かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

□ 告白

2010-06-15 02:45:20 | 本/小説:日本
 湊かなえ著 双葉社刊

 僕は、告白したことがあるだろうか?
 そして、君は?

 僕は待っていた。学校の図書館の片隅の灌木の奥で。
 胸の内ポケットにしまってある一通の手紙を、それがあるのを確認するように指でそっと触れたまま、さっきから立っていた。僕の指先から滲む汗で、手紙のそこだけが湿り気を帯びている。
 僕は思った。いや、もうずいぶん前から思っていた。こんなことをしている場合ではないと。受験勉強をしなければいけない季節なのだ。
 だのに、僕は何にとらわれているのだ、何をしているのだと。
 しかし、ひと言だけ告げなくては、と思ったのだった。ひと言告げたなら、いや、たとえそうでなくても、この手紙を渡すだけでも、もうそれでいいのだと。そうすれば、この鬱々とした季節から逃れることができるのだと思った。
 校庭にある金木犀が、ここまで匂いを運んでいる。やわらかい風は、いつも冷たさを孕んでいる。
 彼女が図書館から出てくる気配がした。胸の鼓動が高鳴った。
 少し微笑みを含んだような表情の彼女の姿が、少しずつ近づいてくる。今日は一人だ。

 「告白」といって、すぐに思いつくのは、愛の告白である。
 思春期に、戸惑い躊躇いながら、それは行われることなく、甘酸っぱい思い出に変わっていく場合が多い。

 そしてもう一つは、罪の告白。
 これは、キリスト教徒でもない限り、懺悔の告白の類は馴染みが薄い。もし罪を胸に抱いているなら、それに触れると、ナイフで切った傷跡のような疼きを残しているだろう。

 どのような内容であれ、胸の中にしまい込んでいた思いを、耐えられなくなって打ち明ける「告白」とは、それを明らかにしていいものか、あるいはいけないものかのせめぎ合いののち、出てくるものであろう。
 こう考えると、告白とは、秘密の領域にあるものを表に出すという意味あいがあるようだ。
 告白することによって、今ある状況や状態に何らかの衝撃を与え、その事態は変わることが予測できるのだ。その事態の変化は、吉と出るか凶と出るか分からないので、告白はそれが実行される前に、強い躊躇いを伴うのだ。
 そういう意味では、告白はその人にとって大きな行動である。鬱積した、あるいは閉塞した状況を打開するための、強力な実力行使なのである。ある場合には、最後の手段と思えるものかもしれない。
 誰にも、あのとき告白していれば、人生が変わったかもしれない、という出来事があっただろう。
 告白したばかりに、それまでとはまったく違った状況に陥ったこともあっただろう。
 告白は、秘密の扉を開く、その先の道を左右する、大きな賭けでもある。

 *

 小説「告白」は、2009年、本屋大賞に選ばれたベストセラーである。
 シングルマザーである高校教師の、幼い女の子が死んだ。
 彼女は学校を辞めることにし、最後の挨拶を教室で、生徒の前でする。
 それは、ある告白であった。
 「私の娘は死にました。事故死と思われています。しかし、そうではありません。殺されたのです。その犯人が、この生徒の中にいます。私は、その生徒を知っています。ですが、警察に訴えることはしません。私は、私の手で、その生徒、2人にあることをして罰を与えました」
 こういう内容のことを、教師は生徒の前で淡々と話した。
 告白というより、秘密にしておくべき報復行為の、みんなへの公開であった。
 その教師のやったことが、どういう結果をもたらすか、犯人である生徒もほかの生徒も理解した。
 その日から、その教室の生徒たちは、まったく違った明日を迎えることになった。

 ここでの「告白」は、僕が思ったようなロマンチックな告白ではない。むしろ、その正反対と言っていい。
 小説の「告白」では、初めに教師から自分の思いとともに、とった行動が語られる。そして、さらに犯人の生徒から、生徒の母親から、他の生徒からと、犯罪への動機やそこへたどり着く心理、少年犯罪法などが語られる。やがて、教室は違った方向へ動き出し、思わぬ展開に立ち向かうことを、読者は知らされる。
 ミステリー小説は読まない方であるが、この小説はミステリーの域を超えたものがある。 第1章の教師の告白で終わるのかと思わせて、次の章で新しい思惑を差し出し、さらに次の章へと、読むものを引き込ませる強さと巧みさを持っている。そして、現在の少年、少女たちの心の病を露わにする。
 映画「告白」は、先日、中島哲也監督、松たか子、岡田将生、木村佳乃出演、によって、公開された。映画は見ていないので、何とも言えない。
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