)勘三郎の「京鹿子娘道成寺」
1/26千穐楽夜の部(3)染五郎×福助の「切られ与三」