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読書「恋しくて」村上春樹編訳

2021-08-29 15:42:30 | 読書
 10編の形の異なる恋物語を収録した作品集。「恋するザムザ・村上春樹」以外は外国の作家の作品。

 私は特に二つ、「二人の少年と一人の少女・トバイアス・ウルフ」と「モントリオールの恋人・リチャード・フォード」が印象的だった。

 「二人の少年と一人の少女」は、メアリ・アンとレイフとギルバートのお話。その夏、どこに行くにも三人は一緒だった。レイフは、見栄っ張り、ギルバートは、皮肉屋、メアリ・アンは、普通の女の子で数学と科学が苦手で、看護学校へ進む計画を持っている。

 八月初めに、レイフは父親と一緒にカナダに釣り旅行に行くことになった。レイフは車のキーをギルバートにポンと渡して「俺がいない間、メアリ・アンの面倒をよろしくな」と言った。

 ギルバートは、毎日のようにメアリ・アンを引っ張り出す。レイフを加えた三人の時には、ギルバートも得意の皮肉っぽい言葉を連発する。しかし、1対1になると皮肉屋のギルバートも大人しくなる。やはり異性間では緊張すのかな。

 映画を観たり、バーでビールを飲んだり、レストランで食事をしたりを重ねるが、二回ほどメアリ・アンの自宅前で別れていた。その後、メアリ・アンは自宅に招き入れるようになった。

 話しているとメアリ・アンの好ましい人柄に触れギルバートの心にさざ波を立てる。ある夜、彼女がキッチンからキャンディーを持ってきた。ちょうどレイ・チャールズの「Born to Lose」が流れていた。 
 彼女は、ロイ・オービソンとフリートウッズとレイ・チャールズが好きだった。

 以下本書から「ギルバートは立ち上がって、いかにも気取った仕草で恭しく手をさしのべた。彼女がもしそうしようと思えば、そのまま笑い飛ばせるように。でも彼女はお皿を置いて、彼の手を取った。そして二人は踊り始めた。
 最初のうちはぎこちなく、距離を置いて。しかしそれからだんだん緊張がほぐれて、身を寄せ合うようにして。二人はぴったり呼吸があっていた。実に完璧なまでに。
 彼女の腰や腿が身体に触れるのを感じた。彼女の肌のぬくもりを感じた。彼女の温かい手が彼の手をぎゅっと握った。ラベンダー香水の匂いがした。彼女の髪の陽光を含んだ匂いや、微かに塩っぽい肌の匂いもそこに混じった。彼は何度も何度もそんな匂いをまるごと吸い込んだ。

 やがて彼は自分が硬くなり、持ち上がっているのを感じた。それが彼女にしっかりと当たっていた。もちろん彼女もそれに気づいたはずだ。彼は当然、彼女が離れていくものと思った。しかしメアリ・アンは離れなかった。曲が終わるまでぴたりと彼に身を寄せていた。曲が終わってもしばらくはそのまま離れなかった」
 このくだりは試しにレイ・チャールズの歌声を聴きながら読んでみた。効果的だった気がする。フォックストロットで踊るのもいいかもしれないが、一気にチークダンスといきたい。

 甘酸っぱい青春の時の流れ。 で、この二人は進展したのか。いや、そうならなかった。もう一押しというところで終わってしまうというのはよくあること。

 著者トバイアス・ウルフは、1945年アラバマ州生まれ。ワシントン州で育つ。オクスフォード大学を出たのに、夜警やウェイター、高校教師等を転々。75年からスタンフォード大学で創作を学ぶ。

「モントリオールの恋人」は、大人のラヴ・ストーリー。マデレイン33歳、ヘンリー49歳が登場人物。マデレイン、夫・子供一人あり。ヘンリー、離婚歴があって今は独身。ここでもう想像がつくでしょう。不倫関係なのだ。

 このありきたりの男女関係を50ページ、大雑把に言って32,000字原稿用紙80枚の物語にした。意外とこういうテーマは難しいと思う。みんな体験し知っていることだから。

 不倫の始まりはごく自然な流れからだが、終わらせるのはなかなか難しい。ケチな男だと関係した間にプレゼントしたものを全部返せといい出しかねない。
 この物語は、どのように別れるかがテーマであるのは確かだ。しかも大人の対応として。

 二人の背景をもう少し詳しく、マデレイン・グランビルは、地元モントリオールに在住。彼女は公認会計士で、「ウェスト・コンソリデイティッド・グループ」の経理を受け持っている。

 ヘンリー・ロスマンは、その会社のために活動しているロビイストで弁護士だ。ワシントンDCの住人。二人はたびたびヨーロッパでの仕事のために出張していた。お互い相手に好ましい点に気づけば、あとは必然のようにシングル・ルーム二つから、ダブル・ベッド一つになるのは時間の問題。それが二年間続いている。

 お互い口には出さないが、内心ではこういう状況が永遠に続くとは思っていない。別れるか一緒になるか。マデレインは、別れを選んだ。

 それもちょっと姑息な手を使って。かつて付き合っていた若き俳優を自身の夫になりすまして、ヘンリーにこの関係を解消させようとした。ヘンリーは、この夫という男と会ってみて、若すぎるし言葉遣いはぞんざいで不思議な感覚を持った。つまり本当の夫でないと。

 その後マデレインは、「ちょっとやりすぎたわね」と言って謝罪した。ヘンリーが心の奥で不快感を持ったにしても、何事もなかったように空港でマデレインと生涯の別れをさらりとこなした。大人ならこういう別れが正当なところ。統計的に不倫は、二年で終わるという。この物語も二年で終わった。

 村上春樹がページを割いてコメントをしているが、こんなくだりがある。「フォードの文体は、緻密で曲がり角が多く、洗練された歪みがある。そのニュアンスを翻訳するのはなかなか難しいときがある」と言っている。確かにそういう部分なのだろうと思われるところもあった。

 著者のリチャード・フォードは、1944年ミシシッピ州に生まれる。95年のIndependence Dayではピュリッツァー賞とPEN/フォークナー賞を受賞。

では、「二人の少年と一人の少女」に出てくるレイ・チャールズの「Born to Lose」を聴いてみましょう!
Born to lose, I've lived my life in vain 負けた無駄な人生だった
Every dream has only brought me pain すべての夢は苦しみだった
All my life I've always been so blue ブルーな人生
Born to lose and now I'm losing you 人生を失い、今あなたを失おうとしている

Born to lose, it seems so hard to bear 負けるのは耐え難いもの
When I wake and find that you're not there 目を覚ましてあなたがいないとき
You've grown tired and now you say we're through 疲れて今までのような関係は無理
Born to lose and now I'm losing you 失うこと、そしてあなたを

Born to lose, I've lived my life in vain
Every dream has only brought me pain
All my life I've always been so blue
Born to lose and now I'm losing you

Born to lose and now I'm losing you

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