高英煥氏著『平壌25時』( 徳間書店刊 ) を、読み終えた。
著者は、平成3年に韓国へ亡命した北朝鮮外交官である。「金王朝の内幕」の副題の通り、北朝鮮の内情が詳しく書かれている。
一年ほど前図書館で、ユン・チアン氏の著書、『マオ誰も知らなかった毛沢東』を、上下二冊借りたことがあった。毛沢東の私生活が、これでもかと暴かれていた。知らないことが沢山書かれ、大半は事実だと思ったが、ユン氏の暴露趣味に嫌悪を覚え、上巻の一部を読んだだけで返却した記憶がある。
これもそうした本かも知れないと思いながら手にしたが、葛藤しつつ語る著者の誠実さに惹かれ、最後まで読み通した。
「金日成と金正日は、世界から最大の尊敬と欽慕を受けており、従ってこのお二人から領導を受ける人民ほど、幸福な人民はいない。」
予想した通り、北朝鮮ではこうした作りごとが、大真面目で国民に伝えられ、誰も疑問を挟むことができない仕組みだ。外の世界に触れる外交官である彼は、虚構の空しさを知っていても、国民に伝えるすべが無い。
北朝鮮は独善のへ理屈を国際社会へ発信し、日本にも他国にも奇怪な難癖をつけ、自らは傷つくことのない国だとばかり思っていたが、そうでないことを教えられた。
昭和63年の、ソウルオリンピックの開催に反対する金日成は、親しくしているアフリカ諸国から欠席の回答を得ようと、国の威信をかけ、自国の外交官を叱咤恫喝し、交渉にあたらせたと言う。
外交官たちは、ザンビア、ジンバブエ、マダガスカル、セーシェル、タンザニア、ウガンダ、モザンビーク、中央アフリカ共和国、ブルガリア等の国家元首に対し、金日成の要望を伝えるが、マダガスカルと、セーシェルの二国だけしか同調しなかった。
欠席に同意したマダガスカルは、代償として大量のセメントと米を要求してきた。
マダガスカルは過去に金日成に対し、国立競技場と大統領宮殿を、プレゼントしてもらいたいとねだり、外交官たちが厳しい国家財政の中でやりくり算段し、叶えてやった経緯があったそうだ。
だが国会議事堂を建設してもらった、中央アフリカ共和国も、軍事援助をしてもらったジンバブエも、北朝鮮の要望に応えなかった。
北朝鮮の高官や外交官たちは、これらの国々を、恩知らずで悪い奴らだと怒りを爆発させ、同時に、厳しい処罰が待つ自分のことを考え、暗く重い失望にくれる。アフリカには北朝鮮を上回る国があり、剥き出しのエゴを隠さず、北朝鮮を食い物にしていることを教えられた。
日本だけが翻弄されているのでなく、北朝鮮も弄ばれていると分かっただけでも、この本を読んだ価値がある。
ソ連の援助で建設された火力発電所なのに、ソ連の高官に説明する北朝鮮のガイドが、「首領様の指導で、わが国が自力で作った」と言い、激しい非難をソ連から受けたと言う話を読んで、この国の内情が改めて分かった。
無数の援助や指導を受けたにも拘らず、北朝鮮はソ連に何も感謝していないのだから、日本がこの国から貶されるだけと言う事実も、さもありなんと納得した。
ゴルバチョフと金日成は仲が悪く、金日成の独裁体制は、彼が非難してやまないものだったらしい。終戦後に日本から帰国した朝鮮人は、すべて日本のスパイとして扱われ、監視され隔離され、不幸な人生を送っていることなども、初めて知る事実だった。
著者の悲劇は、ソ連の崩壊から始まる。
「世界の多くの人びとが、憧れの的としていた偉大なロシアが、社会主義・共産主義の理念を放棄している。社会主義は、机上の楽園だったのだろうか。」
「無階級社会だといいながら、北朝鮮には厳然とした階級が、存在している。
内部告発の監視社会で、ふと心の内を洩らしたため、彼はたちまち政府上層部に睨まれることとなる。結果がどうなるのかを知る彼は、故国に妻と子を残したまま、懸命の工夫で亡命をした。
妻子や親たちを案じ、彼は今も夜ごとに号泣すると言う。これもまた、悲惨な人生だ。こうした非道な国を賛美する、わが国の左翼主義者たちの神経が、私には今もって理解できない。
ソ連崩壊の現実を目の当たりにし、自国の体制に疑問を抱いたこの北朝鮮外交官の、爪の垢でも煎じて飲むべきでないのか。