北海道新聞みなみ風の「立待岬」。9月28日掲載は「陽(シ)コあだネ村」。
フランス語と聞き間違えるテレビCMが話題となった津軽弁。難解な方言として知られているが、その響きは忘れていたような感動を与えてくれる。
弘前公園近くの郷土文学館には「方言詩コーナー」があり、津軽の詩人が方言で作った詩を地元の人の朗読により聞くことができるが、その中でも高木恭造の「陽(シ)コあだネ村」は頭の芯をしびれさせる。陽の当たることのないさびれた漁村。そんな村の独りの古老が「みんな貧ボ臭せくてナ 生臭せ体コしてナ」とつぶやく方言詩はあまりにも強烈だ。
昭和6年に刊行した方言詩集「まるめろ」で知られる恭造は満州医科大学を卒業後、眼科医となり、終戦後は満州から引き上げて弘前市内で眼科医院を開業する。医学と文学を並行させた彼は詩や小説などの創作活動も続けたが、方言の閉鎖性を超えた彼の方言詩は英訳されるなど海外にも紹介されてきた。
数学者でエッセイストの藤原正彦さんは、文学館の方言詩の朗読を「余りの感動に打たれた私は立ち上がることができず何度も聞いてしまった」と新聞のコラムに書いていたが、私も同じ気持ちで何度も聞いた。藤原さんは方言を話す男性なら誰でも信用しそうになるし、女性なら惚れそうになるとも書いていたが、津軽弁に関してはまったく同意見である。 県外者には標準語を話す津軽の女性も、イントネーションだけは津軽弁だ。その津軽弁が大好きだ。
(メディカルはこだて発行・編集人)
フランス語と聞き間違えるテレビCMが話題となった津軽弁。難解な方言として知られているが、その響きは忘れていたような感動を与えてくれる。
弘前公園近くの郷土文学館には「方言詩コーナー」があり、津軽の詩人が方言で作った詩を地元の人の朗読により聞くことができるが、その中でも高木恭造の「陽(シ)コあだネ村」は頭の芯をしびれさせる。陽の当たることのないさびれた漁村。そんな村の独りの古老が「みんな貧ボ臭せくてナ 生臭せ体コしてナ」とつぶやく方言詩はあまりにも強烈だ。
昭和6年に刊行した方言詩集「まるめろ」で知られる恭造は満州医科大学を卒業後、眼科医となり、終戦後は満州から引き上げて弘前市内で眼科医院を開業する。医学と文学を並行させた彼は詩や小説などの創作活動も続けたが、方言の閉鎖性を超えた彼の方言詩は英訳されるなど海外にも紹介されてきた。
数学者でエッセイストの藤原正彦さんは、文学館の方言詩の朗読を「余りの感動に打たれた私は立ち上がることができず何度も聞いてしまった」と新聞のコラムに書いていたが、私も同じ気持ちで何度も聞いた。藤原さんは方言を話す男性なら誰でも信用しそうになるし、女性なら惚れそうになるとも書いていたが、津軽弁に関してはまったく同意見である。 県外者には標準語を話す津軽の女性も、イントネーションだけは津軽弁だ。その津軽弁が大好きだ。
(メディカルはこだて発行・編集人)