万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

米中貿易戦争-TPPが招く思わぬ日本国の危機

2019年05月16日 12時47分22秒 | 国際経済
 一時は合意観測が流れたものの、中国側の翻意によって対立が再燃し、米中貿易戦争に未だに終息の兆しは見えません。長期戦が予測される中、アメリカ政府によって引き上げられた中国製品に対する高関税を嫌い、中国から製造拠点を東南アジア諸国に移す動きが企業間で広がっているそうです。こうした米中貿易戦争に対応したサプライチェーンの再編は、中国市場に対米輸出拠点を設けた日本企業を含む海外企業の対応と思われがちですが、驚くべきことに、当の中国企業もまた、製造拠点を自国から周辺諸国に移しているというのです。

 中国の習近平国家主席は、自由や民主主義に対する国民の関心を逸らすが如くに、事あるごとに愛国心の高揚に努めてきました。同政権の愛国路線からしますと、製造拠点を海外に移す自国企業に対して厳しい姿勢で臨みそうなものです。外資系企業の撤退によって雇用状態が悪化する中、自国企業も工場を海外に移転してしまえば、失業者が溢れる事態に陥りかねないからです。中国は、法律によって共産党が企業各社の経営に口を挟める体制を整えていますので、拠点移転の動きも共産党の消極的な黙認、あるいは、積極的な奨励の下で行われているものと推察されるのです。

習政権は、自国企業のサバイバルと国民の雇用不安を天秤にかけた結果、前者を選択したのでしょう。この選択は、共産党と企業利権が密接に結びついている証でもあるのですが、一般の中国国民にとりましては職場を失うことを意味しますので、同政権、さらには、共産党一党独裁体制に対する不満は高まることでしょう。言い換えますと、米中貿易戦争は中国政府が自国民を犠牲に供したことで、その国家体制をも揺るがしかねないのです(もっとも、暴動や反乱等の発生を防ぐために、政権側は先端的なIT技術を駆使して国民の情報・言論統制を強化している…)。

米中貿易戦争をめぐる中国企業の海外移転は政治分野にも波及するものと予測されますが、日本国も‘蚊帳の外’というわけにはいかないようです。まずもって警戒すべきは、TPPなのではないかと思うのです。その理由は、中国企業の移転先には、ベトナムといったTPP加盟国が含まれているからです。TPP加盟国における製造拠点の設置には、中国企業にとりまして、グローバル戦略上において二重のメリットがあります。主要なメリットは、対米輸出において高率関税を逃れることができる点ですが、このメリットは、TPP非加盟国に製造拠点を移しても同じです。その一方で、TPP加盟国への移転には、もう一つのメリットがプラスされます。それは、TPP協定に定められた原産地基準を充たしていれば(付加価値基準の例では55%…)、中国企業は生産国の製品として無関税でTPP加盟国に輸出できるメリットです。

 この仕組みを考慮すれば、中国企業が、アメリカ市場のみならず、日本市場をも自国製品の輸出先としてターゲットに定めることは十分に予測されます。国民感情は別としても、日中両国政府は、両国間の冷却期間は去って‘関係は正常化した’と盛んにアピールしています。特に中国の‘微笑外交’に押され、日本国政府は、同盟国であるアメリカに同調することもなく、中国からの輸入品に対する関税率は現状を維持しているのです。かくも対中融和的な傾向にあって、果たして、日本国政府は、TPP経由で中国企業の製品が日本国内に無関税、あるいは、低関税で大量に流れ込んできた場合、どのように対処するのでしょうか。日本企業は、リスク含みの中国市場からは撤退したとしても、国内にあって中国企業との厳しい価格競争に晒されるかもしれないのです。

トランプ大統領が就任後、真っ先にTPPからの離脱とNAFTAの再交渉に取りかかったように、自由貿易圏の形成には、域内の先進国にとりまして不利な側面があります(非加盟国企業による加盟国生産拠点からの輸出の増加…)。米中貿易戦争は、TPPのマイナス面を増幅させる可能性がありますので、日本国政府は、米中貿易戦争の長期化を見据え、最低限、TPP加盟諸国に対して中国企業による迂回輸出の拠点化の問題を提起すべきではないでしょうか。

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