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「犬の力 The Power of the Dog」ドン・ウィンズロウ

2011-06-15 12:55:16 | 読書

              
 「わが魂を剣から解き放ちたまえ。わが愛を犬の力から解き放ちたまえ」アート・ケラーは、ようやく安息の日々が送れるようになって、かつて耳にした、風変わりな祈りの一説を口にしてみる。意味はよく理解できないが、脳裏に焼きついて離れない言葉だった。

 この言葉は、旧約聖書の詩篇二十二章二十節から来ていて,その二十二章は、苦難と敵意にさいなまれる民がその窮地からの解放を神に願うくだりで、“剣”も“犬”も、民を苦しめ、いたぶる悪の象徴という意味合いで使われている。と訳者あとがきにある。

 アート・ケラーは、DEA(麻薬取締局)の特別捜査官で麻薬戦争の真っ只中にいる。ケラーも公明正大な男でもなく、時に違法もいとわない。メキシコの麻薬カルテルを始めラテンアメリカの麻薬に絡む密輸、暴力抗争、陰謀、政界への暗躍、公安や警察との癒着が巨大な富をもたらし、無垢な女や子供まで見せしめの犠牲になる。
 その事態を放置できず、なんとか巨大カルテルを潰そうとするケラー。長大な物語は、血の臭いを孕みながら終盤のバイオレンスへとなだれ込む。

 そんな中で私にとってちょっとした遊びの部分があった。それは、ケラーへの密告者娼婦のノーラ・ヘイデンとアイルランド人の殺し屋ショーン・カランが、短い逃避行を行う場面だった。

 「二人は州間道八号線を東へ向かう。走っているのはほとんどトラックでラグーナ山の南斜面を登る急勾配のつづら折りを突き進み、デスキャンソの町を抜けて、左手に鬱蒼とした松林、右手には数百フィート下方に広がる砂漠を見ながら、尾根に沿ってひた走る。

 そして、日の出の荘厳な風景。砂漠の底から昇る曙光に、二人で目を奪われる。やがて、幹線道路七十九号線との合流点近くで、湖のほとりに出る。さらに七十九号線を行くとジュリアンの町まで来る。

 その先を下っていくと美しい谷間の中央に北へ向かう幹線道路と西へ向かう道路が交差している。交差点の周辺には建物が散在する。
 北側には郵便局、マーケット、食堂、パン屋、画廊があり、南側には古びた雑貨屋と何棟かの白い貸し別荘があって、それ以外、どちらの側にも何もない。広大な草地を道路が横切り、牛や馬が草を食むだけ」

 ここで二人は貸し別荘暮らしとなる。ジュリアンの町で衣類を買い、貸し別荘の前のマーケットで食品を買う。何日か周辺を見て回る。カランはノーラに手を出さない。ノーラが娼婦であることも知っていながら。
 そんなカランにノーラは、好意を抱き始める。私は古いランドマクナリーの地図を辿った。ジュリアンを見つけた。地図は何の変哲も無い記号と文字だけ。しかし、このような描写があると俄然地図がリアルな表情を見せるから面白い。それに行ってみたくもなる。変な読者と思われるかもしれないが、これだけで満足してしまう。
コメント
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