かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

青春歌謡、御三家の時代① 西郷輝彦、星空に消ゆ…

2022-08-11 03:04:22 | 歌/音楽
 *1964年の出来事

 1964(昭和39)年という年は、格別な年であった。
 戦後、高度の経済成長を成し続けていた日本は、この年開催される東洋初の東京でのオリンピックをバネにした経済成長のピークを迎えていた。
 東京オリンピックは成功裏に終え、それにあわせて稼働させた東海道新幹線、首都高速道路は、その後の社会の加速度化の原動力として不可欠の手段となる。
 米ソの冷戦が続く世界の状勢では、ベトナム戦争の端緒が切って落とされた。
 欧米で人気となっていたビートルズの、初めての日本版のレコードが発売された。
 日本の歌謡界では、橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦の御三家を中心とした青春歌謡が最盛期を迎えていた。

 *
 1964(昭和39)年4月、私は大学入学のため九州・佐賀から上京した。
 まずは部屋を探すことになるが、まかない(夕食)付きの下宿と決めて、大学の紹介で探した。当時は(今は知らないが)、学校でアパート・下宿、アルバイトなどを紹介していた。
 食事つきの下宿にしようと思ったのは、高校時代の日活映画の「赤い蕾と白い花」「泥だらけの純情」「青い山脈」など、石坂洋次郎の原作に負う影響である(「泥だらけの純情」は藤原審爾原作)。
 そこは、下宿を営む普通の家庭で、料理をまかなう家の女将(奥)さんは適当にさばけていて、その主人(亭主)は無口だが人のいいサラリーマンで、その家には年頃の娘(大学生か高校上学年生)がいる。その下宿屋の家族との屈託のない団らん、その家の年頃の娘との喧嘩を交えた淡い交流……。
 「そんな考えは不潔だと思うわ…」と、吉永小百合か和泉雅子風の娘は言う。「そうかなあ…」と、私はうつむきがてらに反論するようにつぶやく。
 私の妄想は果てしない。

 大学の紹介で、豊島園駅(高田馬場から西武線)近くの、まかない付き下宿を決めた。部屋は、当時の学生の平均的部屋住まいである4畳半一間である。
 そこは、2階建ての普通の新しい家で、1階に大家さん一家が住んでいて、2階に私を含め4部屋に、大学生(1人社会人)が下宿していた。
 大家の家族には、私の思った通り一人、娘がいた。それも、1学年下となる高校3年生であった。
 しかし、階下におかれた食膳を自分の部屋に持っていき一人で食べるシステムで、当然のことだが一家団らんを知ることもなく、大家のおばさんは楠侑子か渡辺美佐子風ではなく、箒に跨れば魔女みたいな雰囲気の、不愛想な人だった。娘もその影響か、細面の美人顔ではあったが愛嬌がなく、話すこともなかった。言っておくが、彼女が話さなかったのは私とだけではなく、下宿している誰とでもであった。

 お互いの顔も覚えたまだ春の頃、外で彼女と偶然出会い、一度声を交わしたことがある。
 そのとき、彼女が「西郷輝彦が好きです」と言ったのを今でも覚えている。好きな歌手は誰ですか?とでも訊いたのだろうか。
 私はそのとき初めてその名前を聞いたのだが、またたく間にデビュー間もない西郷輝彦の名前と「君だけを」の歌が、ラジオからテレビからと流れるようになった。若い弾むような声に、ちょっぴり哀愁が潜んでいた。
 ※ちなみに、豊島園のまかない付き下宿は、食事(夕食)の門限が20時と早いのもあり、自由を知った私は、半年後にその下宿をやめて越したのだった。

 *西郷輝彦のデビューで、御三家が誕生!

 西郷輝彦。1947〈昭和22〉年、鹿児島県谷山町(現・鹿児島市)出身。
 1964(昭和39)年2月、「君だけを」(作詞:水島哲、作曲:北原じゅん)でクラウンよりデビュー。
 「チャペルに続く白い道」、「星空のあいつ」、4枚目のシングル「十七才のこの胸に」(以上いずれも作詞:水島哲、作曲:北原じゅん)およびデビュー曲「君だけを」の両曲で、その年の第6回日本レコード大賞新人賞を受賞。
 同年「十七才のこの胸に」(監督:鷹森立一、西郷輝彦、本間千代子、東映)で映画デビューし、スター歌手の地位を不動のものとした。
 先にスター歌手として活動していた橋幸夫、舟木一夫とともに、のちに歌謡界の「御三家」と呼ばれる。

 西郷輝彦は、翌1965年に浜口庫之助作詞・作曲によるリズムカルな「星娘」、それに続く「星のフラメンコ」「願い星、叶え星」と星の3部作をヒットさせる。
 他に「星空のあいつ」や「星と俺とできめたんだ」など、思えば、星の似合う歌手だった。
 その間、「涙になりたい」(作詞:杉本好美、作曲:北原じゅん)、「僕だけの君」(作詞:星野哲郎、作曲:北原じゅん)、「初恋によろしく」(作詞:星野哲郎、作曲:米山正夫)と、甘く切ない青春を歌った。
 1967年の「潮風が吹きぬける町」(作詞:奥野椰子夫、作曲:米山正夫)は抒情的な曲で、個人的には好きな曲だ。
 このあと、ロック調の激しさのある曲に路線を変えたように思う。

 西郷輝彦は、我修院建吾、銀川晶子、五代けんなどの名で、作詞、作曲をするなど、多才さを発揮した。
 しかし、1973年の「どてらい男(ヤツ)」以降、ドラマに重点を置き、歌から遠ざかったのは個人的には残念な思いであった。私は、西郷輝彦の歌が好きだった。

 今年、2022年2月20日逝去。享年75。
 青春歌謡、御三家の一角が消えた。

 *青春歌謡のトップランナー、橋幸夫

 橋幸夫。1943(昭和18)年、東京都荒川区出身。
 1960(昭和35)年、17歳の時、「潮来笠」(作詞:佐伯孝夫、作曲:吉田正)でビクターからデビュー。
 青春歌謡の全盛期を築いた御三家の先頭ランナーであるが、デビュー曲は演歌である。
 とはいえ、デビュー盤のジャケットは、イラストで股旅姿が描かれてはいるが、橋は着物姿でなく背広姿であるのが、その後の彼を象徴している。歌いっぷりも若々しく、それまでの演歌、股旅調とは一線を画していた。
 そして、同曲で日本レコード大賞新人賞を受賞した。
 その後、「おけさ唄えば」や「南海の美少年」など、それなりのヒットをとばしていた橋幸夫が青春歌謡に踏み入れたのは、1962(昭和37)年1月の「江梨子」(作詞:佐伯孝夫、作曲:吉田正)からであろう。
 悲恋を歌ったこの曲で、それまでの着流しあるいは背広スタイルから一変して学生服で歌った。舟木一夫が「高校三年生」で学生服でデビューしたのが1963(昭和38)年6月であるから、1年半も早い。
 このとき同名の映画「江梨子」(監督:木村恵吾、橋幸夫、三条魔子、大映)も上映され、当時高校1年だった私は、街に貼られた詰襟姿の橋と三条魔子の寄り添う映画ポスターを見つめながら学校へ行ったものである。
 共演した三条魔子は、この映画のヒットを受け芸名を三条江梨子に改名。のちに、日活の浜田光夫とのデュエット曲「草笛を吹こうよ」がヒットしている。

 1961年、当時青春映画の女性のトップ・スターだった吉永小百合が、作詞・佐伯孝夫、作曲・吉田正のコンビによる「寒い朝」で、ビクターから歌手デビュー。
 1962年、橋幸夫は「江梨子」のあと、同作詞作曲コンビによる吉永小百合とのデュエット曲「いつでも夢を」を大ヒットさせ、この曲によりこの年のレコード大賞を受賞。このあとも、同じく吉永とのデュエット曲「若い東京の屋根の下」をヒットさせ、押しも押されもせぬ青春歌謡のリーダーとなった。
 そして、「白い制服」「赤いブラウス」など、青春歌謡の正道を歌いこむ。

 その後、橋は「恋をするなら」「チェッチェッチェッ」「あの娘と僕」など、新しくリズム歌謡を取りこんでいく。

 *学園ソングのブームを起こした、舟木一夫

 舟木一夫。1944(昭和19)年、愛知県一宮市出身。
 1963(昭和38)年、「高校三年生」(作詞:丘灯至夫、作曲:遠藤実)でコロムビアからデビュー。高校3年生という限定した年代を歌うという、画期的な歌謡曲であった。
 舟木一夫の前髪を額に流し学生服で歌うこの曲は、年代・世代を超えて歌われ大ヒット。続く「学園広場」(作詞:関沢新一、作曲:遠藤実)、「仲間たち」(作詞:西沢爽、作曲:遠藤実)などの学園ソングで、舟木は新しい音楽シーンを作ったのだった。
 この年、舟木はレコード大賞新人賞を受賞し、映画「高校三年生」(監督:井上芳夫、舟木一夫、倉石功、姿美千子、高田美和、大映)も封切られた。

 *
 「赤い夕日が校舎をそめて、ニレの木陰に弾む声…」と始まる「高校三年生」。その2番では「…あ~あ、高校三年生、ぼくらフォークダンスの手をとれば、甘く匂うよ黒髪が…」と続く。
 この舟木の「高校三年生」が流れ出てきたとき、私はまさに高校3年生であった。この年、体育祭で初めて実施されたフォークダンスで、初めて同級生の手をとったのだった。まるで、ぼくたちのための歌のようで、くすぐったい思いだった。

 舟木一夫は、その後も、「あゝ青春の胸の血は」「花咲く乙女たち」「北国の街」「東京は恋する」「哀愁の夜」など、青春歌謡の王道を歩いていく。

 *

 橋幸夫が青春歌謡の先頭を走り、舟木一夫が学園ソングで新しい大河を作り、西郷輝彦の合流によって広がりを見せた青春歌謡は、1960年代、御三家という花形を中心に大きく花開いたのだった。

 (写真:御三家のデビュー盤、左より、橋幸夫「潮来笠」、舟木一夫「高校三年生」、西郷輝彦「君だけを」)

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