ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

禁煙

2012-07-02 09:35:39 | 徒然の記

 タバコを止めて、十数年になる。

 最近はなくなったが、旨い喫煙の夢を見て心を踊らせたり、覚めて落胆したり、ややこしい日々もあった。二十歳から五十過ぎまで、三十数年吸って来たのだから、無理もない話だ。

 吸い始めの二十代では、たとえ肺がんになっても止めないと、強い意気込みを周囲に語った、愚かしい記憶がある。この間、禁煙に挑戦すること20回以上。ことごとく失敗し、最後の頃になると、己の意思の弱さに、ほとほと愛想が尽きていた。

 今から、禁煙に成功した経緯を述べるのだが、人には参考にならないと断言できる。で、なんのためわざわざ書くかと言えば、自分の思い出を記録すると言う、物好きな理由からだ。

 派遣のおじさんとなった現在は、健康診断は自己責任だが、ちゃんとした正社員だった頃は、会社が、至れり尽くせり世話をやいてくれた。そんなある日、産業医に呼び出され診察室に行くと、信じられない話をされた。

 「この間のレントゲンの結果ですが、貴方は肺がんです。」

 癌の宣告は、本人の気持ちを勘案し、遠慮がちに、遠回しにされるものとばかり思っていたので、唖然とした。

 テレビのドラマでは、「奥さんと二人で明日にでも来てください」などと言い、気遣いを見せたりするのに、産業医はどこまでも事務的だった。

「でも、写真が小さいので、どこか大きな病院で大きな写真を撮って、それを持ってもう一度来て下さい。」

 私に何も言わせず、自分の言いたいことだけ喋り、彼は診察室を出て行った。会社の近くの大きな病院で、レントゲン撮影をしてもらうと、結果が出るまで一週間と言われた。

 「お父さん、どうかしたの。なにかこの頃元気がないね。」

 家内に言われても笑ってごまかすしかなく、子供たちがいるので、話す気になれなかった。なんでも正直に言う。家族に隠し事はしないと、公明正大に生きて来た自分にとって、思い出しても長い一週間だった。

 「やっぱり、大きな写真にして良かった。これは、肺炎が治った後の影ですね。」

「いつ肺炎になったのか、自覚症状は無かったんですか。」

 軽率な癌の宣告を詫びるでなく、誤診の弁明をするでも無く、私に責任があるかのような口吻の産業医は、前回同様、自分の思いだけを述べると椅子を離れた。


 この時の私は、医者のあしらいより、もっと大きな発見にびっくりした。

なんと一週間、私はタバコを吸うのを忘れていた。というより、タバコを手にする気をなくし、自販機に行くのさえ忘れていたのだ。たとえ癌になっても止めないと公言した、あの元気が、こんなに呆気なく消えるなど、予想もしないことだった。

 ということで、そのまま禁煙が現在に至っている。

 こんなにもぶしつけで、無神経な医者に、誰もが会えるはずがないのだから、私の経験は参考にならないと、何度でも自信を持って断言できる。
今もって断言できないことがあるとすれば、自分は果たして、この産業医に感謝すべきか、憤慨すべきなのか・・、そのことである。

コメント (4)
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