最新の治療法など、地元の医療情報を提供する「メディカルはこだて」の編集長雑記。

函館で地域限定の医療・介護雑誌を発刊している超零細出版社「メディカルはこだて」編集長の孤軍奮闘よれよれ・ときどき山便り。

雨の日の鉄棒のにおい

2017年03月28日 12時24分43秒 | 新聞コラム
北海道新聞みなみ風の「立待岬」。
3月27日掲載のタイトルは、「雨の日の鉄棒のにおい」。



 大正・昭和時代の小説家・劇作家の久米正雄の父親は小学校の校長を務めていたが、学校で起きた火災で明治天皇の御真影を焼いてしまった責任を負って、自らの腹を切って自殺した。久米が数え8歳のときだった。久米は父親の壮絶な死を「父の死」という小説で発表する。小説には描かれていないが、部屋には血のにおいがしたはずだ。
 50代のときに突然、血を吐いた父は病院のベッドの上で2週間、吐血と下血を繰り返し、いつも血のにおいがした。死んだ後も、あの雨の日の鉄棒のようなにおいは、鼻の奥に残ったままだった。
 親の死んだ年齢を越えることはできないと思う人は少なくないようだ。私は越える前に父の夢をよく見た。ある日は廊下に座り、庭を眺めているが、話しかけてもまったく動こうとはしない。別の日の夢は、どこかの家の池の中で裸で座っていた。そこは露天風呂じゃないと言って、手をひっぱろうとするが、体にさわることもできなかった。
 誕生日から数日後、郊外の雪の森を歩いた。シートを敷いて仰向けに寝転ぶと、抜けるような青空がサングラス越しにもまぶしかった。背中は冷たくなってきたが、そのまま木の枝と空を見ていた。目を閉じると、苦しい検査に「死にそうだった」と苦悶する父の顔が浮かんでくる。
 鉄棒のにおいは、森の中で消えた。ようやく父の年齢を超えたのだ。
                                                               (メディカルはこだて発行・編集人)
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