7月29日
まだ、行方定まらず、九州の家でだらだらと暮らしている。
当初の計画では、例年通りならば、もう10日余りも前には梅雨が明けていて、今頃は夏の遠征登山の旅を終えて、北海道の涼しい家で、その山の写真をモニター画面に映して眺めながら、ニヒニヒとひとり薄笑いを浮かべて(気持ちわりー)楽しんでいるだろうに。
何と言っても、天気が問題である。
九州から東海地方までの梅雨明けは宣言されていて、暑い夏空が広がっているのだが、それ以北の東北地方までは(私の計画している所は)、いまだにぐずついた天気のままで、さらには不安定な暑い空気が流れ込んでいて、午後からは毎日、雷雨が起きているというありさまなのだ。
そのうえ、各地に向かう飛行機の便は、夏の繁忙期に入り、空席を見つけるのが難しくなってきているのだ。
これでは、今年もまた夏の遠征登山は無理かもしれない、何と4年連続で。
こうなってしまえば、もう考え方を変えるしかない。
つまり、これは神様が私のことを思って、出かけないように押しとどめてくれているのかもしれない、と自分の都合のいいように考えてみる。
”おまえは、もう年寄りなんだから、無理をせずに、山なんかには登らず、自分の家で悠々自適の隠居暮らしをしていたらどうかね”と。
確かに、もうそう思うしかないほどに、今回の九州への帰郷には失望されることが多かったのだ。
まず何と言っても、いつものウメの実の収穫ができなくて(わずか数粒なっていただけで)、初めてジャムを作らなかったことであり、もっともそれによって、あの汗だくで何時間もかかってジャムを作る作業からは解放されたわけだが。
そして、この梅雨が明けないから、予定した山にも行けなくなって、その他もろもろのこともあって、この暑い九州の家で、空しい日々を過ごすほかはなかったのだ。
しかし、物は考えようで、こうしてこの家に長くいたおかげで、北海道の小屋にいた時と比べれば、水は自由に使えるし、トイレは水洗だし、風呂は毎日は入れて残り湯で洗濯はできるし、あとになって思い返せば、そうした毎日が”黄金の日々”だったと思うのかもしれないのだが。
さらに小さなことだが、前々回にも書いたあのクチナシの花が、今を盛りにと次から次に花開いて、あたり一面にかぐわしいか香りが漂ってくる。
確かに、良い香りは、人の心まで包み込みいやしてくれるのだ。
山に行けないぐらいで、それがどうだっていうんだ。
体はいたって元気でいたのだから、何はなくとも、元気が一番、それだけでいいじゃないかと考えてみるのだが。
先日、ふとテレビを見ていたら、田舎の家で夫102歳、妻101歳で、二人で元気に生活されていて、何か秘訣はと聞かれて、”何も考えてはいないよ、ただ毎日毎日が流れて行けばいい、命のかぎりあるまで。”と答えていた。
世の中には、心身に障害を負い、早くにして死んでしまう子供や若者たちがいるのだし、考えてみれば、私は、まさに奇跡的にここまで生き延び生きながらえてきたのだから、それだけでも幸せなことだし、感謝こそすれ、恨んだり後悔したりするというのは、とんだお門(かど)違いということになるだろう。
子どもは子供なりに遊びまわり、若者は若者なりに冒険をして、大人は大人なりに家庭を守り、年寄りは年寄りなりに穏やかに暮らし、それらのことはいたって平凡なことではあるが、”らしく”生きるということは、生きていく上での一つの”神髄(しんずい)”になるものではないのか、とさえ思うのだ。
今回の『ポツンと一軒家』は、温暖な瀬戸内に面した香川県の山の中に住む、首都圏から移住してきたという若い30代の夫婦と、北海道から移住してきたという20代の夫婦、それぞれに子供が一人いて、それぞれの3人家族のポツンと一軒家での話しである。
神奈川県出身の38歳になるという彼は、平飼いのニワトリを育てていて、毎日90個ほどになる卵を下の町の店におろして、何とかそれで生活しているという、北海道出身の28歳になる彼の方は、罠(わな)かけ猟師として、イノシシやシカを獲り、精肉しておろしているとのことであり、野菜などは自分で植えていて、できるだけ自給自足の生活ができるように目指しているとのことだった。
この『ポツンと一軒家』では、今までは過疎地の山奥に住む老夫婦の話しが主であって、まるで昔話を聞くような面白さがあって、それはそれでいいのだが、一方では、こうして現代に生きる若者たちの、新しい移住という形での生活を見ていると、それが過疎化する日本の山村への、一つの解決策を教えているのではないのかと思うし、またこの番組自体が、日本の山村の新たな村おこし事業を担っているのではないかとさえ考えて、これが、この番組の目指す一つの良い方向になるのではないのかと思うのだが。
若者は若者なりに、こうして自分の冒険への一歩を、まず踏み出していくのだ。
都会の中で誰かを恨みながら暮らしていくより、田舎に出て行って山の中で一人で暮らしていく方が、いかにつらくていかにやりがいのある仕事になることか。
すべては自分の責任であり、しかしその自分のための仕事は、じかにその成果を見ることができるようになるのだし。
他人を恨みねたみ嫉妬したり、他人をうらやんでばかりいることが、いったい何なるというのだ。
他人は他人、自分は自分だから、他人と比較してうらやましく思ったところでどうなるというのか、そんな無駄な思いをするくらいならば、まずは自分でできる領分だけに狭めて、すぐに動き回ったほうが話は早い。
夢は大きく、いつまでも持ち続けているよりは、その大きな夢はあきらめ時期が肝心で、早ければ早いほどやり直しができるから、夢は少し小さく狭めて、とりあえず自分のできる仕事に取り掛かかっていけば、その成果はすぐに見えてくるし、さらなる自分への励みにもなる。
前回の『ポツンと一軒家』で、愛知県の山の中に住むおじさんが言っていたように、だれにも頼れないこんな山の中で、うじうじ悩んでいるよりは、何とか自分で工夫してみることが第一”なのだ。田舎で一人で生きていくことは、さらなる自立心と工夫を生み出してくれるのだ。
” 時おり郊外などで、労働者が自分で手に入れた材料で、暇を見て少しずつ家を建てているのを見ることがある。宮殿と言えども、これほど幸福を与えはしないだろう。・・・人間はだれでも、きわめて単調ではあるが人の命令に従った労働よりも、自分で作り上げ、自分の意志でまちがえることもある困難な労働のほうを選ぶだろう。”
(アラン『幸福論』より「幸福な農夫」の項 白井健三郎訳 集英社文庫)
もうずいぶん前から、時々、特別番組として放送されることのある、あの日テレ系の人気番組『はじめてのおつかい』では、いつも幼い子供との家族愛に泣かされるが、大人たちは誰でもそれを見て、その時子供たちは大きな勉強をしたはずだと思うことだろう。
そして、子供の時の私たちがいつもそうであったように、今の子供たちもできるだけおつかいに出すべきだし、大きくなった生徒たちには、遠い土地への一人旅をさせるべきだと思う。
ぞろぞろと団体で観光旅行をするだけの、修学旅行なら、成人としての第一歩を自分の力だけでやり遂げるという、一人旅の”成人旅行”をさせてやるべきだと思うのだが。
”山のあなたの空遠く 幸い住むと人の言う”(カール・ブッセ作、上田敏訳)