写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

忘れ物

2013年03月26日 | 岩国時遊塾

 開設したばかりの時遊塾の塾生は目下3名のグループのみ。2月の初めに入塾が目的ではなく、ただ単に雑談に来ただけの人達で、その後、時折まとまって訪ねて来てくれるようになった。私が勝手に力ずくで塾生として扱っているだけのことである。わが家に特別な用事はなく、ぶらり訪れた人はみんな塾生として扱うことにしている。

 そんな3名のグループに対して、2度目の来訪のときに雑談をしながら
針金自転車教室を開いた。初めてのことなので、そう簡単に格好良いものが作れるわけはない。3人3様、それなりのというか個性的なものを作り、笑いながら品評会をやって終えた。

 その翌日、グループの1人からメールが入ってきた。無理やり入れられた時遊塾の感想が書いてある。
 「
昨日、私は塾に忘れ物をしてきました」と書き出してある。部屋の中に、そんな忘れ物などなかったが……と思いながら読み進んだ。
 「
どこかに『うろこ』が落ちているのではないかと思います」とある。
 「あれっ? コンタクトレンズでも落として帰ったのかな?」と少し心配をしながら先を読む。
 
 「
お話を伺っているうちに目からうろこが落ちてしまいました。何十年間、仕事人間として生きてきた自分自身を振り返る貴重な時間を提供していただきました。仕事では手を抜かず自分の持てる全ての力を発揮することは当然なことだと思っていましたが、それだけではなく自分自身も人生を楽しむことの重要性・素晴らしさを教えていただきました」と過大な礼状となっている。

 メールが来た前日、私は3人との出会いについて感じたことをブログに書き、最後を次のような文章で締めくくっていた。
 「
好奇心をもって前向きに生きていこうと思えば、身の回りにやってみたいことは沢山転がっている。何ごとも気持ちが若くないと出来ないのではなく、何ごとにも挑戦していけば気持ちも若くなるというものだろう。3人のこれからの健闘を祈りたい」と。

 メールの最後にはこの一文を引用した後、次のようなコメントが書いてあった。
 「
仕事一筋に生きてきた老年期を迎えた若造(?)の3人ですが、これから迷いながら、ふらふら寄り道しながら今まで歩んでいた道とは違った寄り道を楽しんでいきたいと思っています」と、人生の楽園を目ざしての決意が述べられていた。

 3人に対して、私が定年になってからの10年間、模索しながら仲間を作り歩んできた道程なりを話したが、少しは参考になったり感じてもらうところがあったとすれば大変うれしい。自由となった時間、人それぞれ、自分に適した道を切り開いてゆき、後輩の参考となる新しい「時遊な道」を是非作ってもらいたいと願っている。今日は組長、いや塾長らしいいいことが書けた、かな?