ミャオの家より

今はいないネコの飼い主だった男の日常

克服すること

2020-01-14 21:50:36 | Weblog



1月14日

 何という、暖かい冬だろう。
 上にあげた写真は、わが家の庭のツバキの花であるが、普通なら3月に入ってから咲くのだが、この暖かさでもう三輪ほどの花が開いていた。
 ここ九州の山間部にあって、意外に寒いわが家の周辺では、いつもなら初雪が12月中には降っていて、今頃は10㎝や20㎝の雪が積もっているのだが。
まだ、その初雪さえちらついていないのだ。

 もっとも、さすがに昨日今日と少し冷え込んできて、ライブカメラで見る昨日の九重・牧ノ戸峠付近は、青空の下真っ白な霧氷と雪に覆われていて、休日ということもあってか、駐車場には満車状態のクルマが並んでいた。
 そして、ついに今日の天気予報では、午後遅くからは雪のマークがついていた。
 ・・・と、ここまで書いてきたら、昼前から雪が降りだしてきて、見る間に辺り一面、真っ白になってしまった。(しかし、何せ春の淡雪の感じで、夕方にはほとんどが溶けてしまった。)

 普通なら、冬が好きで雪景色が大好物の私としては、さっそく明日の朝一番山に行く準備をしているところだが。
 しかし、去年の10月からの体調不良で、長く山に登っていない私には、山に行くべきか行かざるべきか、この体ではとてもその決断がつきかねるのだ。
 前回の、あの素晴らしい東北は焼石岳の紅葉登山から、もう3か月余りもの時間がたっていて、それほど長く間が空いたのは、大げさに言えば、私の登山史上実に何十年ぶりのことで、つまり東京での会社勤めの時、忙しくて時間がなくて山に行けなかった時以来の、さらにその後の北海道移住や、丸太小屋造りにかかりっきりで余裕がなくて、山は眺めるだけだったころに次ぐ、長いブランクの時になってしまったのだ。

 はたして、私は前のように山に登れるのだろうか、ふらつくことなく岩場の道を歩けるのだろうか。
 もちろん、それ以前のこととして、私は歩くことが好きだから、歩くことは苦にならないのだが。
 いつもの自宅からの長距離の散歩は、標高差が150mほどあり1時間余りはかかるのだが、その道をこの3か月余りの間に5度ほどこなしてきたから、それほど山登りが無理なことだとは思はないのだが、何しろ久しぶりに病み上がりの後に歩いたものだから、息は切れるは脚が続かないはで1時間半もかかってしまったのだが、考えてみれば、ものごとはすべて”慣れる”ことにあり、それが自分のその時の限界を克服したことにもなるのだろう。
 さて、書くべきことがいろいろとあるのだが、私の貧しい筆力ではそのすべてを書くことはできないから、まずはその中のほんの二つ三つのことどもについて、書き進めてみることにしよう。

 まずはこの一か月ほどの間に放送された番組から、日本テレビ系の「ザ・世界仰天ニュース」からの一つの話しだが、生まれつき両腕のない女性が、子供のころからいじめられたりして、なぜに自分には腕がないのだろうと悲しみに暮れていたのだが、それならば、残った二本の足を腕や手の代わりに使えばいいのだと考えて、長い苦闘の末、今では普通の人が両腕手ですることのほとんどを自分の両足だけを使ってできるようになっていたのだ。
 そのメキシコに住む41歳の彼女は、ファッションデザイナーとして働いていて、そんな障がい者の彼女と結婚してくれたハンサムな夫がいたのだが、その後離婚して、今では一人で娘を育てているのだ、自立した女性として。

 次にTBS系の「動物スクープ100連発」から、カナダのとある町で、一人の女の人が、交通事故にあったらしい倒れた犬を見つけて家に連れて帰ったが、傷はひどく、獣医師と相談して安楽死させようかとしていたところ、その犬は無事だった右側の前足と後ろ脚、さらに何とか動かせた後ろ脚を使って、庭の芝生の上を歩いたのだ。
 それを見て彼女は、何とかこの犬を助けてやりたいと思い、もう壊死(えし)しかけていた左側の前足と後ろ脚を切断する手術を受けさせてたのだが、その手術の三日後から、その犬は右側の二本の足だけで、庭の芝生の上をバランスをとって歩き始めたのだ。 
 今、その犬は他の犬と変わらない速さで、全速力で走り、他の犬とじゃれあっているのだ。その犬の、生き生きとした瞳の輝き。 

 この話は、それぞれの番組全部を見たわけではなく、たまたま偶然その所だけを見て私の心に響いたものだから、ここに取り上げることにしたのだが、それと前後して、ある裁判の審理は始まったというニュース映像が流れていた。
 3年前、神奈川県津久井にある身体障がい者施設”やまゆり園”での、入居者19人殺害の事件である。
 犯人の元同所職員の男は、”この世に障がい者は不要だ。彼らがいなくなれば、世の中の不幸をそれだけ減らせる”と話していて、いまだに反省の色もないそうだが、この二本のビデオを彼に見せたら何と言うだろうか。

 もう一つは、NHKの「英雄たちの選択」から、暮れに放送された”そして万葉集が生まれた~大伴家持(おおとものやかもち)が残した日本人の心”と、新年になって放送された”百人一首~藤原定家(ふじわらのていか)三十一(みそひと)文字の革命”である。(藤原定家 「新古今和歌集」「百人一首」の編者」)
 どちらの番組も、今私が最も興味のある”日本の古典”の中から、「万葉集」と「新古今和歌集」「百人一首」に関する話が取り上げられていたから、興味深く見せてもらったが、再現ドラマでの当時の衣装と舞台背景などはともかくとして、セリフまでも忠実にとは言わないが、今の若者言葉で話されると違和感だけが残ってしまうし、アニメ風にコント場面としても小芝居が挿入されていたが、何とも中途半端で、紅白の視聴率が大きく下がったのと同じで、あまりにも全年代層に見てもらおうという目論見が強くて、とても成功したとは言えないのだが、むしろこのシリーズの司会者で、今を時めく歴史大家の磯田道史先生をはじめとする出席者の対談が、それぞれの見方の代表者の意見として面白かった。
 もっともこうした番組は、NHK以外ではとても作れないだろうから、放送されるだけでもありがたいのだが。

 今私は、日本の古典以外のものは、特に現代日本の小説などはもう何十年もの間読んでいないから、とても文学愛好家などとは言えないのだが、それでも私が文学愛好家でいられるのは、今に続く日本人の心の源にある、こうした日本文学の数々があるからである。
 今、やっと「源氏物語」を読み始めて、併読する状態で「古今和歌集」を再読しているが、その中から在原業平(ありわらなりひら)の「伊勢物語」にも出てくる有名な一首。

「ついにいく 道とはかねて ききしかど 昨日今日とは 思わざりしを」

(「新古今集」巻十六 861 佐伯梅友校注 岩波文庫)

 自分なりに訳すれば、”人はだれでも、やがては死にゆく運命なのだとわかってはいたのだが、それが昨日今日の差し迫ったことだとは、思っていなかった。(こうして自分が年老い、病にかかるまでは。)”

 他にもまだまだ、例の「ポツンと一軒家」や山番組のドローン撮影による「冬の槍ヶ岳」や、二回に分けてのアンドラーシュ・シフのベートーヴェンの「ピアノ協奏曲集」に、アンジェラ・ヒューイットのバッハの「インヴェンションとシンフォニア」、それに「ドキュメント72時間2019年スペシャル」でのそれぞれの人間模様などなど・・・。

 私たちは、こうして生きているからこそ、様々な人間の喜怒哀楽の心の機微(きび)を見ることができるのだ。
 生きている今にこそ、感謝すべきなのだろう。