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ミニ恋愛小説「ラブレター」(1)

2014-06-15 14:16:43 | 小説

 会社から帰宅した孝司はマンションの郵便受けを覗き込んだ。新聞と封筒があった。3階の自室のキッチンでその封筒を手に取った。散りゆく桜の花びらがピンクで彩られた封筒だった。いまどき珍しいダイレクト・メールだと思った。表書きにはキレイな草書体で住所と垣本孝司様とあて先も間違っていない。裏面はきっちりと封がしてあって差出人の記入はない。
     
 封筒からはほのかな香水の香りが漂ってきた。「あっ」と思った。マリリン・モンローが寝る時につけていると言ったシャネルの5番だった。
           
 それを真似たのが1年前に喧嘩別れをした江島さゆりだった。さゆりがこんなキレイな字をかくのかと思う反面、開封する前から心の中は動揺と怒りに包まれた。

 さゆりはあまりにも魅力的な女だったから、怒りは倍増する。しかもその時の罵倒は、忘れようとしても忘れられるものではない。悔し涙とやけ酒の日々が、また思い出されてきた。
 孝司は「ちぇッ」と汚いものでも捨てるように罵った。このまま封筒をゴミ箱に放り込んでしまいたい。しかし、情けないことに料理用ハサミを取り出して封を切っていた。シャネルの5番が鼻を突いた。
 彼女との陶酔の時間が甦ってくる。ベッドでは悪の妖精だった。欲望は限度がなかった。それでも実に楽しく美しく我を忘れさせてくれた。
 彼女にも欠点があって、自己中心的で感情の起伏が激しく浮気性だった。孝司は蜘蛛の巣に絡まった虫のようなものになっていた。

 「愛しい孝司様 その後お元気ですか? さゆりは案じております。孝司様との濃密な時間を共有したことが、今更ながら貴重なものに思えてお便りを致しました。ご迷惑をお許しください。
 それで一生に一度のお願いがございます。私の最後のお願いになると思いますが、ぜひ私宅へお運びくださいませ。私の過去の失礼をお詫び申し上げたいことと、今更ながら私の人生で孝司様の存在がこれほど大きいとは思いも致しませんでした。思い出すたびに心が乱れ息苦しくなります。今一度お会いしたく存じます。お越しの節には楽しい会話が出来るものと楽しみにしております。お待ちしております。かしこ あなたのさゆりより」

 <なんだいぬけぬけと、あなたのさゆり? 今更と思うがなあ>読み終わって孝司は頭の中で毒づいた。<でも、最後のお願いとあるなあ。何故だろう>頭の中は疑問に包まれた。その疑問を抱えたままシャワーを浴びた。熱いシャワーがさっぱりとしたいい気分にさせてくれなかった。ほとばしるシャワーが一年前のさゆりの部屋へと誘った。
 
 さゆりが買った2LDKのマンションの部屋の鍵を開けた。孝司にもスペア・キーをくれていた。室内は静かだった。うがいをして手を洗ってリビングに行った。リビングの隣の部屋から苦しそうな声が聞こえた。さゆりが熱でも出しているのかもしれないと思い、ドアを一気に押し開けた。そこに見たものは、さゆりにのしかかっている男の姿だった。
 「オイ、なにやってんだ!」叫びながら男を突き飛ばした。男の狼狽振りは笑いたくなるものだが、孝司の怒りはさゆりに向かった。思いっきり横っ面を引っ叩いた。男はワイシャツとズボンを穿いて靴下も履かずに上着と靴を持って逃げ出していった。孝司は怒りで言葉も出ない。

 「叩くこともないでしょ。私はあなたの奥さんじゃないのよ。分かってる?」追い討ちをかけるように「まるで覗き魔ね。そんなにしたいのなら、順番を待ちなさいよ。色キチガイ! とっとと帰って! 顔も見たくないわ」
孝司の手はぶるぶると震えていた。これ以上ここのいると確実に絞め殺してしまう。それがさゆりとの別れだった。

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