10月20日
拝啓 ミャオ様
暖かい朝だった。気温は12度、日中は17度まで上がる。それにしても、めまぐるしく変わる天気だ。曇り空から、晴れてきて、再び曇り、にわか雨が降る。それを繰り返し、さらには時折、強い風が吹きつける。まさに、もう一つの秋の空だ。
そんな、秋の深まりを思う時・・・。夜空の色が、冷たい黒い色へと変わる時。その空が、星屑(ほしくず)でいっぱいに埋めつくされている時。朝、外に出て、身をふるわせる時。その足元が、白く霜に被われているのを見る時。
いつもは、少し薄暗い台所が、紅葉の照り返しを受けて、明るくなって見える時。窓から日差しが長く伸びて、部屋の中に入ってきた時。薪(まき)ストーヴの炎を見つめる時。
丸太小屋の壁を、コツコツと叩く音が聞こえる時(オオアカゲラが家の丸太をつつく音)。穏やかな日差しの中で、何匹かの雪虫が、ゆらゆらと飛んでいるのを見る時。斧(おの)を握って、ひたすらに、薪割りをする時。
揺り椅子に座って、静かに本を読む時。そのまま、うつらうつらと居眠りをする時。同じく、揺り椅子に座って、古典音楽を聴く時・・・。
「 秋の日の ヴィオロンのためいきの 身にしみて、ひたぶるにうら悲し
鐘の音に胸ふたぎ 色変えて涙ぐむ 過ぎし日の思い出や
げに我はうらぶれて ここかしこ さだめなく とび散らう落ち葉かな。
・・・・・・ 」
(ポール・ヴェルレーヌ詩集より「落葉」、上田敏訳『海潮音』より。この詩の原題は、”Chanson d'Automno” つまり「秋の歌」であり、堀口大学訳によるものなどもあるが、その昔、高校の教科書に載っていたものは、この上田敏によるものだった。)
このヴィオロン(ヴァイオリン)のため息を思うには、フォーレのヴァイオリンを含む室内楽曲を聴くのがふさわしい。ガブリエル・フォーレ(1845~1924)は、詩人ヴェルレーヌ(1844~1896)と同じ時代を生きた、同じフランスの音楽家である。
有名なのは、あの清澄(せいちょう)な響きに満ちた「レクイエム」であり、「夜想曲」などのピアノ曲や声楽曲がよく知られているが、室内楽の分野にも、数多くの名曲を残している。
中でも、ピアノ四重奏曲やピアノ五重奏曲は、ブラームスと伴に、ロマン派室内楽としての名曲でもある。そして、私は、秋の季節になり、ふとあの詩を口ずさむ時、いつもこのフォーレのピアノ五重奏曲・第1番の、冒頭部の旋律を思い出すのだ。
エラート・レーベルのジャン・ユボー(p)とヴィア・ノヴァSQ(弦楽四重奏団)によるものも悪くはないが、私がよく聴くのは、古い録音のシャルラン・レーベルの、ジェルメール・ティッサン・バランタン(p)とORTF.SQによる演奏のものである。
音楽の調べは、時を越えて、変わることなく、人の心を細やかに歌い続けるのだ。
昨日、用事があって、街に出かけた。街路樹の木の葉も、すっかり色づいていて、その幾つかは、歩道に散り敷いていた。そのまっすぐに続く通りの先に、道の上に、何かが落ちていた。
余り大きくはないものだから、クルマの車輪の間でまたぐように、ハンドルを構えた。目の前に近づいた時に、それは、同じ方向に向いて横たわっているネコだと気づいた。
それも、こげ茶色と淡いクリーム色のパターン、二つに立った耳がこげ茶色の・・・死んだシャム猫だった。
ミャオ、私は思わず叫んで、バックミラーで走りすぎる後ろを確かめたが、もう次のクルマが、ネコの姿を隠していた。もちろん、今は九州にいるはずの、ミャオであるはずはないのだが。私は、ドキドキしていた。
しかし、うちのミャオは、まずクルマが行きかう所に、急に飛び出すようなネコではない。臆病で、用心深いネコだから。
落ち着いて考えてみると、いつものことながら、私は、ミャオに申し訳ないと思った。私のわがままだけで、ミャオを九州に残し、一人でここにいることを、そしてそれが、取り立てて意義深い毎日でもないのに。
今、午後4時半だ、いつしか風も収まり、もう辺りは、薄暗くなり始めていた。窓の外を見ると、この秋、初めての、冬型の気圧配置による雲が、日高山脈の山なみに沿って、見事に連なり続いていた。冬が来るのだ。
飼い主より 敬具