桜の季節、東京での桜といえば千鳥ヶ淵に勝るものはないと、いつもここに花見に行っていた。桜が咲き誇る千鳥ヶ淵の堀を挟んだ皇居の土手にも競うかのように桜が咲き誇り、桜花と堀の水と空の青の織りなすその様は、まさに桜の絶景といえる。
今年も、4月1日、古い友人たちと靖国神社から千鳥ヶ淵への花見散策を行い、皇居沿いに歩いて日比谷に出た。その日、桜は満開であった。
今年、天皇陛下の傘寿を記念して、初めて皇居内の乾通りの桜を4月4日から8日まで一般に公開するというので、この機会を逃してはならないと思い、行くことにした。
二重橋の隣の坂下門から入り、約650メートルの乾通りの約80本の桜が植えてある道を歩き、乾門に出るという皇居内を南北に縦断するものである。開門時間は午前10時から午後4時までで、3時が入門締め切りである。
初日の4月4日(金)は、開門時間前から入口の坂下門には行列ができ、予想以上の訪問者で入門の締切り約1時間前に、門を閉めたと報道された。翌日の新聞報道では約5万4千人が訪れたとあり、テレビ・ニュースでの紹介や新聞報道もあって、翌日以降の週末の土、日曜日はさらなる大勢の人の来訪が予想された。
*
4月7日(月)は、平日であるから少しは混雑は緩和しているだろうと思い、この日出かけた。
地下鉄の二重橋駅に着いたのが午後1時50分、出口を出て皇居の方を見るとすでに人垣が見え、あちこちに警察官が立っていた。二重橋の前にも人が並んでいる。見渡すと、地下鉄の出口からずっと坂下門まで続いているのだった。
坂下門の前では、二重橋方面からと反対側の大手町側からの行列の一本化が行われ、先の門の前は細くなっているので入場調整が行われていているようで、少し待たされた。
このような体験を最近したなあと思ったら、去年の夏、隅田川花火大会の時に浅草の吾妻橋で並んだことを思い出した。あの時は、途中から大雨が降って大変だった。
また、一昨年夏の国会議事堂前の脱原発のデモ集会でも、熱い人の波の混雑状況だった。
知らぬ間に、いくつもの季節が通り過ぎている。時が過ぎるのは速いものだ。
坂下門の前で、簡単だが手荷物の検査を行っていた。まるで、飛行機に搭乗する時のようだ。
坂下門内に入ったときは、2時半だった。人は多いが、予想していたよりも待ったわけではない。来ている人を見ると、平日ということもあってやはり中高年が多いが、若いカップルや外国人もかなり見受けられる。
坂下門を入ると、すぐに頑強そうな建物の宮内庁庁舎があり、そのまま乾通りに連なっていた。道りは、すでに人でいっぱいだ。
人混みは、亀のようにゆっくり進んでいく。みんな写真を撮りながら進むので、止まったり歩いたりである。婦警を含めた係官が、止まらないで進んでください。後ろからまだたくさん人が来ていますから、と叫ぶ。無理な話だ。
通りの両サイドには松や様々な種類の木に紛れて桜が花を咲かせていて、まだ散るのは控えてくれていた。
通りの右手には木々の奥の蓮池濠の先に東御苑の石垣が続いていて、ここがかつて江戸城内だったのだと改めて教えてくれる。
乾通りをほどほど進むと、左手に道灌濠(どうかんぼり)があり、その周辺はいまだ手つかずの自然の風景のようだ。見事な桜も今が盛りのように咲いている。ここが、最も見どころの場所なのだ。(写真)
ここでは、警備の中年の警官が「私が司令長官です。ここで写真を撮ってください。記念の写真は1枚で、10秒間です。10秒たったら後ろの人と交代しましょう。あとは心の写真を撮りましょう」などと、隅田川花火大会の時のDJポリスのように、マイクで話している。
道灌濠の道灌は、言わずと知れたこの江戸城を築いた太田道灌に因んだ名である。
ある日、道灌が出先で雨にあった。蓑を借りようと農家に立ち寄ったところ、そこの娘から山吹の花を渡されたという話の、「七重八重 花は咲けども 山吹の実の(蓑)一つだに なきぞ悲しき」の歌のごとく、ここ道灌濠にも何と黄色い山吹が咲いているではないか。
道灌濠を過ぎると、右手に東御苑に続く西桔橋が見える。橋を渡り、そのまま東御苑に出ることもできるが、普段は通ることができない乾門から出ることにした。
乾門を出て、東御苑に入った。ここに入るのも初めてだ。
すぐに、オーストラリアのエアーズロックのように、でんと構えた天守台の石垣に出くわしたので、そこに登った。こんなところに、江戸城の天守閣はあったのか。ここから、大手町や日比谷が見える。
その東御苑から大手門に出て、皇居をあとにした。
東京駅はすぐだ。
今年の東京の桜は、そろそろ終わりだ。
もう散っているかと思った皇居の桜も、開門期間中の4月8日までは散らずに待っていてくれそうだ。
翌8日のニュースによれば、この日の7日の皇居乾通りの参訪者は約9万人で、開門期間の5日間の合計は38万5千人とのことであった。
皇居乾通りは、今秋の紅葉の季節にも一般公開する予定だという。
今年も、4月1日、古い友人たちと靖国神社から千鳥ヶ淵への花見散策を行い、皇居沿いに歩いて日比谷に出た。その日、桜は満開であった。
今年、天皇陛下の傘寿を記念して、初めて皇居内の乾通りの桜を4月4日から8日まで一般に公開するというので、この機会を逃してはならないと思い、行くことにした。
二重橋の隣の坂下門から入り、約650メートルの乾通りの約80本の桜が植えてある道を歩き、乾門に出るという皇居内を南北に縦断するものである。開門時間は午前10時から午後4時までで、3時が入門締め切りである。
初日の4月4日(金)は、開門時間前から入口の坂下門には行列ができ、予想以上の訪問者で入門の締切り約1時間前に、門を閉めたと報道された。翌日の新聞報道では約5万4千人が訪れたとあり、テレビ・ニュースでの紹介や新聞報道もあって、翌日以降の週末の土、日曜日はさらなる大勢の人の来訪が予想された。
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4月7日(月)は、平日であるから少しは混雑は緩和しているだろうと思い、この日出かけた。
地下鉄の二重橋駅に着いたのが午後1時50分、出口を出て皇居の方を見るとすでに人垣が見え、あちこちに警察官が立っていた。二重橋の前にも人が並んでいる。見渡すと、地下鉄の出口からずっと坂下門まで続いているのだった。
坂下門の前では、二重橋方面からと反対側の大手町側からの行列の一本化が行われ、先の門の前は細くなっているので入場調整が行われていているようで、少し待たされた。
このような体験を最近したなあと思ったら、去年の夏、隅田川花火大会の時に浅草の吾妻橋で並んだことを思い出した。あの時は、途中から大雨が降って大変だった。
また、一昨年夏の国会議事堂前の脱原発のデモ集会でも、熱い人の波の混雑状況だった。
知らぬ間に、いくつもの季節が通り過ぎている。時が過ぎるのは速いものだ。
坂下門の前で、簡単だが手荷物の検査を行っていた。まるで、飛行機に搭乗する時のようだ。
坂下門内に入ったときは、2時半だった。人は多いが、予想していたよりも待ったわけではない。来ている人を見ると、平日ということもあってやはり中高年が多いが、若いカップルや外国人もかなり見受けられる。
坂下門を入ると、すぐに頑強そうな建物の宮内庁庁舎があり、そのまま乾通りに連なっていた。道りは、すでに人でいっぱいだ。
人混みは、亀のようにゆっくり進んでいく。みんな写真を撮りながら進むので、止まったり歩いたりである。婦警を含めた係官が、止まらないで進んでください。後ろからまだたくさん人が来ていますから、と叫ぶ。無理な話だ。
通りの両サイドには松や様々な種類の木に紛れて桜が花を咲かせていて、まだ散るのは控えてくれていた。
通りの右手には木々の奥の蓮池濠の先に東御苑の石垣が続いていて、ここがかつて江戸城内だったのだと改めて教えてくれる。
乾通りをほどほど進むと、左手に道灌濠(どうかんぼり)があり、その周辺はいまだ手つかずの自然の風景のようだ。見事な桜も今が盛りのように咲いている。ここが、最も見どころの場所なのだ。(写真)
ここでは、警備の中年の警官が「私が司令長官です。ここで写真を撮ってください。記念の写真は1枚で、10秒間です。10秒たったら後ろの人と交代しましょう。あとは心の写真を撮りましょう」などと、隅田川花火大会の時のDJポリスのように、マイクで話している。
道灌濠の道灌は、言わずと知れたこの江戸城を築いた太田道灌に因んだ名である。
ある日、道灌が出先で雨にあった。蓑を借りようと農家に立ち寄ったところ、そこの娘から山吹の花を渡されたという話の、「七重八重 花は咲けども 山吹の実の(蓑)一つだに なきぞ悲しき」の歌のごとく、ここ道灌濠にも何と黄色い山吹が咲いているではないか。
道灌濠を過ぎると、右手に東御苑に続く西桔橋が見える。橋を渡り、そのまま東御苑に出ることもできるが、普段は通ることができない乾門から出ることにした。
乾門を出て、東御苑に入った。ここに入るのも初めてだ。
すぐに、オーストラリアのエアーズロックのように、でんと構えた天守台の石垣に出くわしたので、そこに登った。こんなところに、江戸城の天守閣はあったのか。ここから、大手町や日比谷が見える。
その東御苑から大手門に出て、皇居をあとにした。
東京駅はすぐだ。
今年の東京の桜は、そろそろ終わりだ。
もう散っているかと思った皇居の桜も、開門期間中の4月8日までは散らずに待っていてくれそうだ。
翌8日のニュースによれば、この日の7日の皇居乾通りの参訪者は約9万人で、開門期間の5日間の合計は38万5千人とのことであった。
皇居乾通りは、今秋の紅葉の季節にも一般公開する予定だという。
私は8日最終日に行きました。
桜は待っていてくれました。
道灌濠、自然そのもので感動しました。
皇居内の乾通りの桜、8日最終日に行きましたか。
やはり、混んでいたでしょう。
最終日は混むだろうと思って、僕はその前日にしたのですが。変わらず、混んでいましたね。
日時が合えば、一緒に行けましたね。
「ひびの」は、最近すっかりご無沙汰です。
ご存知だと思いますが、本丸のできた佐賀城と、その濠の周りの桜もいいですよ。
暇を見つけて、いつか行ってみてください。
因みに、僕のメールアドレスは、カテゴリ-の、□本「かりそめの旅」の本文の中に書いています。