花と緑を追いかけて

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いっぱいの主婦の日記です

鎌倉の紅葉4・「円覚寺」と母

2012年12月16日 | 鎌倉散策
頑張っていた母もついに力尽き、天国に旅立ちました。
母が亡くなって丁度一週間となります。

「お母さん、苦しみから解放されて良かったね」という想いと、
母を失った哀しみが同時に襲う中、通夜・告別式と緊張した日々を過ごさねばならず、
流石に疲れ果てました。

この数日間はまるで雲の上を歩いているような、今日が一体何曜日かも判らないような・・・
現実離れした中に身を置いている気がしましたが、ようやく何時もの生活に戻りました。

ブログ仲間の皆様はじめ、このブログを見てくださっている友人知人からも
慰めやお悔やみのコメント、メールお電話などをいただき
本当に有難うございました


「円覚寺」
12月も中旬になって、今更紅葉の写真も見飽きた感じですが・・・
今日は今月の1日にカメラ仲間数人と行って写した、北鎌倉駅前の「円覚寺」の画像を背景に
私の母と「円覚寺」とのつながりを語りたいと思います。


母は今から30年前の59歳の時に「緑内障」と診断され、深く悩み苦しんでいました
昔は「緑内障=失明」と思われている時代だったのも知れませんが・・・

それまで信仰心はあまりなかった母が、毎月4日に円覚寺の「身代わり地蔵」
お参りに行くようになったのです。


広い境内のどこにその「身代わり地蔵」があるのか、私はまだ確かめてはいないのですが・・・
鎌倉五山第二位の「円覚寺」は大好きなお寺の一つです。

この日はお天気に恵まれ、最後の紅葉が綺麗でした
カメラ仲間同士、ここは逆光を狙って撮りました


この日のテーマは自然と「光芒」になりましたね。

「絞りを20くらいに絞って、周囲が暗くなりすぎたらISOは800から1600に上げると良いよ」
カメラ仲間が親切に教えてくれます。

ピカリと輝くダイヤモンド型の光芒が撮れました。


こちらの光芒はちょっとぼやけて、迫力不足でしょうか・・・?

私の実家にはまだ仏壇がありません。
今回母が亡くなり、両親が生前に購入していた墓地のあるお寺にお通夜・告別式の読経と戒名を頼みました。

私が時々訪ねる「舞岡公園」近くの、臨済宗円覚寺派のお寺です。
「お父さんの家は曹洞宗だけど、このお寺のご本尊が目の神様の薬師如来像なので決めたの」と
母は生前に語っていました。

私も弟も初めて訪ねるお寺です。戒名の交渉など経験ありません
本家の従兄弟が「宗旨替えしたのか、まぁ同じ禅宗だから許せるか~」と
苦笑しながらも着いて来てくれました。

何せ彼は父の本家の長男として、100年もの檀家付き合いが続く新宿のど真ん中のお寺にある
ご先祖様のお墓を守っているのです。


従兄弟と弟と私の3人で訪ねたお寺は、御本山の円覚寺の雰囲気がそのまま感じられる禅寺でした。

およそ600年前に、円覚寺の別邸として建てられたとか・・・
その頃の舞岡公園周辺は「鎌倉村」の一部で、
普段は農業に従事し「イザ!鎌倉!」という時には駆けつける「郷氏」」が住んでいたそうです。


「戒名にはいろいろ位があるんだよ」
「夫婦は同じ位の戒名にしなくてはいけないから、叔母さんの戒名次第で叔父さんの位も決まるからね」
「少し上の戒名でオジキのも一緒に作るから、幾らにしてくれと言う交渉もあるぞ」と、
従兄弟は色々アドバイスをしてくれましたが、バナナのたたき売りではあるまいし・・・

和尚様はとても素朴な良い方で、戒名も従兄弟が脅かすほどバカ高くはありませんでした。


むしろお通夜の日の朝にお願いし伺った私たちに
「本来なら生前からお母様の人となりを知り、その上でお母様に合う戒名をつけたかった」と
諭されました。

檀家付き合いとはそういうものなのでしょうね。


円覚寺の「座禅」も有名ですが、実家の菩提寺となったお寺も月に二回
無料の座禅会と講話会が開かれています。

普段から「俺が死んだら墓も葬式もいらないから、散骨してくれ」と言っている我が夫が
「小学生の孫を連れて座禅に行ってみようかなぁ~」と言い出しました。

和尚様の影響を受けたようです。果たしてどうなりますか・・・?


円覚寺の撮影会では「光芒」と同時に「影」にも挑戦です。
一人での撮影だと毎回同じ様なアングルですが、数人の仲間と来ると目の付け所が勉強になりますね。

歳も性別も違いますが、同じ趣味を持つ者同士きりたんぽ鍋を囲みながら、カメラ談義です。



さて今日は衆議院選挙の日
疲れてドスンと重い身体を引きずるように、夕方仕事から戻った主人と選挙に行き、
ちゃんと国民の義務を果たしてきましたよ。

それにしても、投票率が45%にも満たないなんて何てこと
(最終的な全国平均は59,3%だそうですが、都市部ほど低い

もっとも期待を裏切った「民主党」には怒りを覚えるし、以前の自民党政治に戻るのも意としません。
烏合の衆のような第三極もイマイチ判らず・・・
我が選挙区には入れたい人がいなぁ~い




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42 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
お悔やみ申し上げます。 (恵那爺)
2012-12-17 06:28:53
お母様がお亡くなりになったのですね。
心からお悔やみ申し上げます。

逆光のダイヤモンド
きれいに撮れています。
やはりアドバイスしあうのがいいのでしょうね。
忘年会なども楽しそうです。
御愁傷様でした (おみや)
2012-12-17 08:57:44
おはようございます
お母様本当にお疲れ様でした。前回のコメントに「お互いに頑張りましょう」と入れてからすぐでしたね。私自身強いショックで涙がこぼれました。

わが家は5・6年前にお墓も用意してあります。
二人の戒名も決まっていて、その点では
子供たちに迷惑をかけることもないのですが
「いずれは近いうちに」と思うとつらいです
お母様 (とんちゃん)
2012-12-17 09:30:39
お悔やみ申し上げます
またたく間に時間が過ぎてしまってなにをどうしてきたのかも気持ちもうつろに過ぎていったと思います。
現実のこととして受け入れるにはまだまだ時間が必要なのではと思います。
お母様と重ね合わせてお寺さんのことを思い出してみるのもご供養につながるのではないでしょうか
両親 とりわけ母親を失う悲しみは大きいです。
たくさん語り合って胸の中にいだいてください。
あんたは偉い!! (写楽爺)
2012-12-17 10:11:01
こんにちは。
早くも一週間経ちましたね、通夜・告別式だけでなく考える暇もないくらいの忙しさで有ったろうと思います。
そんな中でも国民の義務を果たされたとの事棄権した元気な方々へ見習いなさいと言いたいです。
客観的に自民が勝つとは予想していましたが与党が2/3を占める結果には大きな不安をぬぐい去ることはできません。

3・4枚目の逆光写真好きです、それに白壁に影も素敵な絵に感じました。
一週間と言う時期は一番疲れが出てくる頃かと思います、体調を崩されない様お気を付け下さい。
お悔やみ申し上げます (mako)
2012-12-17 10:38:06
寂しくなりますね。

私の母も来年1月で95歳になります。
長い闘病生活でいつ終わるか毎日ハラハラしています。
当然こちらの自由も束縛されますが、
時々可愛いことを言ってくれますので
妹と交替で毎日通っています。

でも、早く解放させてあげたいなぁ~と思う事もあります。

お母様は幸せだったと思いますよ。
お悔み申し上げます (616)
2012-12-17 15:33:25
お母様のこと、驚きました。
心からお悔やみ申し上げます。

今回のお写真、どれも素敵ですね
私のようなひよっこには、
まだまだ撮れそうもない写真ばかりです。

どうかくれぐれもご自愛下さいますように。
為すべきことを為す (だんだん)
2012-12-18 00:00:55
頑張りましたね、nao♪さん…
それにしても…
こんな早くにお目にかかるとは思いませんでした!
張りつめた神経を休めるには、ブログも力になるのでしょうね。
貴女の真面目さに感動しています。
改めてお悔やみさせて頂きます。

選挙…今は予想が外れて、というか、魑魅魍魎の結果に混乱中!
☆恵那爺さんへ (nao♪)
2012-12-18 06:59:20
母は2年ほど療養型病院に入院し、寝たきりでした。
10月の下旬に肺炎を患い、それ以来お正月が越せるかどうかの状態でしたから、私も覚悟が出来ていました。

夕日や光芒、イルミネーションや花火などの撮影はやはり設定値などを教えてもらわないと難しいですね。
一人で写しに行くよりは、仲間と行った方が断然勉強になりました。
円覚寺 (山小屋)
2012-12-18 07:11:26
まだまだ紅葉が楽しめたようですね。
紅葉はやはり逆光がきれいに撮れます。

メールでお悔やみ申し上げたのですが、お返事が
なかったので、疲れで具合が悪くなったのかと
心配していました。
今朝、ブログをみて落ち着かれたようで安心しました。

人間、生きていればいつかは通らなくてはならない
道です。
私も両親は二人共東京で葬儀をしました。
故郷にお墓があったので、そちらに納めました。
遠いので、夏しかお墓参りに行けません。
☆おみやさんへ (nao♪)
2012-12-18 07:17:22
母は3年ぶりにやっと我が家に戻れたのです。
それが何とも切ないですが・・・
「お母さんやっと楽になれたね」と言ってやりました。
現実的に決めなければならない事が山ほどあり、悲しんでいる暇がないほどですが・・・
「淋しさはこれからよ」と友人達に言われます。

亡くなる前に一晩母に付いて、足をさすりながらたくさんたくさん声をかけました。
母は最後までちゃんと私の声が聞こえていたのです。

おみやさんもご主人様にたくさん声をかけてあげてください。


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