この季節、散歩をしていると必ず目に入る花がある。競うように真っ直ぐに茎をのばして咲く彼岸花、別名を曼殊沙華という花である。
今朝のことである。奥さんに「♪赤い花なら 曼珠沙華♪ という歌を知っている?」と出だしだけを歌って聞いてみた。「知っているわよ。母がよく歌っていたから」と言って、歌の途中までふしを付けて歌う。私も子供の頃、母が口ずさむのを聞いて、歌詞はうろ覚えだが曲はよく覚えている。
♪ 赤い花なら 曼珠沙華 阿蘭陀(オランダ)屋敷に 雨が降る
濡れて泣いてる じゃがたらお春 未練な出船の
ああ 鐘が鳴る ララ鐘が鳴る ♪
「じゃがたら」という歌詞が気になってネットで調べてみると、昭和14年(1939)、ビクターから発売された「長崎物語」という歌であった。徳川幕府がキリシタン弾圧を強化したとき、オランダ人をジャワ島のジャガタラ、現在のジャカルタに追放したという。じやがたらとはジャカルタのことだと知った。
この歌は、その時追放された伝説のハーフ、お春をテーマとした歌である。お春は、1625年、商船の航海士であったイタリア人と、長崎の貿易商の子女との間に生まれた。容姿端麗、読み書きにも長けていたが、1639年に発布された第五次鎖国令により、長崎に在住していた外国人とその家族がジャガタラ追放された際、母・姉と共に14歳で日本を後にした。
子どもの頃、歌詞の意味は分からないまま、なんとなく切なそうなメロディを母について歌い、いつの間にか覚えた歌である。お春が追放された後に、ジャカルタから故郷の人々に宛てた望郷の念を、少女とは思えぬ流麗な調子でしたためた手紙「じゃがたら文」を下書きとして書かれた詞だという。
彼岸花を見ると、ジャガタラも歌詞の意味もよく理解していないまま、いつもこの歌を口ずさんでいた。別名の「曼殊沙華」とは、古代インドの宗教や文学で用いられたサンスクリット語で「天界に咲く花」という意味があるという。そんなこともあってか、彼岸花には墓花、地獄花、幽霊花、蛇花、狐花、灯籠花、天蓋花など、不吉な別名が数多くある。