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野鳥・旅行・観光・テニスなど趣味の写真ブログ
ROSSさんの大阪ハクナマタタ



折角、バリ島まで来たので、去年の秋にオープンしたというイタリアの「ブルガリ」が展開する超高級ホテル、ブルガリ・ホテルズ&リゾーツ・バリ(以下ブルガリリゾート)を見学に行って来た。

ブルガリのレセプション棟から見たビラ



宝飾品、時計、バッグ、香水などで有名なブランドであるブルガリは、最近リッツカールトンと提携してホテル事業に進出し、第一号ホテルはイタリアのミラノ、続く第二号のホテルをバリに建設している。



リッツのベルデスクでタクシーを頼み、やってきたタクシーに乗り込むと、長い間外で客待ちしていたようで車内が暑くてたまらない。

レセプション棟にある花の衝立



ブルガリリゾートまで行って欲しいと頼み、少しだけ日本語のできるドライバーと雑談しながら冷房の効きの悪いタクシーでガタガタの山道を南に向かって相当長い距離を走る。

ブルガリリゾートの中庭



途中、商店も無いような小さなをいくつかと、無人の山道を40分くらい走った辺鄙な場所にやっとブルガリリゾートのセキュリティゲートが見えてきた。

このホテルは、バリ島の最南端ウルワツの断崖に建っているので、まさに陸の孤島のようなところにある。

ひっそりとしたビラの屋根



ブルガリデザインの制服を着たガードマンの厳重なセキュリティチェックの後、敷地内に入り、レセプションのある建物の前で下ろしてもらった。

6万ルピアくらいのメーターだったのでドライバーに10万ルピア札(1300円くらい)を出したらお釣りが無いというではないか。

ブルガリリゾート急勾配の道路



超高級ブルガリリゾートの玄関まできて、細かい金のやり取りを続けるのはどうかと思い釣りは諦めることとしたが、ドライバーもしっかり客の心理を読んでいたのであろう。

ブルガリリゾートに置かれた石像



到着したレセプション棟の横には、白い大理石で造られたヒンドウ寺院の祭壇のようなものがあり、エキゾチックナ雰囲気を醸し出しているが、昨年オープンしたばかりなので樹木の生長にはまだ年季が入っていない。

祭壇



プライバシーを重視したブルガリリゾートでのチェックイン、チェックアウトは客室でするためか、レセプション棟は寂しいくらいであった。


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ヘアスプレーは、1988年にオリジナル映画が作られ、2002年にはブロードウエーのミュージカルとして上演され今もロングランが続いているミュージカルコメディである。



今回、そのミュージカルを再度映画化したのがこの作品で、前回と同様にヒロインは新人を起用し、ヒロインの母親エドナ役は男性俳優が演じることが踏襲されている。

ヒロインを演じるのは、千人以上の中からオーディションで抜擢された19歳のニッキー・ブロンスキー、母親のエドナ役は、サタディナイトフィーバーのジョン・トラヴォルタが引き受けている。



ストーリーは、1960年代ヘアスプレー企業がスポンサーとなっているボルチモアのテレビ番組「コーニー・コリンズ・ショー」に出演を夢見る太目の少女トレーシーが歌とダンスの才能を発揮して番組の人気者となるという物語である。



ミュージカルなので、娘以上に太った母親エドナ役のダンスと歌のシーンが重要であるが、本物の太った女性に軽やかなステップは無理ということから男性俳優が女装して出演することとしたのであろう。



また太めのヒロイン、ニッキーの歌とダンスは、さすがに千人から選ばれただけに天才的で、彼女が発散するハッピーなオーラはスクリーンから強烈に伝わってくる。



ストーリーは、1960年代の人種差別の問題を扱っているために黒人俳優も多数出演しているが、そのなかでモーターマウス・メイベル役のクイーン・ラティファの歌唱力と存在感は素晴らしかった。

クイーンは、1989年にデビューしたラップ歌手で、女性ラッパーの第一人者として知られており、1994年にはグラミー賞を受賞している。



また女優としても活躍しており、2002年の映画『シカゴ』ではアカデミー賞、英国アカデミー賞、ゴールデングローブ賞(いずれも助演女優賞)にノミネートされている実力者である。

また、黒人の日のブラックデイに出演する女性ボーカルトリオの歌も見事で、映画を見ていると歌とダンスは白人よりも黒人のほうに才能があるのではと思うほどであった。



ちょっとニューヨークまでミュージカルを、という訳には行かない日本人にブロードウエーの雰囲気を気軽に味わえるこうした映画は有難い。


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77ヘクタールもあるリッツの敷地は、ジンバラン地区から車で20分くらい山の中に入った場所に孤立してあるために、気軽にホテルの外で朝食というわけにはゆかない。

ジュースポット



朝食は、エントランスロビーの下にある「パディ」というオープンエアーのビュッフェスタイルのレストランで摂る。



受付の女性に部屋番号と名前を言って、熱帯の緑に囲まれ、睡蓮の浮かぶ池を眺める茅葺屋根のガゼボ(あずまや)の中の庭に近い気持ちの良い席に案内して貰った。



ガゼボの外にも白いパラソル席があり、この席の前では毎朝派手な衣装のバリダンスの踊り子が踊りを披露してくれていた。



朝食ビュッフェは、中華、洋食、和食、タイ、インドネシアなど世界各国の料理を毎日少しずつ違ったメニューにして出していたようである。



7つくらいある保温ケースの中には、暖かい料理が2品づつ置いてあり、その左手には目の前で卵料理を作ってくれるシェフがいる。



卵シェフの左には、パンケーキ担当のシェフがいてパンケーキとワッフルを焼いており、その隣には何と日本料理のコーナーまである。



日本料理コーナーには、すき焼き風に味付けされた肉か魚料理、納豆、じゃこ入り大根おろし、ごはん、海苔、味噌汁、漬物などが置かれている。

一口すきやき



その向い側には、パンコーナーがありクロワッサン、フランスパン、菓子パンが棚にきちんと置かれ、虫除けのネットがかぶせてあったのが熱帯のレストランらしい特徴である。



その横には、各種のヨーグルトが氷の周囲にぐるりと置かれた台と、トロピカルフルーツジュースのポットが置いてある。



熱帯のホテルなので当然フルーツコーナーもあり、赤、黄色、グリーンなど色とりどりの果物が綺麗に取り揃えてあったが、配送の関係か完熟のものではなく、意外と甘くなかったのが残念であった。



その他に、サラダコーナーに生野菜、ハム、チーズ等もあったが、熱帯地域にあるホテルということを考え、このコーナーの料理はパスすることとした。



さて、案内された席について、バリ島コーヒーを頼み、紹介した各種料理を少しずつ取ってゆったりとした朝食を食べていると、こういう場所こそ竜宮城ではないかという思いにかられてしまうのである。



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今回宿泊するホテルは、1996年に開業したリッツ カールトン バリ リゾート&スパで敷地77ヘクタール、全客室数368室という巨大なホテルである。



陸上競技場、植物園を含む大阪長居公園の敷地が66ヘクタールというので、その広さを理解して頂けると思う。



格安ツアーで来た我々の宿泊する部屋は、リゾートビューという一番安いカテゴリーであったが、床面積が48㎡もあるので短期滞在には十分な広さであった。



床が白い大理石貼りの客室には、バリ島風浴衣が置いてあるクイーンサイズのベッドとソファー、テーブルと椅子が2脚あったが、まだスペースに余裕があった。



客室に入ってビックリしたのは、NHK国際放送が映る42型の液晶テレビ(韓国LG社製)が置いてあったことである。(残念ながらハイビジョンでは無い)



白い大理石張りの浴室のバスタブは、少し浅いが足が真っ直ぐ伸ばせる長さがあったので、ゆったりとお湯に浸かることができる。



また、熱帯地域にあるホテルに必須のシャワーブースがあり、外出から戻るとサッとシャワーで汗を流せるので非常に快適であった。



この客室には夜中のチェックインであったが、翌朝目覚めて窓のカーテンを開けると熱帯リゾートの風景が目に飛び込んでくるという演出となっている。



我々の部屋は、リゾートビュー南ウイングの最上階4階の西端にあり、ホテルの中央庭を正面に、左側にオーシャンビュー棟の屋根越しにインド洋が望める眺めの良い部屋であった。



又、スパゾーンに近く、スパの利用に便利が良かったのは、事前にホテルのHPからスパの予約をしておいたせいなのかもしれない。

スパへ渡る橋



但し、アメリカ系のホテルであるためか冷房機能が必要以上に過大であり、一番絞って使っても寒いくらいにまで部屋の温度が下がる難点があるので、日本人はベランダの窓を開けておくくらいが丁度良いのかもしれない。



バリ島では蚊に刺されることも覚悟していたが、ホテルの徹底した殺虫対策のためか窓を開けた部屋の中や、ホテルの庭、パブリックスペースで蚊に刺されることは皆無であったのは驚きである。

スパカウンターにあったフラワーボウル




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リッツカールトンバリのホテル棟のプールは、プールの縁で溢れる水がインド洋の水平線と一体となるようにデザインされたインフィニティ(無限)エッジプールである。



我々が滞在したときには、暑さのせいかプールの中に入っている宿泊客は数人しかいなかったが、このプールは、中に入るよりもプールサイドからプールと海が一体となった景色を眺めるのが正解であろう。



プールの縁(エッジ)から溢れた水は、2段構えとなっている下のプールに滝となって落ちるようになっているが、滝の上にはカエルの像が置かれていて面白い。



溢れた水は、ドラゴンの口から出る噴水によって補給される構造となっている。



下段のプールの周囲にもプールを囲む長いすがあり、その先の芝生の上には、インド洋に向かって10脚くらい椅子が置かれていて、終日海を見て過ごすこともできる場所となっていた。



その芝生の左側にある階段を下りると、断崖の中腹に、海水で満たされたオーシャンビーチプールがある。



このプールも縁から水が溢れるインフィニティエッジとなっていて、メインプールよりも海に近いのでプールの縁と海の境界がさらに曖昧となってプールと海が一体化して見える。



係員が部屋番号を聞いてきたので番号を伝えると、手際よく長いすにビーチタオルを敷いてくれた。



さっそくプールサイドの長椅子に寝そべって、プールの縁からインド洋の無限のかなたを眺める至福のひと時を過ごしたのである。



目の前はすべて8千キロ先のアフリカ大陸タンザニアまで続いている南緯8度のインド洋である。



長椅子で寛いでいると、白人の男の子が一人プールに入ってきて、インフィニティエッジから先の海をじっと眺めていたが、これも絵になる風景であった。



昼近くになると、日本人の親子、白人の親子、韓国人のカップルと3組がどかどかと入ってきたので、名残惜しいが部屋に引き返えすこととした。


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リッツバリ、ホテル棟メインプールの海側には、崖下に下りる階段があり、そこからインド洋の浪が打ち寄せるビーチに下りることができる。



崖の高さは30メートルくらいあるので大変であるが、階段の途中からのインド洋の眺めが素晴らしいので、眺めに気をとられているとすぐにビーチの上にあるレストラン「キシックシーフードグリル&バー」に到着である。



このレストランに特長的なのは、目の前180度がすべてインド洋であることである。



11時からのランチメニューが掲示されていたが、日本円換算でビーフバーガー2000円、サーモン弁当2300円、ナシゴレン1900円などとランチとしては結構高価な料理が並んでいた。



そのレストランを抜けて少し南に歩くと、リッツバリ名物のインド洋に突き出た長い桟橋がある。



桟橋の先端までボードウオークをテクテク歩いてみると、突き当たりにはテーブルと椅子が2脚だけ置いてあった。



一日、1組だけがこのテーブルでディナーを摂ることができるらしいが、相当海の中に突き出しているのでプライバシーは完璧に確保できても、万一津波が来ると逃げる場所がないという怖い場所である。



桟橋の上から南側の崖下を見ると、インド洋の浪しぶきがかかる岩の上にスパオンザロックのあずまやが良く見えたが、そこも津波が来るとかなりヤバイ場所ではなかろうか。



レストランまで戻り、ビーチへの階段を下りるとインド洋の高波が打ち寄せていて、のんびりと海水浴ができるような穏やかな海岸では無い。



それでも気持ちの良い砂浜をかなり遠くまで歩いて写真を撮ったが、崖から転がり落ちた巨大な岩で途中から砂浜が遮断されていた。



このビーチの上の崖の中腹には、海水で満たされたオーシャンビーチプールというインフィニティエッジのプールがあり、実に気持ちの良い場所であったので次回はそのプールを紹介しようと思う。


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バリ島の記事が続き、読みくたびれた人も多かろうと思うので、今日は一息入れるために別のテーマでブログを書いてみた。

10月25日に発売された「建築日和」という雑誌の創刊号のテーマが「バブル建築へGO!」である。



この雑誌の中に、私が撮ったホテル川久の写真が掲載されているので、興味のある方は書店でぜひ見て欲しい。

また、バブル建築と日本のバブルに興味がある人は、私の収入にはならないが買ってじっくりと記事を読み、当時の建築家が何を考えていたかを知って欲しいと思う。



実は7月頃に、私のブログを見たライターのKさんから連絡があり、今度出版する雑誌の特集として「バブル建築」を扱いたいので、その記事に私の写真を使わせて欲しという依頼があった。

東京のバブル建築のページ



私が撮った写真が雑誌に載るとは名誉な話なので、二つ返事でOKし、Kさんのアドレスまで1枚が2MBくらいある写真データーを送っておいたものが、今回の本に掲載されたのである。

大阪のバブル建築のページ



Kさんは、お礼に出版された本を送ってくれると言ってきたが、1600円くらいの雑誌を買う金に不自由している訳ではないので、有難く辞退し梅田の紀伊国屋書店まで出かけて買ってきた。

紀伊国屋の向かって左側の入り口から入り、すぐ右側の雑誌売り場にて



雑誌を買ってみると、新刊本であるのにバブル時代の雰囲気を出すためか古い雑誌によく見られるような本の周囲が日焼けした状態に印刷され、中にある記事や写真のレイアウトもかなり凝った造りとなっている。

キリンプラザ大阪のページ



記事の内容は、建築家の高松伸、隈研吾、黒川紀章などへのバブル時代の思い出インタビューや、東京、大阪、京都、福岡など全国の都市に残っているバブル建築取材など、結構面白いものだったので一気に読んでしまった。

高松伸のインタビューページ



日本中が建築ブームで沸きに沸いたのは、1988年から93年までのたった5年間であったが、先日亡くなった黒川紀章氏のように当時を知る人がだんだん少なくなっている現在、こういう本を出版し時代を記録しておくことは大切である。

福岡のページ



日本の建築文化を紹介する雑誌「建築日和」のますますの発展を願ってやまない。


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リッツバリでの最終日には、ホテルの部屋でビールを飲みながら、のんびり過ごしたが、高級リゾートホテルに宿泊するのであれば、こういう過ごし方が正解なのであろう。



このバリ島で飲むビールはビンタンビールである。



ビンタンとは、インドネシア語で「星」のことらしいので、ビールのラベルにはサッポロビールのビンにあるマークと良く似た赤い星のマークが描かれている。



19世紀から1950年までオランダの植民地であったインドネシアでは、オランダに本社のあるハイネケン社が1929年からハイネケンビールの販売を始めている。



その後インドネシアが独立し、会社が一時国営化されたあとに現在のビンタンビール会社が出来たためにビンタンビールはハイネケンビールの味に良く似ているらしい。



最初の日、インドネシアを代表する熱帯のビールがどうしても飲みたかったので、わざわざタクシーで30分かけて街まで出てビールをまとめて買って来た。



このビールは、バリ島のスーパーではどこでも売っているありふれたビールであるが、ウブドにはそのビール会社が経営しているスーパーまであったのにはビックリした。

スーパーの棚



ウブドでは、フォーシーズンズホテルの快適なラウンジで、谷の向こうの熱帯雨林を見ながらビールを飲む機会があったが、忘れられないリッチなひと時であった。



熱帯のバリ島で飲むビンタンビールの味わいは、辛口であるが苦味が少なくスッキリとした喉越しで、ほのかな甘味があるが、缶に貼ってあるシールの意味が良く判らない。



当然、よく冷やして飲むと一段と美味いのであるが、アルコール度数5%という割には酔いの回りが弱く、2,3本飲んでも日本のビールのように酔うことがないのはどういう訳であろうか。

ジンバランのシーフードレストラン



最終日に行ったジンバランのシーフードレストランでもビンタンビールを注文して、インド洋に沈む夕日を見ながら食事をしたが、辛いインドネシア料理に良く合う美味いビールであった。


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崖の上にあるリッツバリのエントランスは、ホテル棟の4階部分にあり、エントランスの下のホテル1階レベルが熱帯植物の配置された庭とパターゴルフコ-スとなっている。



写真の4階右端の部屋が我々の泊まった部屋



ホテル棟の庭は、海までゆるやかな下り坂となっていて、ところどころにガゼボ(バリ風あずまや)が配置され、敷地の先はインド洋に断崖となって落ち込んでいる。



断崖の手前の芝生には、海を眺める椅子が置かれ、少し暑いがその気になれば一日中海を眺めて過ごすこともできるようになっている。



断崖の右手には、バリの言葉で「愛」を意味するトゥスリナチャペルがある。



透明ガラスの壁で囲まれたチャペルのバージンロードの床も透明ガラスで、その下は水がひきこまれた池となっている。

チャペルの入り口



さらにバージンロードの先には、ガラスの祭壇が置いてあり、インド洋が見える透明ガラスの壁にはガラスでできた十字架が貼り付けられているという凝ったデザインのチャペルであった。



このトゥスリナチャペルは、日本人ガラスアーティスト鳥毛清善氏がデザインした作品という。



このチャペルを使った式の費用は、チャペル内生花装飾・挙式関係者の謝礼・コーラス・結婚証明書・フラワーシャワー・ブーケ&ブートニア・ウエルカムボード・リングピロー・支度用ヴィラ使用料・乾杯用カクテル・日本人コーディネーターなどすべて込みで宿泊客なら24万円というので日本よりも安いかも知れない。



リッツバリには、ビラ棟エリアにアスティナチャペルというもう一つのチャペルがあるが、ホテル棟に宿泊するのであれば、トゥスリナチャペルのほうが便利である。



また、庭にあるオープンエアーのガゼボ(バリ風あずまや)での挙式もできるらしいが、バリは暑いので冷房完備のチャペルの中での挙式が正解であろう。



トゥスリナチャペルの外には銀のウエディングベルが置かれ、その先は遥かアフリカ大陸まで延々と続くインド洋である。



チャペルを出てホテル棟に戻る途中には、すがすがしい竹林の散歩道があり、そこを通るとホテルの北ウイングの前の庭である。




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ホテル棟からスパゾーンにはゴルフコースの上にかかった橋を渡り、アスレティックジム棟の前からブティックに入り、そこを素通りして石段を登るとスパのあずまやと受付がある。

あずまや



外部からリッツのスパを受けに来る人には別に入り口があり、そこから入って真っ直歩くと、巨大な蘇鉄の向こうに受付というダイナミックな配置となっていた。



この受付は、朝9時頃からオープンしているようであるが、午前中に利用する客は少ないようで、家内が10時前に入るとほかの客はまだ誰もいなかったという。



確かにリゾートホテルに来て、早朝から慌しくスパに来る客は少ないであろうが、午後から夜にかけてはかなり混雑しているようなので、その時間帯にスパを利用するのであれば事前にHPからネット予約しておく方が良いのかもしれない。

スパの中庭



リッツバリのスパパッケージ料金は、税金サービス料込みで最長の4時間コースが312米ドルから84ドルまで15コース、他にマッサージとトリートメントが24コース、フェイシャルが10コースと選択に迷うほど盛りだくさんである。

スパからアクアトニックプールへの入り口



スパゾーンには、最近できたアクアトニックプールがあり、リッツのプールではここだけ2時間48ドルの別途料金が必要である。



午前中に行くと利用者がいないのでゆっくりと見物できるが、午後から夜にかけては結構多かったように思う。



夕方、このプールから眺めるインド洋に沈む夕日は綺麗で、そのためにサンセットバブルバスとかプールの中に寝そべって西を眺めるアクアベッドと名づけられたコーナーまである。

サンセットバブルバス



このプールの水は、海水を使っているのが特長で、他のプールと同じ縁から水が溢れるインフィニティ構造となっている。



実はリッツバリには、インド洋に突き出た断崖の下の岩の上にスパ・オン・ザロックというスパ施設がもう1箇所ある。

中央浪しぶきがかかっている岩の上に屋根が見える



そこでは毎日午前2組、午後4組だけが利用できるコースがあり、2時間30分かかる午後のコースの料金は、何と一人が660ドル、2人で利用すれば1080ドルという途方も無い金額であった。




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リッツ バリには戸建のビラ棟もあり、1ベッドルームの安い部屋で1泊900ドルもする贅沢な宿泊施設である。

ビラ棟



一番遠いビラ棟からホテルロビーまでは500メートル以上あるので、移動は電動カートを使うことになるが、宿泊客はいつでも無料送迎してくれるという。

ビラ棟レセプションロビーへの廊下



バリ島にあるビラ形式の高級ホテルでは、24時間の無料カート送迎サービスはどこもやっているようで、後日訪問したブルガリホテルやフォーシーズンズホテルでもカートを使って内部を案内して貰った。

レセプションロビーの池



ビラ棟は、ホテル棟とは別の場所に入り口があり、バリ風の縁から水が溢れている池の上に作られた専用のレセプションロビーがある。



その先には、ホテル棟のメインプールよりも少し狭いバリ風のプールと、その下にも溢れた水を受ける2重構造のプールがある。



ホテル棟に宿泊している人もこのプールを利用できるというが、ホテルロビーから400メートルも離れたビラ棟まで来てプールに入る人は少ないであろう。



ビラ棟には、殆どすべての棟に専用プールが付属しているので、わざわざ部屋を出てパブリックなプールを使う人は少ないようである。

ビラ内部



このビラ棟プールの上には、DVD、VCD、CDを取り揃えたプライベートライブラリー 、ブティック、ショッピングギャラリー があるらしいが、今回は時間が無かったのでその内部を見ることができなかったのは残念であった。

ビラ棟の入り口



公園のようなビラ棟エリアをぶらぶら歩いていると、インド人と思われる家族が丁度結婚式をやっていた。



地図で見ると、ビラ棟エリアにはすべての壁がガラス貼りで、内部からインド洋が見えるアスティナチャペルという教会があった。



アスティナチャペルから東側に向きを変え、手入れの行き届いたゴルフコースに沿ってさらに歩くと、リッツバリの誇るスパエリアである。




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リッツ バリのメインエントランスとなる建物は、あずまや風のバリ様式で、中に入ると廊下の正面にはバリのホテルに特徴的な縁まで水が溢れた池がある。

エントランスの建物とロータリー



その先は、建物4階分低くなっている庭園があり、さらにメインプールとその向こうにインド洋が見えるというダイナミックで巧みなデザインがされていた。



池の手前を右に曲がると、オープンエアのフロントゾーンがあり、フロントの海側にせり出したエリアがリッツに特徴的な狭いロビーである。



リッツでは、友人宅に招かれたような心地よい雰囲気を目指すために、他の高級ホテルのようなゲストを威圧する巨大なロビー空間を作らず、狭いロビーの中に置いてあるデスクでチェックインする。



フロントの両側には、コンセルジュデスクがあり、向かって左側が日本語、右が英語のデスクとなっていた。



昼間、日本人の女性と日本人以上に日本語が達者なバリ島人のコンセルジュがいたので、ホテルの中にあるレストランとスパの予約をしたが、どちらも気持ちの良い応対であった。



フロントの後ろの壁には、3本の木製モニュメントが掛けられていたが、よく見ると建物の軒先にある部材のようである。



リッツ バリで吃驚したのは、パブリックゾーンにあるトイレで、このトイレは恐らくバリ島に数あるホテルの中で最も豪華なトイレの一つであろう。



扉を開けると大理石の洗面コーナーがあり、洗面ボウル毎に花が飾られた清潔なお手拭が山積みされ、トイレブースの中にも同じような大理石の洗面台が置いてある。



ホテルの廊下を歩くと、すれ違うホテルスタッフは全員が必ず笑顔で挨拶をする徹底した教育がなされていたのにも驚いた。

また廊下には、バリ音楽のミュージシャンが2人いて、ずっと生演奏をしてくれていたが、これがなかなかエキゾチックで、龍宮城のような心地よい雰囲気を醸し出している。


廊下に置かれた灰皿には、リッツのライオンマークが型押しされている。



フロントから南側の客室に続く廊下の途中にはリッツのショップがあったが、普通の土産物ばかりで、残念ながらリッツらしい特長のあるものは置いてなかったように思った。



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ヒルトン(1919年創立)、シェラトン(1937年創立)、リッツカールトンという最後にトンのつく3大有名ホテルの一つであるリッツカールトンは、1898年パリに開業した「ホテルリッツ」が起源というので、3大ホテルの中では最も長い歴史を誇るホテルである。

リッツカールトンバリのフロント



リッツ・カールトンは、「ホテル・リッツ」とロンドンの「カールトン・ホテル」がアメリカの上流階級に一流のサービスを提供するホテルとして1905年にアメリカに設立されたというので、それからでも既に102年が経過している。

ホテル棟回廊



1983年、「モナーク・ホテル」が名称の北米での使用権を取得し社名を「ザ・リッツ・カールトン・カンパニー」へ変更したが、1998年マリオット・インターナショナルの傘下に入り、今でも世界各地でホテルを展開している。

薄暮のロビーを庭から望む



リッツカールトンホテルの特長は、従業員が常にサービスの基本精神が書かれている「クレド」というカードを携帯し、従業員自らの判断で一日2千米ドル(23万円)までの決裁権が認められている点にある。

夜のロビーを庭から望む



従って従業員を採用する際には独自の採用システムが用いられ、素質を重視した面接を行うため、採用までに長期に渡って時間をかけるようである。

あずまや



リッツカールトンのリゾート版、ザ・リッツ・カールトン バリ リゾート & スパ(以下リッツ バリ)は、インド洋を臨むバリ島ジンバランの小高い崖の上に立地している。



リッツ バリは、77ヘクタールの広大な敷地に、ホテル棟ゲストルーム225室、クラブルーム65室、戸建のヴィラ78棟の合計368室という客室構成で、敷地内に13のレストランラウンジがある。

レストラン「パディ」の前



またリッツ バリのスパ施設だけで9千㎡もの広さがあり、その中には650㎡という巨大な豪華海水テラピー プールを持っている。

ロビーから100メートルくらい海側にあるメインプール



さらにリゾート敷地内には18ホールのパットゴルフコースがあり、リゾート近郊には本格的なチャンピオンシップコースもあるというので凄い。


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南緯8度の熱帯にあるバリ島の面積は、愛媛県とほぼ同じ5633平方キロ、淡路島(592平方キロ)の10倍近い大きな島で、島の南側に突き出た半島とその付け根部分が主要なリゾートエリアとなっている。

バリ島の地図



人口320万人のバリ島には、古くから人が住んでいたようであるが、4世紀にヒンドゥー教に属する人々が来て発展し、9世紀以降はジャワ島政権の支配下にあったようである。

ホテルにあるヒンドゥー教の神像



現地のガイドに聞いた話では、バリ島にはヒンドゥー教のカースト制度が残っていて、バリ島人でもカーストの上と下では使う言葉まで全く違うという。

ホテルにあるヒンドゥー教の神様2



バリ島は、16世紀にジャワから独立し、江戸時代の日本と同じように300年間の平穏な時代が続いたが、19世紀に入るとオランダが全土を植民地としている。

半島西地区ジンバランの断崖とインド洋



1941年に始まった太平洋戦争時には、日本軍に全島を占領されているが、今村均中将指揮下の駐留日本軍は、住民への弾圧をしなかったため対日感情は今でも良いという。

ジンバラン地区のビーチ



日本軍の撤退後、バリ島を再び占領したオランダ軍との独立戦争で戦死したングラ・ライ中佐という英雄がバリ島にいたが、彼の名前はングラ・ライ国際空港として今も大切にされている。

半島東地区ヌサ・ドウアのビーチ



バリ島を訪れる外国人観光客で一番多いのが日本人、次がオーストラリア人で、最近は香港、韓国、中国からの観光客が急増しているようである。

ウブドにあるライステラス(棚田)と椰子畑



今でも人口の90%以上がヒンドゥー教というバリ島住民の性格は穏やかで、リッチな観光客の落とす金でバリ島は、インドネシアの中では恵まれた所得水準にあるらしい。

ウブドにあるホテルのラウンジ



さらにヒンドゥー教圏でもあることで、宗教と所得への妬みからイスラム過激派の標的とされて、2002年と2005年の2回も自爆テロ事件が発生している。

ジンバランにあるホテルの客室からの眺め



そのためにどのホテルでもセキュリティは厳重で、エントランスのかなり手前にセキュリティゲートがあり、数人のガードマンと爆弾探知犬を配置してホテルに入る車のボンネット、トランクの中、車体の下まで点検し、乗客の顔を確認している。

バリ島内の道路はバイクが主役



何故か、日本人の顔はすぐ判るようで、ガードマンは日本語で「こんにちは」と笑顔で歓迎してくれるが、気候が暑いせいか爆弾探知担当の犬は、どのホテルでもあまりやる気はないようであった。




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ラウンジから搭乗口に移動して少し待つと搭乗案内があり、ビジネスクラスの乗客はエコノミーの客よりも先に機内に入れるので、特別扱いに弱い人間は高価なビジネスのチケットをまたもや買い求めることになるのである。



JALの座席間隔は、エコノミーの81センチに対してビジネス157センチと、ほぼ倍のスペースがあり、リクライニング角度は152度と中国国際航空のファーストクラスとほぼ同じなのでラクチンである。

機内の配膳室



ちなみにSKYTRAX社の調査によればアジアのエアライン29社中、ビジネスでは全日空が164センチと最大で、JALが第2位、ガルーダインドネシアは137センチ、中国国際航空のビジネスは106センチと狭いようである。

赤ワインのサービス



さて、エコノミーよりも7センチ幅の広い座席に座り、横6列、縦5列のビジネス席を見渡すと殆どが若者のペアで、中高年の乗客は後ろのエコノミー席に流れてゆくではないか。

座席の液晶モニター



キリギリスのような若者が惜しげもなく豪華な席を買い、アリのように働いて苦労した中高齢者が安い席を買う、今回のJAL機内では何かを象徴する奇妙な状況を目の当たりにすることとなった。

アイマスク、耳栓、マスク、歯ブラシ



離陸するとアイマスクの分配があり、さらに各種の酒とワイン(赤白6種類)のリストの中から好みのものを選んでグラスに注いでくれるサービスがある。

白ワイン



夕食は、和食と魚か肉の洋食、3種類の中から選択できるようになっていたので私が魚の洋食、家内が和食を注文して、ついでにワインのお代わりを頼んでおく。

洋食



暫くすると前のほうから配膳が始まり、最後の列の我々は少し待たされたが、ワインを飲みながら座席の肘掛の中に収納されている液晶テレビで映画を楽しんだ。

和食



食事の後は、デザートとコーヒーのサービスがあり、デザートは5、6種類の中から好きなものをいくらでも注文できるのであるが、人間そんなに食べられないのでうまく考えられたシステムである。

デザート



次にナイトキャップ用として洋酒のミニチェアビンまで配ってくれたが、アル中になりはせぬか心配になってくる。

ナイトキャップ



さらに夜食としてサンドイッチとオニギリ、アイスクリーム、コーヒー、お茶のサービスまであったが、1日のカロリー摂取量としては人生最高に近いビジネスクラス搭乗であった。

夜食



6時間50分かけて到着した夜中のバリ島ングラ・ライ(旧名デンパサール)国際空港は、むっとする暑さであったが大混雑の入国審査に並び、50分もかけてやっと外にいる旅行社の係員と会うことができたのである。

入国審査




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