光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

秋のベニシジミ、チョウで紅葉。

2013-10-31 13:58:09 | 虫、その他
  お天気、穏やか。

  今日は移動性の高気圧に覆われている。

  移動性ね、なんだか引っかかるが、大陸の高気圧もしばし温められて、それで

  ポッとなるのだろうか。

  これに覆われると、列島の国は穏やかに晴れ渡る。

  こうゆう日が続いて、たまに寒いときや雨の日があれば、と思うが、それは

  今日がやっぱり穏やかだからで、お日様が出ている。しかし穏やかだと

  不思議と山は見えない。


  目を大きく広げなくても、サザンカの花があちこちで、ほぼ満開というものもあって、

  いかに私は外を歩いていないか、どこにもいっていないかがよくわかる。

  それで、特にどこかへと出かける考えもなかったのだが、

  この少し暖かい日に、さほど減っていないだろう、灯油ヒータに油を追加し、

  さらにこのごろやっていない、普段自分が常駐していない部屋の掃除など

  やっていると、不思議とこの調子だと天気もいいし、外に出ることになるかも

  知れないと思うから不思議だ。


  それでもいつひっくり返って頭でも打ってとなるかも知れない、という恐怖は必ず

  あるもので、もっともヒヤッとするとかいやな動悸がしたことは何度もあるが、実際に

  こけたことはない。けつまずくくらいで済んでいる。


  かなりご高齢の方と思われるご婦人が、なんだか古い言い方だが、杖を付いて、身体を曲げて、

  しかも本当に前につんのめりながら歩いているのを最近見たが、特に恐怖感を感じているようには

  見えず、同時に誰かに助けを借りようとする気配もない。なかなかああゆう感じにはなれそうに

  ないな。

  もっとも、実際に、動けなくなってという方が、前方にいたことはある。そのときはどうしたか、

  さほどひどくはなかったようで、すぐに立ち直られたような記憶はある。声をかけただけで済んだ。

  あるいは、これはまだまだ若い中学生だったが、どうもハンドル操作を誤ってぶつかったらしく、

  車輪が曲がって、動きがとれない。そこに通りかかった私は仕方なしに、なんとか車輪だけでも

  回るようにしてあげたと思うが、それも今ごろふと思い出したものだから、それほど大仰な出来事

  でもなかったのだろう。多少、痛い思いをしたような気もするが。自転車の車輪がぐにゃっと

  曲がると、これは簡単には戻らない。

  また話が違うほうへと、書く必要もないほうへといきそうになって、ここは元に戻さないと。

  今も結構腰にきているので。


  信じられないことに、今ごろ、春に一度か二度あったが、ベニシジミの姿を見て、それを

  ファイルにおさめることが出来た。寒い冬が続くと、あれだけいたベニシジミも姿がなくなる。

  まったく見なくはないが、見て終わったという時間が長かった。

  チョウはセイタカアワダチソウの花の中にいたので、よく見つかったと思う。

  黄色い花の中に、ちょっと赤いでもものすごくは赤くはない、中くらいの大きさのベニシジミ。


  祈るようにして、さらに不安定な中腰の状態にならないといけなく、この苦痛に耐えられる

  時間は短いが、まー写っているだろうということで、これを撮った後は早歩きになって

  帰路を急いだ。



  その一。ときどきやっぱりピントが出ていないものがある。最近は外に出るときは一枚撮りしか
  やらない。それゆえ誤ピンの画像は少なかった。




  その二。手前にある草が邪魔である。これを手で押さえると逃げられる可能性がある。
  しかし、結果だがチョウは逃げるようなことはなかった。
  下へと移動する。




  その三。




  その四。朝の光はさほど強烈ではないが、よくはモニタでは見えない。




  その五。




  その六。よくピントが合ったものだと思う。中腰だと、疲れてくると手は時として揺れる。
  それから息を止めていたりも。バカみたい、苦しいはずだ。




  その七。クルリと回ったことがわかって、これも運がよかった。




  その八。このチョウの目玉が一番愛くるしい。




  その九。




  その十。




  その十一。一番この角度からの様子がいい、というところはまだわからなかったが、
  不安定だし、息してなかったし、もう時間もたっていたので、ここであっさりと
  諦めた。チョウのほうはまだまだゆっくりとセイタカアワダチソウの蜜を吸っていた。


  ベニシジミなんて、いくらでもいるし、というのは、たしかに私も経験したが、最も

  シジミチョウに興味を持ち初めて、まだ数年もたっていないはずで、考えてみると

  チョウがたくさんいるときに、そのチョウを見る機会があって、それが当たり前だと

  思っている節はある。

  まーチョウに出会ったというだけの話だけど、それでこれだけ幸福感を味わえるというのは、

  安くはつくが、しかしなかなかこの機会はありそうにはない。


  蓼食う虫も好きずきっていうのかな、違うかなー。



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